41.古竜の願い
(もう何も悔いはない……)
白濁の古竜ワイトは、若き白竜が勇者を乗せて現れたのを見てそう思った。
若く無鉄砲な後継者のハク。言動に難があり、皆をまとめていけるのか心配であった。
(そのハクがあんなに勇ましく……)
心底嫌っていた人間。その嫌いな人間を自分の背に乗せ現れた。
自身の『六星』のアザは消えてしまったが、少年から感じる温かく強い感覚。それは間違いなく勇者のオーラ。再び会えた現世の勇者を前に、その古の竜は地に伏せたまま溢れる涙が止まらなかった。
「グルウウウ!!!(長老っ!!!!)」
漆黒竜が飛び去った後、ハクが急ぎ駆けつける。だがその胸に空いた穴を見て言葉を失う。
「ハク……」
「長老……」
幼き頃から自分の面倒を見てくれた白濁の古竜。白竜として生を受けたハクに教育としてきつく当たったことも多くあった。それに反発もした。だが成長して気付いた、それはすべて自分の為だったと。涙を流すハクに長老が言う。
「ワシにはもう何の未練もない。立派な『六星』に、勇者様。嬉しくて涙が止まらないほどだ……」
その涙に血が混じり赤く染まる。
「もう喋るな。喋らなくていいから……」
言葉とは裏腹にその発する一言一言が辛そうな長老。長老が大きな翼を少し上げ、ハクに言う。
「勇者様に仕えよ。そして支えよ。世界の為、それが我らの、定め……」
「ああ、分かってるよ。分かってる、だからもう……」
長老の目の色が徐々に白くなっていく。もう最期の時はそこまで迫っている。涙を流すハクに長老が言う。
「ああ、天使族の、『六星』も、おるようじゃ……」
「だからもう……」
長老が掠れた声で言う。
「ハク、最後にひとつ、伝える……、あの双剣、あれは、まだ……、朱色が覚醒、……ておらぬ。支え、よ、勇者様を……」
「長老……?」
ハクがその大きな白濁の体を抱きしめて叫ぶ。
「グルウウウウウウ!!!!!(長老!!!!!!!)」
それに呼応して少し離れていた場所から見ていた他のドラゴン達も咆哮する。
「そいつ、死んじまったのか……?」
そこへウィルとエルティア、そして上級大将ルーシアがやって来て尋ねる。巨大な竜。老いた竜だが死してもなお貫禄がある。ハクが涙を拭って立ち上がり、ウィルの前までやって来て言う。
「うちの長老だ。昔の勇者の時代から生きた老いぼれでよぉ、白竜を継ぐこの俺にいっつも厳しくてさ、いつかぶっ殺してやろうかと思っていたんだけどよ……」
ハクの目から涙が溢れる。
「本当に死んじまうと、こんなに悲しいんだな……」
周りのドラゴン達も「グルルゥ」と小さく唸り声をあげる。ハクが言う。
「でも大往生。最後なんて新しい勇者の姿が見られたって、クッソ幸せそうな顔してたぜ」
「ハク……」
思わずもらい泣きをしたエルティアがその名前を小さく口にする。ハクがウィルの前で片膝をついていう。
「我が長老の遺言。ウィル、お前を我が主と認めここに忠誠を誓う」
ウィルが首を振って答える。
「いや、だから俺は勇者じゃねえって!!」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。さっきから俺の翼のアザがずっと疼いてやがる。こんなの初めてだ。お前が勇者だからだろ!」
「知らねえよ!! 勝手に決めるなよ。俺は姫様のヒモに……」
「だから新しい紐ならまたやるって」
「違う違う!! 俺はだな……」
「私も改めて忠誠を誓います。ウィル様」
ハクに並んで膝をつくルーシア。ウィルが指さして言い返す。
「お前、ルーシア!! そんな態度取ってても内心『このクズ野郎が!!』とか思ってるんだろ!!」
「はい」
「ふざけんな!!」
真顔で、何の躊躇いもなくそう答えるルーシアにウィルが切れる。くすくすと笑うエルティアの後ろから更に新たな同志がやって来る。
「勇者さーま!!!!」
「ん?」
