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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第三章「政略結婚とか言うので原因のドラゴンを何とかします」
32/82

32.遠征前夜

 コンコンコン!!


 まだ夜も明けぬ早朝。王城内にある雑用係用宿舎。その一番端にあるウィルの部屋のドアが強く叩かれる。


「誰だよ……、こんな朝早く……」


 窓に目をやるとまだ夜明け前。あくびをし、目を擦りながらドアを開けると、上官の黒ひげが立っていた。



「ウィル、仕事だ。急いで用意しろ!」


「はあ? こんな朝からどうしたんですか??」


 既に公務服を着た黒ひげが言う。


「何でも今度大きな戦があるみたいで、軍部が貯蓄してある薬草を全部持って行っちまったみたいなんだ。だから急遽、俺達がその使った貯蓄分の薬草を採取することになった」


「マジかよ。急ぐんっすか?」


「ああ、今日から泊りがけで出掛ける。すぐに支度をして集合してくれ!」


「うえ~い……」


 昨日、訳の分からない鎧野郎と戦い、その後ギルド嬢マリンにたっぷり叱られたウィル。朝はゆっくりしたかったのだが、上官命令ならば従わざるを得ない。



「じゃあ、行くか……」


 荷支度をし、ウィルが宿舎を出る。他の雑用係と合流しまだ太陽が昇りきらぬ朝、遠方にある薬草が茂る高原へと向かった。

 そしてウィル達が旅立ったその日の朝。冒険者ギルドに一件の緊急クエストが届けられる。




「た、大変だ! マリン!!」


 いつの通りカウンターに立っていたマリンにギルド長が顔色を変えて駆けつける。手には赤い紙の依頼書。王城の、上級職からの依頼を示す色である。マリンが驚いた顔で尋ねる。


「ど、どうしたんですか!?」


 大きな目を更に大きくして尋ねるマリンにギルド長が言う。


「あ、あの、Fランク冒険者のウィルって奴はいるか?」


「ウィル君? いえ、今日はまだ……」


 そう言ってギルド内を見回すマリン。すでに多くの冒険者で賑わっているがまだウィルの姿はない。マリンが言う。



「昨日は来ていましたけど、『ゴリラ調査』を失敗して着ぐるみ焦がして来て、きつく叱っておきました!」


 その報告は聞いている。ただ今はそんなことはどうでもいい。ギルド長が言う。



「ウィル宛にルーシア上級大将がクエストを依頼してきたんだ!!」


「え? じょ、上級大将が!?」


 しかもウィル指名。軍部最高職がFランク冒険者に指名など前代未聞の出来事。ギルド長が依頼書をマリンに見せて言う。


「しかもその依頼が、ド、ドラゴン討伐なんだよ……」


「ええっ!?」


 それはミント公国との国境に巣くうドラゴンの群れの討伐。間もなく編成されるバルアシア軍に続き参戦して欲しいとの内容であった。ギルド長が信じられない顔で言う。


「彼はまだFランクなんだろ? こんな規格外クエスト、即死じゃないのか??」


「は、はい。でもウィル君なら……」


 そう言い掛けたマリンの脳裏に『作戦コード:HI-MO』の文字が浮かぶ。ギルド長に近寄ったマリンが耳元で囁く。


「あの、ギルド長。これはウィル君から極秘で教えて貰って口外禁止なんですけど……」


 そう前置きしながらマリンが続ける。


「彼、実は『作戦コード:HI-MO』って言う王族絡みの極秘任務を受けているんです!」


「ええっ、本当か!?」


 驚き声を上げるギルド長。マリンが口に人差し指を立てて言う。


「声が大きいです! 超極秘任務なんですから!!」


「わ、分かった。秘密は守るよ……」


 海千山千のギルド長ですら汗を流す王族の極秘任務。そんな人物なら今回のクエストも理解できる。


「つ、強いんだな。ウィルってのは」


 マリンが胸を張って言う。


「当然です! だから私は『推し』にしたんですよ!!」


 ウィルは強い。実際初めての出会いで子供とは言えあのサーペントドラゴンを倒した。



(ん? あれ、ちょっと待って。そう言えば、倒してないような……)


 あの時は少し殴ったが結果的に威嚇して追い払った。

 同時に思い出すウィルの足跡。『推し権』では自称『十五階層到着』として敗北。昨日も貸与したゴリラの着ぐるみを燃やしてしまってクエスト失敗。よく考えたらまともに仕事をしていない。考え込むマリンにギルド長が尋ねる。


「それで今日は来るのか、この冒険者は?」


「わ、分かりませんけど、とりあえずしばらく待って来なければ王城の方へ探しに行ってみます」


「ああ、頼んだぞ。これはきっと超重要なクエストに違いない」


「は、はい……」


 ギルド長は興奮した面持ちで部屋へと戻っていく。



(ウィル君……)


 ウィルが強いと信じてはいる。だけどいくら彼とて単騎でのドラゴン討伐は無理な話。上級大将は一体何を考えているのだろうか。マリンはピンクの髪を触りながらもう一度クエスト依頼書を見つめた。






