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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第三章「政略結婚とか言うので原因のドラゴンを何とかします」
36/82

36.上級大将カミングの矜持

 バルアシア王国に隣接する大国ミント公国。

 広大な面積を誇り、科学技術や軍事に至るまで大国の名に恥じることがない盟主国。魔物討伐においても上位種であるドラゴン対策のために対空砲台を開発。これにより空を飛べない人間が最も苦手であった空中戦も対等に戦えることになった。


 ――俺達は強い


 そんな自負もあったのだろう、ミント公国軍には。



「ぎゃあああああ!!!!」

「な、なんだあの化け物は!!!!」


 そんな矜持を軽く捻り潰したのが、突如現れた巨大な竜。漆黒竜と呼ばれる古代種のドラゴンである。



「公国防衛軍、前へ!!」

「対空砲台充填準備っ!!!」


 規律正しい公国軍。いきなりの急襲にも的確に対応する。司令官が漆黒のドラゴンを睨みつけ叫ぶ。


照準ターゲット、黒き竜!! 全砲台、砲撃ファイヤ!!!」


 瞬く間に公国城に迫った漆黒のドラゴン。それを迎え撃つような形で配置された対空新型砲台。それが司令官の掛け声で一斉に火を吹く。



 ドン、ドドドオオオオオン!!!


 軍事大国が誇る最新の対空砲台。火薬と呼ばれる爆発する粉を開発したミント公国最強の攻撃兵器。これにより人間が苦手であった空を飛ぶ魔物への戦術が大きく変わった。司令官が叫ぶ。



「よし!! 全弾命中っ!!! 敵、殲滅したり!!!」


 空中でモクモクと上がる黒煙を見て皆がガッツポーズとを取る。どれだけ強力なドラゴンであろうとも、砲台の一斉攻撃を受けて無事でいられる個体はいなかった。そう、これまでは。



「し、司令官!! 様子が、変です……」


 目視役の兵が大きく舞い上がる黒煙を見て言う。


「……」


 司令官もすぐにその異変に気付いた。そして思う。



 ――なぜ、墜落しない!?



「グゴオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 突然、公都中に響くドラゴンの咆哮。そして舞い上がる黒煙の中からその巨大な黒き竜が一気に公国城に向かって飛来してきた。


「て、敵の突撃を確認!! ぶつかります!!!」



 ドオオオオオオオン!!!!


 漆黒のドラゴンはその巨体で躊躇うことなく体当たりする。



「ぐわあああああああ!!!!」

「きゃあああ!!!」


 崩壊する公国城。中にいた貴族や兵士達の悲鳴が響く。



「重歩兵隊は前へ!! 魔法隊と弓隊は応戦を!!!!」


 公国が誇る防衛軍。鉄壁の守りを持つその彼らが震えあがった。それほど目の前に現れた黒き竜は強く、恐ろしいものであった。

 地響きのような咆哮と共に、何度も体当たりする漆黒のドラゴン。司令官が叫ぶ。



「公子に、ジェラード公子に早馬を!!!!」


 まだ負けてはいない。だがこのままでは敗北は確実。馬に乗った伝令は、至る所で煙を上げる公都を横目で見つつ全力で馬を走らせた。






 一方、そのジェラード公子が抜けたミント・バルアシア連合軍は大苦戦に陥っていた。


そらに彷徨えしえんの因子よ、集え!! ブレストファイヤー!!!!」


 ゴオオオオオ……


 バルアシア王国上級大将カミング。ひとり前に出て群れで襲ってくるドラゴン達に魔法と剣を振る。後方からその様子を見る副官ミチェルが思う。



(各地の兵の撤収も間もなく終わる。後は私達の退却。だがあの盟主を前に誰が殿しんがりを務めればいい……)


 大勢はついた。連合軍の敗北は明白。こうなれば後はどれだけ被害を抑えて退却すべきか。



「ぐはっ!!」


 カミングが剣を地面につき片膝をつく。

 魔力が減り、攻撃魔法の威力が低下。休むことなく剣を振った体力ももう尽きかけている。


(エルティア様……)


 カミングの頬を流れる涙。その目には石にされた愛しのエルティアの姿が映る。



「くそぉ……」


 既に刃こぼれして使い物にならないドラゴンスレイヤー。その剣を構えカミングが前に立つ純白の竜、盟主ハクに言う。


「エルティア様の仇、貴様だけは絶対に許さぬっ!!!」


 対するハク。勝利は確実である一方、鋼のように固い白竜の体をもってしてもドラゴンスレイヤーの攻撃を完全には防げず、至る所が赤く充血している。ハクが叫ぶ。



「来いよ!!! その気迫、嫌いじゃねえぜ!!!!」


 ハクの咆哮。その後に響くカミングの剣と爪の交わる音。だが所詮人間。ドラゴン種、その上位種である白竜との一騎打ちでは端から勝負は決まっていた。



 グサッ……


「ぎゃあああああ!!!!」


 ハクの鋭い爪がカミングの足に突き刺さる。血の付いた爪をぺろりと舐めたハクがカミングに言う。


「よく戦った、人間の戦士よ。その勇敢さを称え、苦しまずに殺してやる。グルルルル……」


「グルルルルル……」


 白竜が敵に送る最大の唸り声。それに呼応するように周りで戦っていたドラゴン達も唸り声をあげる。



偉大なる死の咆哮(グレートデスローバー)