声のする方を見るウィル。全然知らない男。身なりは良さそうだが、一緒にやって来た幼い女の子を見て言う。
「あ、お前は確か……」
さっき森で見た記憶がある。その利発そうな女の子、副官ミチェルが頭を下げて挨拶する。
「はい、私はミント公国公子付き副官のミチェルと申します。そしてこれが我が主のワータシ様でございます」
「ワータシ様?」
ウィルが紹介されたその白髪の品の良さそうな男を見つめる。ジェラードが言う。
「お初にお目にかかります、勇者さーま。私はミント公国公子のジェラードと申します。ワータシではありませんので、一応」
ウィルが驚いていう。
「え? 公子って言ったら、王国で言う王子だろ!? めっちゃ偉い人じゃん!!」
エルティアが不服そうに言う。
「おい、ウィル。私もそれに相当する人間だぞ。分かってるのか?」
ジェラードが無事そうなエルティアを見て安堵した表情を浮かべる。そしてウィルに言う。
「地位は確かにそうかもしれませんが、ワータシも『六星』がひとり。勇者様に忠誠を誓いまーす!!」
そう言って同じように片膝をつくジェラード。ウィルが慌てて答える。
「だ、だから俺は勇者じゃないって。ワータシさん!!」
「いえ、勇者様です」
ジェラードの隣に立つミチェルが何度も頷いてウィルの言葉を否定する。ルーシアが立ち上がって言う。
「この世界にはウィル様を支える『六星』がもうあと三名いるはずです。魔王やその側近の復活が確認された以上、一刻も早く仲間を見つけ出し対策を考えるべきです」
「ワータシもそう思いまーす!!」
「おう、同感だ。俺は絶対あの黒竜を許せねえし!!」
同じく『六星』のジェラードとハクが同意する。エルティアが言う。
「うむ、それには私も賛成だ。ジェラード公子。バルアシアとミント公国はこの勇者ウィルに全面協力するということでよろしいか?」
金髪の美しいエルティア。立ち上がったジェラードが手を胸に当てて答える。
「もーちろんでございます! 勇者様のため、世界の為、我が公国も全力で支援しまーす!!」
「うむ。では貴殿が言っていた私との『婚儀』とやらも白紙に戻すが、よいか?」
「……え?」
それとこれとは話は別のはず。固まるジェラードに副官ミチェルが前に出て言う。
「当然でございますよ、ワータシ様。仮にも『六星』と言う重要な立場。魔王との戦いを控え色恋沙汰に現を抜かしている時間などありません。よろしいですね、ワータシ様?」
「い、いや、ワータシは何もそんないい加減な……、それに名前も……」
エルティアが何度も頷いて言う。
「よし、ではこの話は終わりだ。もう二度としなくていい。ああ、結構だ。それでこれからの事だが……」
こことぞとばかりに生理的に合わないジェラート公子を徹底的に拒否するエルティア。泣きそうな彼をよそにエルティアが副官ミチェルに言う。
「まずは公国の復興が先ではないか。我がバルアシアも可能な限り協力は致そう」
ミチェルが頭を下げて答える。
「有難いお言葉。これより公とワータシ様らと復興に向けた協議に入ります。あと……」
ミチェルがウィルの隣に立つハクの元へ行き深く頭を下げて言う。
「長きに渡る公国の非礼、ここに深くお詫び致します」
ドラゴン族に頭を下げるミチェル。その姿を見てジェラードが慌てて尋ねる。
「ミチェル、我々の非礼とは一体どういう意味なーのだ??」
「はい、ワータシ様。実は……」
ミチェルは先ほど知ったこれまでの経緯をジェラードに説明した。最初は眉間に皺を寄せて聞いていたジェラードだが、最後は真剣な顔で頷いてそれに応えた。ジェラードが言う。
「つまり、ワータシ達は一方的にドラゴンを悪と決めつけて討伐していーたのか……」
確かにこれまで向こうから攻めてこられたことはない。公国城に配置した新型砲台もまだ使ったことがない。それを聞いていたエルティアも頷いて言う。
