42.可愛い姫様
「本当にここでいいのか、ウィル?」
ミント公国からウィル達を乗せ、バルアシア王国近くまで来た白竜のハクが尋ねる。王都まではまだ少しある森。その少し開けた広場に降り立つと、ウィルがハクの背中をポンポンと叩いて答えた。
「ああ、ここでいい。お前らドラゴンがいきなり王城行ったらみんなビックリするだろ?」
「グルルルル……」
ウィルに続いてエルティアやルーシアを乗せた飛竜が広場に降り立つ。エルティアがドラゴン達の肌に触れながら感謝の意を告げる。
「ありがとう。送ってくれて非常に助かった。先にも話したが我々バルアシアもドラゴンの森再生に尽力を尽くす。遠慮なしに声を掛けてくれ」
ハクが翼を広げて答える。
「分かった。俺達も今回の戦いで長老や多くの仲間を失った。しばらく森の再生と仲間の治療に専念するつもりだが、俺も『六星』。魔王が現れたらいつでも駆けつけるぜ!」
力強いハクの言葉。先程まで魔王軍側近と戦っていたとは思えない。エルティアが手を差し出して言う。
「了解だ。ドラゴン族の盟主よ」
「ああ、勇者様の下、一旦共闘作戦だな」
そう言ってふたりとルーシアがウィルの顔を見る。ルーシアがウィルの傍に来て小声で言う。
「ウィル様。なぜ黙っているんですか?? ここでビシッと勇者らしく何か気の利いた言葉でも言ってください」
「はあ? お前さっき『俺は黙ってた方がいい』とか言ってたろ??」
ルーシアが首を振りながらやれやれと言った顔で言う。
「下らない事はよく覚えているのですね、無駄に」
ウィルが直ぐに言い返す。
「そもそも俺は勇者じゃないって言ってるだろ!? きっとどこかに品行方正な勇者様がいるってば!!」
ハクが困った顔をして言う。
「ウィルよ。俺の翼がじんじんと疼いてるんだ。『星のアザ』、これが何よりの証だろ?」
ルーシアも服を脱ぐ勢いでウィルに言う。
「私もだ。背中の肩甲骨の辺りが火照るように疼く。いい加減認めましょう」
「だ、か、ら~」
それでも自分じゃないと否定するウィルをエルティアが黙って見つめながら思う。
(私も疼く。この左胸がずんずんと疼くのだ。これは一体……)
黙って左胸に手を当てるエルティア。ウィルと一緒に居る時に感じる心地良い疼き。ルーシア達のようにはっきりとしたアザはない。だが思う。
――私も『六星』になって、皆と戦えたらどれだけ嬉しい事か。
国の為、世界の為、この剣を振るいたい。
じっとウィルを見つめるエルティアの心にそんな気持ちが芽生え始めていた。
「じゃあな!! また来るぜ!!」
「おう、気をつけてな!!」
そう言って手を上げるウィルにハクが近付いて言う。
「そう言えば忘れてたが長老がお前の赤い剣、まだ覚醒してないとか何とか言ってたぜ」
「覚醒?」
首を傾げるウィルにハクが言う。
「よく分かんねえや。とりあえず一旦研いで貰ったらどうだ? じゃあな!!」
ハクがそう言って翼を広げ空に舞い上がる。同じくドラゴン達も大きな翼を広げ飛び立っていった。それに手を振って見送った後、エルティアが言う。
「さて、我々も王都に戻るか」
「はっ、エルティア様」
「はいよ~」
そうウィル達が答えて歩き出す。王都から少し離れた森。帰還まで少し距離がある。前を歩くウィルを見ながらルーシアがエルティアに小声で尋ねる。
「エルティア様」
「ん? なんだ?」
この声色。エルティアはすぐにルーシアが下らないことを考えていると直感した。ルーシアが尋ねる。
「これから魔王軍との戦いで大変な時期であることは分かっておりますが、敢えてお聞きします。来月に控えた『豊穣祭』は如何しましょう?」
「豊穣祭……」
そう口にしたエルティアがウィルを見つめる。
バルアシアで年に一度開催される『豊穣祭』。その名の通り作物の収穫を祝うお祭りで、国を挙げて数日間催される。
そしてその祭りの最終日の夜、王都の大広間に盛大な大篝火が準備される。そしてこの篝火、その周りで一緒に踊った若い男女は将来結ばれると言う云われがある。エルティアがしばらく考えた後、小声で答える。
「わ、私は王族なので席から観覧するだけで……」
祭の期間、王族や上級大臣は一般市民とは別に特別な観覧席が設けられる。無論彼らが一緒に踊ることはない。安全性を考慮してのことだ。ルーシアが尋ねる。
「それは分かっております。だがよろしいのでしょうか。今年、彼はきっと魅力的な女性からの踊りの誘いを受けるでしょう」
「……」
その視線の先にはウィルの姿。エルティアが小走りに彼を追いかけ声を掛ける。
「なあ、ウィル」
「ん? なに?」
歩幅を合わせるふたり。草原の心地よい風がふたりを包む。エルティアが尋ねる。
「来月、豊穣祭があるのは知っているか?」
「豊穣祭? ああ、知ってるよ」
