35.凶報
「はあああ!!!」
ザンザンザン!!!
バルアシア王国上級大将カミングは、死に物狂いで剣を振った。ドラゴンが苦手とするドラゴンスレイヤー。特別注文したこの剣を片手に、魔法を唱えながら次々とドラゴンを斬っていく。
(エルティア様、エルティア様……)
そんな彼の目は涙で溢れていた。上級大将としてまたしても姫を守れなかった悔しさ。後悔。その思いが剣に乗り、放たれる魔法と相まってドラゴン達を斬り裂いていく。
(この青髪の男、なかなか強い。だが……)
ドラゴン達の盟主ハクはそんなカミングの強さを認めた。しかし個の力で勝るドラゴン族が徐々に連合軍を追い詰めていく。
「人間どもを滅せよーーーーっ!!」
「!!」
次々と現れる援軍。ドラゴンスレイヤーを持ち、単騎奮闘していたカミングに一瞬の隙ができる。虚を突かれバランスを崩すカミング。必死に防御姿勢を取ろうとした彼の耳に、その甲高い声が響く。
「穿け、数多なる敵を!! アイスヴァーン!!!!」
カミングの頭上に走る幾多の青い矢。それが突撃して来たドラゴン達目掛けて飛んでいく。
ドン、ドドドン!!!
「グガアアアア!!!」
振り返ったカミングが、後方に立ち大きな弓を構えるジェラードの姿を見て声を上げた。
「ジェラード公子!!」
ミント公国の公子ジェラードの攻撃スキル『アイスヴァーン』。直撃した者を一瞬で凍らせる超優良スキル。熟練度が上がるにつれ、ひとつの弓から複数本の魔法矢を穿くことができる。
パキン、キーン……
ジェラードの弓矢を受けたドラゴン達が次々と凍りつく。『氷結の貴公子』との二つ名を持つジェラードは言動に難はあるものの、戦闘能力は公国内でもトップクラス。ジェラードが叫ぶ。
「エルティア姫を、ワータシの妃になる女性を!! 許さない、このワータシ率いるミント公国が絶対ドラゴンを殲滅すーる!!」
そう言いながら手にした大きな弓を構え引く。同時に現れる複数の魔法の矢。それがジェラードの掛け声と共に一斉に放たれる。
シュンシュンシュン!! カキン、キーン……
直撃したドラゴンの多くが氷漬けになる。一方で力の強いドラゴンは、そんな氷を一瞬で砕き暴れ始める個体もいる。ジェラードが叫ぶ。
「全軍、突撃っ!! ひーるまないで!!!」
「おおっ!!」
ミント公国の重歩兵隊や魔法隊が号令と共に反撃を始める。双方入り乱れての乱戦。その様子を少し離れた場所で見ていた副官ミチェルが考え始める。
(白竜による二回目のブレスが来ない。それってつまり……)
ミチェルの目はミント・バルアシア連合軍と戦うドラゴンの盟主ハクに向けられる。最初のブレイクブレスを放ってから一度もブレスが来ない。それは恐らく放てないことを意味する。
(今を凌げばまだ逆転のチャンスはあるわ……)
数で勝る人間であるが、やはりドラゴンの個々の力は比べ物にならないほど強い。だが石化で減った兵力を考えても、援軍が来て態勢を立て直せればまだ勝機も望める。
その明晰な頭脳から、副官であり戦闘では軍的役割も担うミチェル。その彼女が勝ちへの道しるべを付け始めた時、その凶報がもたらされた。
「ジェラード様っ!!」
ミント公国からの早馬。それも夜通し走って来た緊急伝令。後方に下がったジェラードがミチェルとその伝令に尋ねる。
「どうしたのだ? 一体なーにがあったのだ!?」
伝令が真っ青な顔で答える。
「は、はい! 公国に、公国に巨大な漆黒のドラゴンが襲来しました……」
「し、漆黒のドラゴン……」
思わずジェラードがその名前を口にする。ミチェルが尋ねる。
「防衛は? 公国防衛軍は??」
強大な軍事力を誇るミント公国。得体の知れないドラゴンとは言え、一度の襲撃で追い込まれるなど考えられない。伝令が震えながら答える。
「こ、公国防衛軍は、ほぼ壊滅状態です……」
「なっ!?」
ジェラード、並びにミチェルの顔色が変わる。想像もしていなかった事態。アホっぽいが、公国最大戦力であるジェラード不在の間に起きた襲撃。ミチェルが伝令に尋ねる。