「うむ、確かに攻めて来られたことは一度もないな……」
「当然だろ!! 俺達は長老の教えを守り守備に徹していた!! お前らが好き勝手やってくれたんじゃねえか!!」
「……」
無言になるミント・バルアシアの将校達。ハクが言う。
「とは言え、ここで俺達『六星』が争っていても仕方ねえ。水に流すとは言わねえが、一旦棚上げだ。ウィル、お前もそれでいいよな?」
ウィルが大きく頷いて答える。
「あ、ああ。そうしてくれ」
ハクが言う。
「勇者様がそう仰るんだ。仕方ねえからお前らに協力してやる」
そう言って手を差し出すハク。エルティアやルーシア、ジェラードがその手に自分の手を重ねて答える。
「ありがとう。白竜ハクよ。ドラゴン族の森の再興に我々も協力を約束する」
「ふん。まあ仕方ねえから協力させてやる」
そう言って顔を背けるハクを見て皆が苦笑する。ルーシアがウィルに言う。
「ウィル様が黙っておられると非常に物事がスムーズにいく。これからもずっと黙っていて頂きたい」
「……マジお前、呪われて死ねよ」
素でウィルを貶める才を持つルーシア。皆が再び苦笑する中、エルティアが言う。
「では一旦国へ帰らせて貰おうか。皆、それまでお元気で」
「エルティア様、まーた会いましょう!!」
「お前ら、魔王軍にやられるんじゃねえぞ!!」
ジェラードやハクらがそれに答え別れる。そして歩き出したウィル達にハクが尋ねる。
「ウィル、バルアシアまで俺達が送ってくよ。ちょっと待ってろ」
そう言って仲間のドラゴンを呼びに行くハク。そんなふたりを見ながらエルティアがルーシアに小声で尋ねる。
「な、なあ、ルーシア」
「はい、何でしょうか?」
ルーシアが改まって尋ねる。エルティアがもぞもぞと恥ずかしそうに言う。
「あ、あの件は、どうなった……?」
「……あの件?」
何のことか分からないルーシア。エルティアが彼女の耳元でささやく。
「ほら、あれだ! ウィルがギルドの娘に宝石を渡したとかなんとか言う……」
声の震え。その緊張がルーシアにも伝わって来る。ルーシアが手を叩いて答える。
「ああ、忘れておりました。じゃあ、本人に直接聞いてみましょう」
「え? あっ、お、おい!! ルーシア!?」
立て続けに起きた出来事のせいですっかりウィルに聞くのを忘れていたルーシア。すすっとウィルの横に行き尋ねる。
「ウィル様、ひとつお聞きしたいことがあります」
「ん? なに?」
横を向いて答えるウィル。それを少し離れた場所から心配そうに見つめるエルティア。ルーシアが尋ねる。
「ウィル様はギルドの受付嬢に宝石を渡されましたよね?」
「え? そ、そうだけど。何で知ってるの?」
「そんなことどうでもいいです。それより、ウィル様はかの女性を伴侶としてお迎えになるのでしょうか?」
(ル、ルーシアあああ!!!!)
心の中で叫ぶエルティア。ウィルが笑って答える。
「ああ。そんな訳ねえだろ。彼女にはちゃんと説明して間違えたことを伝えたよ」
「間違い?」
「うん。姫様のヒモになるって伝えた」
「……」
「……」
黙り込むふたり。ルーシアが無表情で言う。
「あなたは本当に救いようのないクズですね。人としての矜持はないのでしょうか」
「お前、人のこと勇者とか言いながら、絶対俺のこと馬鹿にしてるだろう……」
「はい。それとこれとは話は別です。では」
そう言って軽く会釈をしてルーシアが後ろにいたエルティアに何か伝える。
「おい、ウィル。どうしたんだ?」
戻って来たハクが後方のふたりを見て尋ねる。
「さーてね、俺は知らねえ」
「そうか? でもなんだかすごく嬉しそうな顔してるぞ、あの姫さんって女」
「ど~せ俺の悪口でも言ってんだろ」
「かもな。じゃあ、行くぞ。乗れ」
そう言って背中に乗るようウィルをドンと叩く。
勇者に集う『六星』達。だがその敵である魔王軍は着実に力をつけてそれを迎えようとしていた。




