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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第三章「政略結婚とか言うので原因のドラゴンを何とかします」
33/82

33.ジェラード公子の自信

 ドラゴン討伐遠征の朝。部屋で身支度をするカミング上級大将の部屋に、従者が駆け足でやって来た。


 コンコン!!


「カミング様、依頼した物が届きました!!」



 ガチャ


 すぐにドアを開けて対応するカミング。


「待っていたぞ!!」


 そして従者が持つ一振りの剣を鞘から抜き、じっと見つめる。



「素晴らしい業物だ。これでもう前回のような無様な姿を晒す事はないだろう!!」


 カミングは何度も頷きながらその新たに調達した剣を見つめた。





「エルティア様、ご武運を」


「ああ、留守は頼む」


 遠征出発に先立ち、ルーシアがエルティアに挨拶に訪れた。

 これまでにない規模の軍の遠征。その指揮を託されたカミングとエルティアの双肩に重責が圧し掛かる。ルーシアがエルティアを抱きしめ言う。


「必ずウィル様を向かわせます。それまで暫しご辛抱を」


「そんなに私にはあの男が必要なのか」


 そう苦笑して尋ねるエルティアにルーシアが逆に尋ね返す。


「不要でしょうか?」


「いや、せっかくのお前の好意だ。有難く受け取ることにしよう」


「本当にあなたは素直な人だ。ウィル様のこと以外は」


 ふたりは目を合わせてくすっと笑う。エルティアが両手で自分の頬を叩きルーシアに言う。



「では行ってくる」


「はっ、どうかお気を付けて」


 エルティアはそれに笑顔で応え、くるりと背を向け歩き出す。

 こうしてバルアシア王国とミント公国の初の共闘となる『ドラゴン討伐遠征』が始まった。






 その翌日。ドラゴンの巣がある広大な森の外れに、ハク達ドラゴン族が集まっていた。


 バキ!! バキバキ、ガリガリ……


「アガ、ガガガガ……」


 森の奥から湧いて出てくるような骸骨の死霊スケルトン。ドラゴン達はそれを見つけては掴まえ、勢いよく齧り付く。


「ああ、美味い……」

「うぐっ、もう腹いっぱいだ」


 雑食であるドラゴン達は森の動物や果物なども食べるが、一番の好物は骨。その骨が一番効率よく食べられるのが死霊であるスケルトンであった。ドラゴン達がこの森に棲む一番の理由。それはここが『黄泉の国』と呼ばれる魔界と繋がっていて、好物の骨がいつでも好きなだけ食べられることにあった。

 部下と共にスケルトンの骨を咥えていたハクに見張りの飛竜が報告にやって来る。



「ハク様。ミント公国軍が我らの巣の前に集結しつつあります!!」


「そうか。いよいよ決戦だな」


 そう小さく言うとハクは咥えていた骨をバキッと音を立てて嚙み砕いて言う。



「行くぞ、お前ら!」


「ガルウウウ!!」


 皆がその言葉に翼を広げて応える。部下が尋ねる。


「それでハク様。方針は?」


 身支度を整え始めたハクが真剣な顔で答える。



「まずは防衛。ただ我らが仲間が一体でも攻撃を受けたら、それを合図に……」


 皆の視線が、うっすら笑みを浮かべたハクに向けられる。



「下級種族人間の()()に切り替える」


 翼を羽ばたかせて同意する仲間を見て、ハクも大きくて真っ白な翼を開いてそれに応えた。






「ワータシ様。ドラゴンの巣を囲むように全軍の配置が終わりました。各部隊には複数の対空砲台、防衛隊の設置、部隊同士の連絡が取れるよう早馬隊も待機させてあります。間もなくバルアシア軍も合流すると思われますが、まずは挨拶から致しますか? ワータシ様」