「何者なの、その竜って?」
「分かりません。ただただ強くて……」
「あーいつらと関係はあるのかい?」
ジェラードがそう言いながら目前で戦うドラゴン達を指さす。伝令が首を振って答える。
「何も分かりません。桁外れの強さ。対空砲台でも傷ひとつ付けられません……」
「そんな奴が来たというのですか……」
眉間にしわを寄せて考えるミチェルにジェラードが言う。
「ワータシは公国に戻りますね! ミチェル、あとここの采配、おーねがいします!!」
「え? いえ、ちょっとそれはいくら何でも……」
劣勢の連合軍。今はまだジェラードが奮戦してくれているからいいものの、ここで彼に去られては敗北が確定する。そんな彼女の心配をよそにジェラードが馬に乗り手を上げて言う。
「じゃ、後は頼んだよ。ミチェル。アディオース!!」
「あ、ちょっと、ワータシ様!!!」
ミチェルにウィンクをして単騎駆けていくジェラード。頭を抱えるミチェル。本当に能天気と言うか後先を考えずに感覚で行動する。
(接近戦の切り札として考えていた三名のうち、エルティア姫、ワータシ様がすでに戦線離脱。残りは上級大将カミング様だけだけど……)
「はあ、はあはあ……」
攻撃スキル『魔法騎士』を駆使し、孤軍奮闘するカミングだがさすがに限界が近い。ミチェルが考える。
(各砲台も劣勢。ここはもう防御に徹し、被害を最小限に抑えながら……)
ミチェルが劣勢の連合軍を見て小声で言う。
「撤退ね」
戦いの流れと脈を捉えるのに長けたミチェル。通常のドラゴンだけならまだしも、角飛車落ちで敵の盟主白竜が登場したこの戦いに勝ち目はない。何かミラクルでも起きない限り流石の彼女でもこの状況を覆すことは不可能であった。
ハク率いるドラゴン族と、ミント・バルアシア連合軍が戦う国境付近の森。そこから離れたドラゴン族の巣。戦いの直接の影響はないが、ここにも同じくその平和な森を揺るがすような報告がもたらされていた。見回りのドラゴンが長老である白竜に報告する。
「報告します!! ミント公国に向かって巨大な漆黒の竜が飛行する姿が確認されました!!」
それを聞いた白濁の皮膚の長老が尋ねる。
「本当か? 今の状況は?」
「真です!! 状況は分かりませんが、恐らくミント公国を襲撃しているものかと」
「……大変なことじゃ。グルルルルゥ」
普段寡黙な長老。その長老が無意識に唸り声をあげる。それだけで周りにいた若いドラゴン達がビクッと体を震わす。側近が尋ねる。
「長老。漆黒のドラゴンとは一体何なのですか?」
同じドラゴン種。だが、そんな邪悪なドラゴンは誰も知らない。長老が答える。
「大昔、ワシが勇者様と共に倒した、魔王の側近じゃ」
「!!」
若い竜達はそんな昔の出来事など知らない。人間とのいざこざはあるものの、今この世界に魔王は存在しないし、概ね皆が平和を享受している。
「グルルルルゥ……」
唸り声と共に立ち上がった長老がつぶやく。
「ガルシアの奴は気付いておるのか? 魔王の側近、漆黒竜ドロアロス復活を」
長老はそう言ってから咆哮すると、大きな翼を広げ空へと飛び立っていった。
「ウ、ウィル様!! あまり強く力を入れないでください!!」
王都バルアシアからエルティア達が向かった国境への山道。名馬と名高いルーシアの栗毛の馬に彼女とウィルが乗る。ルーシアに後ろからしがみつくように乗るウィルが答える。
「だ、だって、めっちゃ速いんだもん!! お、落ちるぞ……」
基本これまでソロで戦って来たウィル。馬に乗れないことはないが、上級大将ルーシアが操る全力疾走の馬にはさすがに恐怖心を抱く。ルーシアはウィルが密着する背中がずっと疼くのを感じながら振り返って言う。
「が、我慢してください!! もうすぐ、もうすぐです!! はあはあ……」
「わ、分かったから、前見て手綱を握ってくれ!!!」
ウィルはエルティアを心配しつつも、その前にこの地獄のような疾走から振り落とされるのではないかと青ざめた。




