43.新しいクエスト
「じゃあな、姫様」
「あ、ああ……」
王城前まで戻って来たウィル達。手を上げて宿舎へ戻ろうとするウィルを見てエルティアが思わず声を掛ける。
「あ、ウィル……」
「ん? なんだ」
振り返る茶髪の少年。それを見ながらエルティアがバツが悪そうに言う。
「いや、その、色々ありがとう。お前のおかげで助かった」
「姫様が頑張ったんだろ? じゃあな!!」
「あ、ああ……」
手を上げて立ち去るウィルにエルティアも小さく手を上げて応える。それを見ていたルーシアが言う。
「あなたは本当に素直な人だ。だが今私達は大切な報告がございます。さ、行きましょうか」
「分かっている。そのくらい」
エルティアは美しい金色の長髪をかき上げ城門へと入って行く。ルーシアも苦笑しながらそれに続いた。
翌日から雑用係が採取してきた薬草の加工が本格的に始まった。
まずは天日干し。水分を飛ばし長期間の保存を可能にする。次に乾燥した薬草を擦って粉状にして、苦みを抑えるため他の甘みのある草の粉を混ぜ薬として整える。木の樹液などを煮詰めたものを混ぜて錠剤にし、飲み易くする場合もある。
いずれにせよ最初の天日干しが非常に重要で、その塩梅で薬草の品質が大きく変わる。
「と言う訳だ。手を抜かずにしっかりとやれ。ウィル」
「うい~」
漆黒竜ドロアロスとの戦闘を終えて帰ったウィル。休む間もなく翌日から地味な作業である薬草作りに追われていた。
サク、サク……
中庭に干した大量の薬草。採取も大変であったがこの天日干しも中々骨が折れる。しっかりと全体が乾燥するように、時々四本爪のフォークと呼ばれるシャベルで一面に置かれた薬草の束をかき混ぜる。
(地味だ……、いや、地味はいいんだが俺のヒモ生活はどうなった……)
姫様のヒモになってぐーたらな生活を送る。時々姫様を助けて、後はのんびりだらしない生活。だが現実は姫様を助けるまではいいものの、その先が続かない。雑用係は想像以上に大変だし、なんだかんだ言って随分魔物とも戦っている気がする。
「おーい、ウィル」
そこへ上官である黒ひげがやって来てウィルを呼ぶ。
「なんすか? ちゃんとかき混ぜやってますよ」
仕事に専念しているふりをするウィル。黒ひげが自慢のそのひげを触りながらウィルに言う。
「冒険者ギルドの人が来てるぞ。前に来た嬢ちゃんだ。お前に用事があるって」
「冒険者ギルド? 何だろう……」
「なんか何回もお前を探しに来ていたらしいぞ」
「そうなんすか?」
ウィルが首を傾げる。ゴリラ調査依頼を失敗してから顔を出していないギルド。手にしたフォークを黒ひげに渡し、ウィルが訪問者に会いに行く。
「ウィルくーん!!」
「あ、マリン」
王城城門付近にやって来たウィルに、そのピンク髪のメガネをかけた可愛らしい女の子が手を振って名を呼ぶ。駆けつけたマリンが言う。
「もー、一体今までどこに行ってたのよ!!」
「ええっと……、薬草取りに行って、それから……」
色々行った。薬草採取のために国境付近の草原。ドラゴンの巣、ミント公国など。考えるウィルにマリンが言う。
「大変なんだよ! ウィル君にね、上級大将から直接指名の依頼が入ったの!!」
「え? 上級大将から??」
バルアシアで上級大将と言えばルーシアとカミングとなる。
「そうルーシア上級大将から! Fランク冒険者に直接なんてすごいことだよ!!」
「そうか。で、どんなクエスト?」
そう尋ねるウィルにマリンがやや複雑そうな顔をして答える。
「うーんとね、ちょっと危険なクエストなんだけど……、ドラゴン討伐」
カミング率いるドラゴン討伐隊は既に帰還しているがまだ一般市民までは知らない。ウィルが言う。
「ドラゴン討伐? ああ、それ終わったぞ」
「え……?」
口を開けて呆然とするマリン。ウィルが言う。
「ドラゴンとの戦いはワータシさんの国と途中で終わって、ええっとワータシさんの国に黒いドラゴンがやって来てみんなで倒しに行って逃げられて昨日帰って来た」
「……何言ってるの? 全然意味が分からないんだけど」
薬草採取に行ったはずのウィルがなぜそんなことをしているのか。意味が分からず苛つくマリンにウィルが言う。
「まあ簡単に言うとルーシアのその依頼は多分もう必要ないはず。これからは姫様達と一緒に魔王を倒しに行くんだって」
(!!)
マリンがまるで頬を殴られたような衝撃を覚える。
(姫様、魔王……、ウィル君の『作戦コード:HI-MO』計画って、まさかの魔王討伐だったのー!!)
極秘任務。王族絡みの超重要事項だとは分かっていたが、それがまさかこの世を救うための秘密計画だとは想像もしていなかった。
「ウィル君……」
目の前のまだ幼さの残る少年がそんな大きな計画の一端を担っていたとは。マリンが涙目で言う。
「ウィル君、ほんといつもはアホ面してふざけたことばかり言っているけど、やっぱりすごい冒険者なんだね」
「……お前、最近銀色の髪の女と仲良くしてねえか?」
感動で目を潤ませながらしれっと人格否定するマリン。やはりまだ先日の宝石事件のことを根に持っているのだろうか。そう考えたウィルがあることを思い出して尋ねる。
「そうだ、マリン」
「なに? 結婚の話?」
「違う。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「式場のこと?」
「王都で剣の研磨をしてくれる鍛冶師みたいな人っている?」
完全に自分の質問を無視されたマリンがむっとした顔で答える。
「居るわよ」
「いい鍛冶師を教えて欲しいんだけど」
「どうしたの?」
「ああ、俺が使っている剣ってさ、洞窟で拾ったきり一度も手入れしたことがないんだ。それで」
ウィルの脳裏にはハクに言われた『まだ覚醒していない』という言葉が残っている。ここ最近急激に切れ味が落ちた赤き剣。ほぼ平らな棍棒として使っている。マリンが少し考えてから言う。
「そうね。ちょうどいいクエストがあるわ」
「クエスト?」
「うん。グレム爺さんって言うちょっと変わった鍛冶師さんがいるの」
「グレム爺さん?」
「そう。私も詳しくは知らないけど、腕は王都随一なんだけど人の好き嫌いが激しくて、気に入って貰えないと剣を打ってくれないそうなの」
「ふーん」
「それでね、そのグレム爺さんが定期的に研磨石の調達をクエストで依頼してくるんだ。今受けられるわよ」
「俺でもいいのか?」
残念ながら自分は最低ランクのF。そう尋ねるウィルにマリンが親指を立てて答える。
「大丈夫! 石は郊外にある洞窟の中で拾うの。上手くいけば魔物に遭わずに回収できるからオープンクエストとして公開しているの」
「オープンクエスト?」
またしても知らない言葉。そう尋ねるウィルにマリンが答える。
「そう、オープンクエスト。つまりランクは問わず誰でも受けられるクエストの意味だよ」
「そうか。それならいいな! よし、じゃあそれ受けるぞ!」
マリンがにっこり笑って言う。
「いいよ! じゃあ、早速行こっか!!」
「あっ、おい、ちょっと待てって!!」
マリンは半ば強引にウィルの手を引きギルドへと向かった。
「ウィルの奴、遅せえな……」
一緒にギルドへ向かうふたり。ウィルの分まで薬草の乾燥を行う上官黒ひげの存在を忘れて。




