39.白黒の竜
ミント公国上空まで飛翔してきたドラゴン族の長老は、その目に映る邪悪な黒き竜を前に深い悲しみと後悔の念に駆られた。
(あれは間違いなく漆黒竜ドロアロス。勇者様、申し訳ございません……)
長老の脳裏に思い出される古の魔王との戦い。
凶悪な魔王と戦う勇者とは別に、自分には邪悪な漆黒のドラゴンの討伐が命じられた。魔王側近である漆黒竜。同じドラゴン族としても無差別に暴れまくるその凶行は許し難いものであった。
「ドラゴン族の端くれとして貴様を滅するっ!!」
「白竜か!! 面白い、相手になるぞ!!」
白黒の竜の戦いは壮絶を極めた。
攻撃に特化した漆黒のドラゴンに対し、守りに秀でた白竜。だが長きに渡る戦いも、勇者による魔王の封印を皮切りに勝負の決着がつくこととなる。
「無念……」
白竜に敗れた漆黒のドラゴンが魔界の深い森へと落ちていく。だが白竜も深手を負い、意識朦朧となりながら退却するのが精一杯であった。
(とどめを刺せなかった……)
以後、数百年に渡り白竜が後悔していたこと。その憂慮が今現実のものとなって目の前に現れた。
「グガアアアアアアアア!!!!!」
漆黒のドラゴンの咆哮。大国ミント公国の公都や公国城を破壊し、なお暴れ続けている。死傷者多数。公国始まって以来の窮地に皆が慌てふためく。
「漆黒竜ドロアロス!! ワシが相手だ!!!!」
そんな凶悪な黒き竜に、年老いた白濁の竜が叫ぶ。
「グルルルル……」
その忌々しくもあり懐かしき声に漆黒のドラゴンが反応する。
「お前は、白竜ワイトか? ふっ、懐かしい顔が出て来たな」
漆黒竜ドロアロスは大きな翼を羽ばたかせながら数百年ぶりに会った敵に答える。長老が尋ねる。
「お前がいるということは、魔王も復活したのか……?」
漆黒竜ドロアロスが少し間をおいてから答える。
「そうだ」
最悪の事態であった。
あの古の厄災が再びこの現世でも繰り返される。長老が大声で言う。
「あの時、貴様にとどめを刺せなかったのがワシの長年の悔恨。今、その思いをここに晴らさん!!!」
同時に響く老白竜の咆哮。ミント公国では突如現れた白い竜に驚いたが、黒き竜と戦おうとするその姿を見て皆に安堵感が広がっていく。
「長老、我々も!!!」
ドラゴンの森から一緒についてきた長老の部下達が叫ぶ。長老がそれを首を振って断る。
「お前達は下がっておれ。あやつは、強い……」
前回の敗北から何があったのか。年を重ね老いぼれた自分に比べ敵は活力に満ち溢れている。漆黒竜ドロアロスが答える。
「さあ、来い!! あの時の礼をしてやるぞ!!!」
「グガアアアアアアアア!!!!」
現世で再び矛を交えることとなった白黒の竜。だが飛行するのですら精一杯であった老白竜に対し、全盛期と変わらぬ力を持った漆黒竜ドロアロスの相手は端から無理な話であった。
「長老っ!!」
「我々もっ!!!」
一方的に攻撃を受ける長老を前にドラゴン達が一斉に叫ぶ。だがそれを大きな白き翼を広げ制止、長老が言う。
「きっとこの世界に勇者様が現れる。それまで命を無駄にするな……」
魔王と対を成して現れると言う勇者。まだ見ぬ現世の勇者を想いながら長老が叫ぶ。
「ブレイクブレス!!!! ……ガハッ」
白竜の攻撃スキル『石化ブレス』は、もうその老いた竜に応えてくれることはなかった。漆黒竜ドロアロスが笑いながら言う。
「何と無様な姿。これが魔王様を追い詰め、この我に勝利した『六星』だというのか? もういい。今ここで終わりにしてやる!!」
漆黒竜に集まる邪気。それに気付いた長老が叫ぶ。
「下がれ!! 今すぐ散開せよ!!!」
その声を聞き慌てて逃げようとするドラゴン達。漆黒竜ドロアロスが叫ぶ。
「遅い!! 絶命の衝撃!!!!」
大きく開けられた漆黒竜の口。そこから衝撃波のような大きくて不気味な音が発せられる。
ドオオオオオン……
「ぎゃっ!!」
「ぐわああ!!!」
漆黒竜ドロアロスの攻撃スキルである『絶命の衝撃』。聞いた者を恐怖に駆りたて、体の動きを封じる邪悪な咆哮。
これを耳にした公国民は恐怖で動けなくなり、ドラゴン達は固まりそのまま墜落していく。
「このワシに力があれば……」
既に満身創痍の長老。翼を羽ばたかせるだけで精一杯。そこへ漆黒竜ドロアロスの低い声が響く。
「滅せよ、老いぼれ」
開かれる口。そこから黒く鋭い瘴気がまるで槍のように放たれる。
ズン……
「グッ、グルルルル……」
漆黒竜ドロアロスの瘴気の槍が老白竜の胸を貫通する。弱々しい唸り声をあげ白竜がそのまま公都に落下。大きな音を立ててその古を生きた古竜が地面に落ちた。
「公子は!! ジェラード公子はまだ戻らぬのか!!」
公国城、その最高責任者の公の間。
国の崩壊危機にもかかわらず、公国最強である息子ジェラードの帰還が遅れていることに公が苛立ちを隠せない。軍部大臣が答える。
「ま、間もなくだと思います!!」
「思いますじゃない!! このままでは公国が滅びるぞ!!!」
苛立つ公。だが鉄壁の公国防衛軍をもってしてもあの規格外の黒き竜には手も足も出なかった。対空砲台もすでに崩壊。もはやここにいる誰にもどうすることなどできなかった。
「な、何なんですか……、あーれは……」
そんな公国の期待を一身に背負うジェラード公子。全力で駆け戻って来て目にした光景に言葉を失った。
公国城から少し離れた丘の上。そこから見える公都の崩壊。邪悪な黒き竜。何もかもが想像以上であった。
「ワ、ワータシひとりでは、あーれには勝てない……」
あまりにも強大すぎる相手。状況は分からなかったが、白濁の竜との戦いも移動しながら横目で見ていた。
(だからと言って何もせずに見ているだけにはいーかない!!!)
ジェラード公子は疲れ切った馬を更に走らせ、弓を手に公国城へと急いだ。




