40.勇者たる存在
(こ、こーれはもはや世界にとっての脅威……)
ミント公国に急ぎ戻ったジェラード公子は、その変わり果てた自国の姿を見て思った。
巨大な漆黒の竜が暴れ公都の建物のみならず、鉄壁の防御を誇った公国城すら半壊させられている。対飛行魔物用に開発した対空砲も壊滅。至る所で民の慟哭が響く。
「ゆ、ゆーるしませんよ!! このようなことを!!!」
普通に考えれば幾らミント公国最強と呼ばれていても、凶悪なドラゴンにたったひとりで敵うはずはない。冷静な副官ミチェルがいればその行為はきっと体を張って止めたであろう。だがジェラードは弓を構えた。
「ここでワータシが戦わなくて、だーれが戦う!!!」
半壊した城壁の上に上り大きな弓を構え引く。その勇ましい姿に気付いた兵士達が歓喜の声を上げる。
「公子だ!!」
「ジェラード公子が戻って来てくれたぞ!!!」
その姿、日光を浴びて輝くような白髪を靡かせながら弓を構える公子の姿は、国民にとって希望の象徴。深く息を吐いたジェラードが照準を漆黒の竜に定める。
「穿け、邪悪なる敵を!! アイスヴァーン!!!!」
その声と同時に弓の周りに発現する無数の魔法の矢。ジェラードの魔力に呼応しどんどん大きくなっていく。
「はああ!!!」
魔力を含んだ氷結の矢。青く澄んだ矢が漆黒の竜目掛けて青い線を描くように放たれる。
ドン、ドドドドン!!!
直撃。それを見ていた兵士から歓声の声が上がる。どんな窮地であろうときっと我らが公子が来てくれる。国民も兵士達も皆その邪悪な竜が敗れる姿を期待した。
「グゴオオオオオオオ!!!!!」
だが現実は儚い。
ミント公国最強と称えられる『氷結の貴公子』ジェラードですら、その桁違いの強さを誇る邪竜には歯が立たなかった。氷結の矢。直撃はしたものの、辛うじて漆黒竜ドロアロスの薄皮一枚を凍り付かせた程度であった。
突然の弓攻撃。だが大した攻撃ではないとすぐに判断した黒き竜。しかしそんな古の竜もジェラードの首にあるアザを見て考えが変わる。
(あれは……、ほう『六星』か。この時代にもやはり現れておるとはな。ならば……)
過去、憎むべき勇者とその従者『六星』に敗れ去った魔王軍。もうその轍は踏まない。勇者がいない状況とは言え、厄介な芽は早めに刈るのが定石。漆黒竜ドロアロスが大きく口を開ける。
「絶命の衝撃!!!」
ドオオオオオン……
漆黒竜の体がから放たれる脳を砕かれるような衝撃波。一度回復した兵士や国民が再び恐怖の衝撃を体に受ける。
「ぐっ、これは、まーずいですね……」
『氷結の貴公子』と称えられるジェラードが眩暈を起こし膝をつく。だが『六星』のアザを持つジェラード。この程度の咆哮では彼の自由を奪えない。しかし顔を上げ、目の前に迫った漆黒竜の太い尾を見て体が固まった。
ドオオオオオオオン!!!
「うがああああ!!!」
漆黒竜ドロアロスの突撃。絶命の衝撃は云わば囮。この自慢の太い尾の攻撃が最初からの目的であった。
「ジェラード公子!!」
「きゃああ!!!!」
半壊した城壁で単騎弓を射っていたジェラード。その城壁ごと黒き竜が吹き飛ばす。
「ぐはっ……」
(これは、さすがにまーずいですね……)
倒壊した城壁に埋もれたジェラード。すぐに周囲にいた兵によって救助されたが、既に満身創痍。もう戦える状態ではなかった。
「ガルルルルルウ!!!!(よくも長老を!!!!)」
絶命の衝撃から回復した長老の部下のドラゴン達が、空一面に陣を組み漆黒竜ドロアロスに対峙する。ドラゴン族の矜持にかけても目の前の敵に一矢報いなければならない。
「グルルルル……(やめろ、お前達……)」
その様子を瀕死の状態で地上から見ていた長老が小さくつぶやく。漆黒竜は束になっても勝てない。それほど強く、強大な敵だ。
「グガアアアアアアアア!!!!」
陣を組み突撃するドラゴン達。だが長老の心配通りその凶悪なドラゴンの前に次々と傷つき、墜落していく。もはや一方的な殺戮に近い状態であった。長老が震えた体で小さく声を出す。
「グルルルル……(勇者様……)」
老竜の瞳から流れ落ちる涙。
その心の声に応えるように若き白竜の声が大空に響いた。
「ブレイクブレス!!! ガッ!!!!」
空から現れた一筋の白い線。一直線に漆黒のドラゴンに近付くと、その開かれた口から石化ガス混じりの空気砲を放つ。
ドフッ!!