「エルティア様」


 王城を慌ただしく歩いていたエルティアにルーシアが声を掛ける。従者と会話をしていたエルティアがそれに気付いて答える。


「ルーシアじゃないか。どうしたのだ?」


 美しい金色の髪をふわりと揺らしながら尋ねるその仕草に、同性ながらルーシアが一瞬どきっとする。ルーシアが胸に手を当て答える。


「はい。ウィル様の件ですが……」


 エルティアは従者を下げてルーシアとふたりきりになり話を聞く。


「どうやら雑用係の仕事で薬草採取に出てしまいまして……」


「薬草採取……」


 確かに今回の共闘で大量の貯蔵してあった薬草を運び出している。その補充は雑用係の仕事。その指示を出したのは自分。頷くエルティアにルーシアが言う。



「それで戻るのが恐らく明日以降で……、私の指示が裏目に……、申し訳ございません。残念ながらまだ彼と何の話もできておりません」


「そうか、それは仕方がない」


 ウィルの話を聞き明るくなっていたエルティアの表情が曇る。ルーシアが強い口調で言う。


「必ず、必ずウィル様を向かわせます。このルーシアの命にかけても!!」


「大袈裟だ。ルーシア。今回はミント公国との共闘。我々だけが一方的に負けることは考え辛い」


「分かっております。分かっておりますが、彼の力はきっと必要になるでしょう」


 エルティアも頷いて答える。


「ああ、そうだな。楽しみに待っているぞ」


 エルティアはそう言って軽く手を上げ、従者と共に遠征の準備へと向かう。ドラゴン討伐を翌日に控えたこの日。バルアシア王城ではこれまでにない緊張感に包まれていた。






 一方、ここはバルアシア王国の国境から先に広がる広大な森。

 そこで長い間暮らしてきたドラゴン族は、見回りのドラゴンがもたらした情報に対策を苦慮していた。


「如何なさいましょうか、長老」


 ドラゴン族の幹部が集まる会議。その幹部の一体が、少し濁った白色の大きなドラゴンに向かって尋ねる。ドラゴン族の長老にして『白竜』の名を受け継ぎし竜。だが長寿のドラゴンとは言えすでに老いは明らか。この先が長くない長老が皆に言う。


「極力、人間との争いは避けるべきじゃ……」


 もたらされた報告。それは森に隣接するミント公国の襲来と、それに呼応してバルアシア王国でも軍の動きが活発になっているとの報告であった。幹部のドラゴンが言う。


「なぜ何の危害も加えない我々がこのような仕打ちに遭うのでしょう!!」

「逆に人間どもの国に攻め入るべきでは!?」


 幹部達の怒りは頂点に達しようとしていた。

 その理由は明白で、基本これまでドラゴン側から人間に対して攻撃を仕掛けたことはなかった。平和を望む長老。その指揮下の下、無益な争いは避けていた。だがミント公国はドラゴンを見つけるとすぐに駆除に乗り出した。ドラゴン達の不満は限界に達している。長老が言う。



「ならぬ。我々は防衛、守りに徹するのじゃ……」


「長老……」


 あくまで積極的な攻撃を否定する長老。それを聞いた幹部達が、その長老に向かい合うように坐する同じ白色のドラゴンに視線を移す。



「長老」


 その白い竜。若くて好戦的な目をした白竜が翼を広げて言う。


「長老はもう年取っちまったんだ。俺達ドラゴンは上級種族。人間などに恐れる必要はないだろ!?」


 伝統的に生まれる白い竜。長老亡き後はこの若い白竜が後を継ぐのだが、まだ若さゆえ皆を率いるのにはやや血気盛んである。長老が言う。



「ハク。何度も言うが我々もこの世界の自然の摂理の一端。力による無理な変化は必ず滅亡を導く」


 ハクと呼ばれた若き白竜が答える。


「そんなもん、すべてねじ伏せちまえばいいんだよ!」



「勇者様が現れるのを待つのじゃ」


 ハクが呆れた顔で答える。


「またその話かよ。俺は長老以外の指示に従うつもりはないし、ましてや人間などと共闘するつもりはないぜ」


 長老が小さく息を吐いてからいう。



「ハク。お前のその翼にある()()()()()、それが何か何度も説明したよな?」


「……ああ。『六星』とか言う下らねえ話だろ?」



「愚か者っ!!!!!」


「!!」


 長老の迫力ある咆哮。そこにいたドラゴン達すべてが一瞬身を震わせて固まる。長老が言う。



「世が乱れ、力でもって世界の摂理を崩さんとする者が現れる時、勇者とその従者がそれを討つ。幼き頃から何度もおまえに聞かせた話じゃろ」


「あ、ああ。分かってる……」


 少し大人しくなったハクが小さく答える。長老が言う。



「このワシも数百年前、勇者様と共に戦った『六星』がひとり。もうアザは消え、お前に引き継がれたのだが、勇者様と戦ったあの思い出はワシの一生の宝ものじゃ」


「……」


 黙り込むハク。長老が皆に言う。



「間もなく世が乱れるであろう。そしてきっと勇者様も現れるはず。それまでは無暗に争いをせずに耐えるのじゃ。よいな?」


「はっ!!」

「ははっ!!」


 幹部のドラゴン達が長老の言葉に頭を下げて答える。そんな中、若きリーダーになるべきハクだけが不満そうな表情で顔を背けた。

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