 ハク達ドラゴン族が棲まう森。それを囲むように多くの軍を配置したミント公国軍。その司令官、公の息子であるジェラード公子に向かって副官のミチェルが言った。

 まだ幼さが残る子供のようなミチェルだが、公国内でも抜群の頭脳を有する彼女。歴代の参謀の中でもトップクラスの評価を得て、幼いながらも公子の副官に就いている。ジェラードが答える。



「それはすーばらしいですね。ミチェル。エルティア様が来られたら、まずワータシが挨拶をしましょう。それからドラゴン討伐にかかります。あと、ワータシはジェラードであってワータシではありませんよ」


 ミチェルが少し舌を出し、手を頭に答える。


「ああ、ごめんなさい。ワータシ様。いつも間違えてしまいます」


 ミチェルは頭脳明晰で的確な判断を出すのだが、ことジェラード個人については時々その頭脳が働かない。ジェラードが答える。


「まあ、いいでしょう。それより新砲台の効果が楽しみでーすね」


 そう言って腕を組み横に置かれた光沢を放つ真新しい砲台を見つめる。



「ジェラード様!!」


 そこへ伝令の兵が駆け付ける。敬礼をしてから兵が言う。


「バルアシア軍が到着しました。如何なさいますか?」


 ジェラードは大きく頷いてそれに答える。


「いいタイミングですね。よろしい。まずはワータシがエルティア姫にお会いのでこちらまでお連れなーさい」


「はっ、かしこまりました!!」


 そう言って足早に駆けていく兵士。その間ドラゴン達の動きを遠めに見ていたミチェルがジェラードに言う。



「ワータシ様。敵、ドラゴンの数が一気に増えてきました。やはりこちらの動きは筒抜けのようです。各部隊に砲撃準備の命を出しますが、よろしいでしょうか。ワータシ様」


 ジェラードも遠くに見えるドラゴンの群れを見て頷いて答える。


「よろしいでしょう。ワータシ達、公国軍の力を見せてあげましょう。あとワータシはジェラードと言うんですよ、ミチェル」


 ミチェルが敬礼して答える。


「はっ、失礼しました。ワータシ様。それでは各部隊に砲撃準備を伝えてきます!」


「いや、だからワータシは……」



「皆の者、ワータシ様から砲撃準備の命が出た!! 急げ!!」


 そう言って叫びながら走り去るミチェルを見て、ジェラードは毎度のことながら半ば諦め顔になる。




「ジェラード公子」


 そこへ白銀の鎧を纏ったエルティアがカミングを連れて現れる。

 風に揺れる金色の長髪。絹のような白い肌。透き通った美しい瞳。存在するだけで周りの皆に力を与えるエルティアの魅力。それは初めて彼女を見る公国軍の兵達も同じであった。ジェラードが満面の笑みでエルティアを迎える。



「これはこーれは、エルティア様。鎧姿もまたお美しい。ワータシは会えぬ間ずっとお慕い申しておりまーした」


「……」


 気持ち悪い。同じく求婚をしてきた漆黒のオークとはまた違った意味で寒気がする。エルティアが小さく首を振って答える。


「まだ開戦はしておらぬのですか」


「まだでーす」


 ふざけているのか真剣なのか分からない。カミングが尋ねる。


「それで先の協議通り、我らバルアシア軍は貴国の軍の補佐をすればよろしいのですね」


「はいはーい。その通りですよ」


「……」


 ミント公国とバルアシア王国の協議。

 それはドラゴン戦に大きな経験を持つミント公国軍を、バルアシアが補佐するというもの。つまりバルアシアには前に出て戦うなと言っているようなものである。その大きな理由が近くに置かれた砲台であった。エルティアがその砲台を見て尋ねる。



「これが公子が仰っていた新型砲台というものですか」


 ジェラードが嬉しそうに答える。


「そうですでーす! 対空戦に特化したドラゴン討伐の切り札。火薬と言う爆発する粉を玉に混ぜて、空にドオオオオンって放つのです。それが命中すればババーーンって爆発してドラゴンもビバボーンってなっておーわりです」