エルティアが小さく頷いてから尋ねる。
「豊穣祭の最終日に大篝火の周りを皆で踊るということは知っているか?」
「皆で踊る? いや、知らないけど」
一体何の話をしているのかとウィルが首を傾げる。豊穣祭は知っている。雑用係として運営の準備を上司である黒ひげから命じられている。エルティアが尋ねる。
「その時にだな、その……、わ、私と一緒に踊るってのはどうかな……」
「いいよ」
「え?」
あまりにも呆気ない返事。だがすぐにウィルが言う。
「あ、やっぱダメだ!!」
エルティアがウィルを睨みつけるようにして問い質す。
「な、なぜダメなんだ!? やはり既に他の女と……」
「いや、その篝火ってやつの準備と片づけをしろって言われててさ。今、思い出した」
「あっ……」
エルティアはここで初めてウィルが『雑用係』であったこと、そして文字通りその祭の『雑用』を彼らが担っていたことを思い出す。エルティアが拳を握って言う。
「そ、その日は『雑用係』の仕事を止めにしよう!! そうだ、それがいい。わ、私の名前を使ってそうすることにするぞ!!」
「は? そんなことしたら篝火ができなくなるけどいいのか?」
「あっ……」
大篝火ができなければその根本が揺らぐ。頭を抱えるエルティアに後ろからやって来たルーシアが優しく言う。
「その日はウィル様は非番にして貰ったら如何でしょう。その程度なら『姫様権限』でできるかと……」
エルティアが手をポンと叩いて答える。
「ああ、それがいい!! さすがルーシアだ。『王都守護者』の名は伊達じゃないな!!」
喜ぶエルティア。ウィルがルーシアに小声で尋ねる。
「なあ、なんであんなに喜んでるんだ??」
「ええ、エルティア様は踊りが好きなんですよ」
「ふ~ん……」
嬉しそうなエルティアをウィルが見つめる。
(可愛い姫様。私はそんな素直なあなたが大好きです)
ルーシアはエルティアをにこにこしながら見つめた。
ハク達ドラゴン族が拠点とする大森林。
そこからやや離れた場所にある同じ森の中。多種族を寄せ付けない深き森の中に、そのエルフの里はあった。里の中央にある巨木。その上に立つ族長の部屋のドアが慌ただしく叩かれる。
コンコンコン!!!
「族長!! ラフレイン族長っ!!!」
耳がツンと尖がった髪の長いエルフが顔色を変えて族長を呼ぶ。静かな森の里。女の声が辺りに響く。
「もお~、な~に~??」
中からだるい女の声が響く。報告に来た女エルフがドアを開け一礼してから部屋へと入る。
「お忙しいところ申し訳ございません。実は……」
中にいた族長と呼ばれたエルフ。ウェーブの掛かった真っ赤な髪に絹のような肌。着ている服は中の下着が透けて見えそうなくらい色っぽいもの。手には化粧道具。入って来た女エルフをだるそうな目で見つめる。
「実は、先日追い払ったスケルトンがまた大量に発生しまして……」
「うげっ……」
高貴なエルフ達にとって魔物、特に死霊系のスケルトンは心底忌み嫌う存在であった。不運にもこの里の近くにスケルトンが棲む『黄泉の国』の入り口があるのだが、とある理由によりスケルトンの侵入などは起こらなかった。化粧品を手に族長ラフレインが言う。
「もお~めんどぉ~、また追い払ってよぉ~」
「い、いえ、それがもう追い払う限界を超えてしまっておりまして。我々の森が汚染されつつあります……」
ラフレインが尋ねる。
「竜族ちゃん達は何してるのよ~??」
スケルトン達の被害がほとんどなかった理由。それは同じく彼らと居住区を接するドラゴン族が、スケルトン達を嗜好品として食べていたからだ。バリバリとスケルトンを食べるドラゴン族。だが先の戦で彼らの数が半減。スケルトン達が溢れ出てしまった。女エルフが答える。
「わ、分かりません。ただ人間と戦いをしていたとの報告が入っていますのでもしかしたら……」
「はあ……」
エルフの得意な魔法攻撃。ただ残念なことにスケルトンにはあまり効果がなかった。これまでは追い払えばそれなりに問題なく過ごせていた。ラフレインが言う。
「じゃあ竜族ちゃんの所に使いを送って。ちゃんと食べてねって」
「はっ」
女エルフが頭を下げる。それに続いてラフレインが言う。
「人間の国には私が行くわ。国境を接している国、バルアシアに」
「ぞ、族長自らですか!?」
驚く女エルフ。ラフレインが答える。
「そ~よ~。ここの男ってみんな軟弱でつまんなーいの。強い男、この私より強くて、ゾクゾクさせてくれる男。そんな素敵な殿方を捕まえに行くわ~」
「は、はあ……」
ラフレインが『星形のアザ』が入った耳を触りながら妖艶な笑みを浮かべる。
強く、そして美しいエルフの族長ラフレイン。ただし性格は我儘で自己中心的。根っからの男好きの彼女がバルアシアに向けて出発した。