(なに!?)
それを翼に受けた漆黒のドラゴン。みるみる石化が始まり空中でバランスを崩し落下する。
ドオオン!!!
片翼でバランスを取りながら地面に降り立つ漆黒竜ドロアロス。その目には見たことのない若い白竜の姿が映る。
「長老!!!」
白竜ハクが地面でぐったりする長老の姿を見てその怒りを爆発させる。
「グガアアアアアアアア!!!!(許さねえぞおおおおお!!!!!)」
ハクの咆哮。
その場にいた皆が一瞬体を強張らせる。
「はあああああ!!!!!」
地面に降り立った銀髪の騎士ルーシアが、手にしたオリハルコンの長棒をクルクルと回しながら突撃する。
「爆ぜよ!!!」
ドン、ドドオオオン!!!!
「グガアア!!!!」
ルーシアのスキル『爆裂』が炸裂。それと入れ替わるように宙に舞ったエルティアが剣を振り上げ漆黒竜に斬りかかる。
「フレイムバースト!!!!!」
ザン!!!!
「グガッ!!!!」
対空砲でも傷ひとつ付けられなかった漆黒竜の体から血が吹き上がる。
「ワータシ様!!!」
ジェラードの副官ミチェルが傷ついた主を見つけ乗っていたドラゴンから飛び降りる。兵士に抱えられたままその様子を見ていたジェラードが驚いて尋ねる。
「ど、どうなっているのでーすか、これは……」
敵対していたドラゴン族。それに乗って救援に駆け付けるとは。金髪、銀髪の騎士の攻撃。あの無双していた漆黒竜がダメージを受けている。ミチェルが目に涙を浮かべて答える。
「勇者様が、来てくださいました……」
「勇者様……」
その副官の視線の先にある茶髪の少年。盟主である白竜を操りじっとその強大な敵を睨みつけている。ジェラードが言う。
「ミチェル。すーこし前のワータシならそんな出鱈目な話、きっと笑い飛ばしていたでしょう。でも」
ジェラードは首にある星のアザに触れながら言う。
「この体の底から溢れるような力。それは、今まさに勇者様がいらっしゃるという証。ワータシは嬉しいですよ! ワータシは感動していますよ!!」
「はい、ワータシ様!!」
ミチェルも涙を拭い、その茶髪の少年を見つめる。
(これは、まずい……)
漆黒竜ドロアロスはこの戦で初めて後退し、対峙する白竜の背に乗った少年を見て思った。
(あれは、勇者……)
古の時代、絶対だった魔王を封印し、自分達側近を破った勇者。今ここに勇者のみならず、警戒すべき『六星』が複数体いる。勇者の加護を受けた彼らが桁違いに強くなるのは知っている。となれば魔王がこの場にいない以上無理に戦うのは危険だ。
(だが相手はまだ子供。覚醒しきれていないのならば、我にも勝機あり……)
パキン……
漆黒竜ドロアロスが石化した片翼の石を破壊。大きく翼を広げ白竜に乗ったままのウィル目掛けて突撃する。
「ウィル様!!」
傍にいたルーシアが声を掛ける。ウィルはその隣に立つエルティアに聞く。
「なあ、姫様」
「な、なんだ?」
剣を構え漆黒竜に対峙するエルティア。ウィルが尋ねる。
「やっぱ姫様はあいつを倒したいんか?」
「当然だ!! この惨状を見ろ!! こんなにも多くの民が傷ついているんだぞ!!」
「……そうだよな。じゃあまた姫様が無茶するといけないから」
ウィルがハクからヒョイと飛び降り、青赤の剣を構え漆黒竜に言う。
「お前、討ち取るよ」
「グガアアアアアアアア!!!(我が葬ってやる!!!!!)」
勢い良く突進する漆黒竜ドロアロス。ウィルは双剣を下段に構え小さく言う。
「双剣・青赤乱舞……」
ヒュン!!!
双剣を斜め下に構えたままウィルが一気に漆黒竜の目の前まで接近。
刹那。彼が双剣を斜め上に斬り上げると竜巻が発生。跳躍。ウィルが気合いと共に竜巻と一体化し、青赤の剣を振るう。嵐に飲み込まれた漆黒竜が斬り刻まれて行く。
ゴオオオオオオオ!!!!
「グガアアアアア!!!!」
「すごい……」
そこにいた皆がその壮絶な剣技に見入った。
何者かは知らない。だが軍事国家ミント公国の粋をもっても歯が立たなかった恐るべき邪竜が、悲鳴を上げて空へと舞い上がっている。
ストン……
双剣を両手に、空から舞い降りたウィルが地面へと着地。
ドン!!!!!
その後ろで、全身から血を噴き上げながら漆黒のドラゴンが叩き付けられるように地面に落ちた。黙って見ていた兵士達。だがすぐに大きな歓声が沸き起こった。