 ただでさえ日頃から何を言っているのかよく分からない公子の話。それにバルアシアにはまだ馴染みのない火薬を使った砲台の話が加わる。黙り込むふたりにジェラードが言う。


「論より証拠。ではまず、かるーくあそこに飛んでいる目障りなドラゴンを撃ち落として差し上げましょう」


 ジェラードはそう言うと少し離れた砲台に向かって合図する。そこへ駆け回っていたミチェルが慌てて戻って来る。


「あ、ワータシ様!! まだダメです!!!」


 だがその声むなしく、爆音と共にこの戦の始まりを告げる最初の攻撃が行われた。



 ドオオオオオオオオン!!!!


「!?」


 思わず耳を塞ぐバルアシア関係者。音がした砲台を見るともくもくと黒い煙が上がり、そして遥か遠方に飛んでいた飛竜に砲弾が命中。煙と共に大きな音を立てて地面に落ちていくのが見える。カミングが驚いた顔で言う。



「あ、あのドラゴンを、たった一撃で!?」


 これにはエルティアも驚き黙り込む。ジェラードが白い髪をかき上げながら笑って言う。


「あーはははっ!! これがワータシ公国軍の力。この砲台がドラゴンの巣を囲むように無数に配置してあーります!!」


 軍事大国でもあるミント公国。その凄まじき技術力と軍事力を見せつけられたバルアシアであった。






 その頃ハク達ドラゴン族は、突減の砲撃に慌ただしくなっていた。


「ハ、ハク様!! 敵の砲撃です。被弾した仲間が墜落。重体となっています!!」


 その報告にドラゴン達が言葉を失った。砲台による攻撃はこれまでにもあった。だがその威力はまだ恐れるに足らないもので、被弾しても分厚いドラゴンの皮膚の前に少し怪我をする程度で済んでいた。ハクが尋ねる。


「重体とは、一体どういうことだ!?」


「わ、分かりませんが、敵の攻撃力が飛躍的に上がっていると思われます!!」


「小癪な、人間共め……」


 長老が言っていた防衛を頭に入れた戦い。それはこれまでの致命傷にはならない攻撃を前提とした上での戦略。だがこの強い攻撃力を目の当たりにした以上、それは自分達の全面敗北の危険が生じてくる。ハクが翼を広げ叫ぶ。



「全軍に最速、最大()()にて攻撃を命じる!! 誰も死ぬな!! 敵を滅せよ!!!」


「ウゴオオオオオ!!!!」


 ドラゴン達は自らを風に例えることが多い。風のように舞い風のように戦う。最大()()、それはつまり最初から全力で敵にぶつかることを意味する。

 ミント・バルアシア連合軍対、ドラゴン族。その戦いがいきなり総力戦で始まった。






 バルアシア王城にある廊下。

 そこを歩く銀色の髪の美しい上級大将に兵が駆け寄って報告する。


「ルーシア様!!」


「どうした?」


 振り返ったルーシアが尋ねる。兵が敬礼してからいう。


「はっ、お探しになっていた雑用係の居場所が判明しました!!」


「そうか! で、今どこにいる??」


「はい、薬草採取の為に国境付近の草原に遠征していて、予定より遅い明日以降の戻りになるそうです!!」


 それを聞いたルーシアが腕を組み考えながら言う。


「国境付近だと!? くそっ、一体誰だ、そのような命を出したのは!!」


 少しの沈黙。その意味に気付いたルーシアが心の中で言う。



(あ、私だったか……)


 薬草採取を命じたのは防衛責任者ルーシア自身。首を振って兵に命じる。



「待っていても仕方ない!! 早馬を出してすぐにその男、ウィルを連れて参れ!! 急ぐのだ!!!」


「はっ!!」


 兵士が敬礼し、慌てて駆けて行く。

 あまりに間が悪いエルティアとウィル。ルーシアはこれならいっそ彼を姫様のヒモにして常に近くに置いておいた方がいいのでは、と少し思うようになった。

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