 ドラゴン達がそう呼ぶ鎮魂歌レクイエム。これを聞いた相手は必ず死を迎える。ハクが言う。



「じゃあな。グルルルル……」


 既に意識朦朧としていたカミング。ハクが突き出したその鋭い爪を避ける余裕などなかった。



 グサッ……


「ぐっ……」


 腹部に感じる強烈な鈍痛。それに鋭痛が混じり体を切り裂くようなその痛みが全身を走る。



 ――俺は、死ぬのか。


 地面に倒れたカミングの頭に死がよぎる。

 だが、ハクがとどめを刺そうとその爪を向けた時、一瞬周囲の時間が止まった。




「やめろよぉおおおお!!!!」


 ドオオオオオオオン!!!!



 ――風


 地面に倒れたままそれを見たカミングは最初そう思った。

 自分の横を吹き抜ける強い一筋の風。だが悲鳴を上げて吹き飛ばされる盟主ハクを見て、それが味方の攻撃なのだと初めて知った。



「大丈夫でしょうか、カミング殿!!」


「ル、ルーシア殿……」


 カミングの目にその銀髪の将校の姿が映る。溢れる涙。何が起こったのか分からないが、ルーシアが援軍に来てくれた。



「ああ!? ひ、姫様っ!!??」


 そんなふたりの耳にその茶髪の少年の泣きそうな声が聞こえる。


「姫様、姫様……」


 ウィルは石になったまま佇立するエルティアの肩を掴み泣きそうな声で言う。



「姫様、マジで石に……」


「ウィル様、カミング殿が……」


 ウィルの目に今度は血を流し瀕死の上級大将の姿が映る。



「ああ、上級大将様。すげえ怪我で……」


「に、逃げろ。雑用係が一体何しに、来た……」


「何しにって、姫様を助けに……」



「ふざけるな……、ルーシア殿、早くあの馬鹿を連れて避難を……」


 ルーシアが苦笑してウィルに言う。


「ウィル様、カミング殿も()()できますか?」


 そう言って腰につけていたカバンの中から小さな麻袋を取り出す。中には一体のスライム。意味が分からないカミングが言う。


「な、何をしているんだ、早く、逃げないと……」


 ウィルが面倒臭そうな顔をしてそのスライムを受け取って言う。



「あー、マジでこれ嫌いなんだけどな……、でも上級大将様、このままじゃヤバそうだし。はあ……」


 そう何度もため息をついたウィルがルーシアから受け取ったスライムをいきなりバクバクと食べ始める。


「何を、やって……、僕はいい、逃げろ……」



「治れっ!!」


(!?)


 カミングはウィルが触れた場所から全身を包むような優しく柔らかな感覚を感じる。



「傷が、体が……」


 みるみるうちに治癒していく傷。徐々に体に漲る力。重症の為、完治まではいかないがもう立てるほどに回復している。カミングが驚いた顔で口にする。


「これは、一体何なのだ……」


 先程まで死をも覚悟したカミング。それが嘘のように体が軽い。ルーシアが笑って言う。


「知らないのか? スライム治療だ」


「スライム……」


 そう言いながら吹き飛ばされたハクの方へ歩くウィルを見つめる。




「痛ってぇ……、何が起こったんだよ!!」


 吹き飛ばされたハクがようやく起き上がる。体に感じる思い鈍痛。周りにいたドラゴン達が心配そうな顔で言う。


「ハク様、大丈夫ですか!?」

「お怪我はありませんか!!」


 怪我はない。ただ殴られたのかずんずんとした痛みが酷い。




「おい、お前……」


 そんなハクが自分に対峙するように立つ茶髪の少年に気付く。


「あぁ!? なんだよ、てめえ!!」


 顔を上げるハク。威勢のいい言葉とは逆に、その少年を見て強い衝撃を受ける。茶髪の少年ウィルが言う。



「お前がやったんだな?」


 そう言って石にされたエルティアを指さす。一瞬たじろいたハク。しかし相手が自分より小さな子供だと分かり大声で言い返す。



「ああ、そうだよ!! このハク様がやったんだ!! くたばれよ、下級種族が!!」


 上品な長老とは真逆なハク。周りに部下が居たためか、相手を見下し徹底的に馬鹿にする。だがそんな彼の()()()()はこの後音を立てて崩れ落ちることとなる。ウィルが突き出した拳にぎゅっと力を入れ言う。



「俺のヒモ生活が!!! お前、許さねえぞ!!!!!」


 ドオオオオオオオン!!!!


(!!)


 ウィルの怒声。感じたことないような威圧。

 周りにいたドラゴンはもちろん、盟主ハクも一瞬恐怖で体が動かなくなった。

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