28.謹厳実直なルーシア
王都城壁の補修作業。それは雑用係であるウィル達の大切な仕事である。
ヒビが入った壁面を補修用粘土で埋め、一方で砂が溜まり生えてきた雑草を抜く。掃除に点検。広大な王都城壁を前に、この気の遠くなるような作業を黙々と進める。
(ああ、マジだるい……)
『姫様のヒモ』になってぐーたらな生活を送りたい。その願いとは裏腹に厳しい現実が立ちはだかる。毎日ぐーたらどころか汗だくになって仕事をし、さらに冒険者ギルドでクエストの依頼もこなさなければならない。
真面目に転職でも考えようと思っていたウィルが、いきなり敬礼を始めた上官の黒ひげに気付き言う。
「あれ? どうかしたん……」
そう言いかけたウィルの背中に、馬の足音がゆっくりと近付く。振り返るウィル。その銀髪の美しい馬上の女性を見て声を出した。
「あ、ルーシアじゃん」
慌てて黒ひげが言う。
「ば、馬鹿!! 上級大将様に向かって呼び捨てなど……」
「いいのだ。構わぬ」
そう言って馬からすっと降り胸に手を当ててウィルに言う。
「ウィル様、少しお話があります。お時間頂けますか?」
(!?)
得体が知れないやつだと思ってはいたが、先日姫様に続き今度は上級大将まで。自分の方を見て許可を得ようとするウィルに黒ひげが言う。
「い、行って来い!! 大丈夫だ、大丈夫……」
最後はまるで自分に言い聞かせるように小声になる黒ひげ。ルーシアが軽く礼を言い、ウィルを連れ歩き出す。黒ひげがそのふたりの背中を見てつぶやく。
「ウィルって、やっぱり凄いやつなのか……」
一見そんなふうには見えないウィルの顔を思い出し、黒ひげが首を傾げて苦笑した。
栗色の愛馬の手綱を手にウィルと並んで歩くルーシア。
薄ベージュの服にスリムなパンツ。いわゆる公務の服なのだが彼女の場合私服に近い。鎧姿以外あまり見なかったルーシア。こうして見ると意外とスタイルも良い。
「これを頼む」
「はっ!」
ルーシアが近くにいた王兵に手綱を預け、愛馬の顔を撫でてから再びウィルと歩き出す。
「すまないな、忙しいところ」
「いいって。仕事めっちゃハードだから助かったよ」
「そうですか。時にウィル様、勇者の自覚は芽生えましたでしょうか」
ウィルが小さくため息をついて答える。
「いや、だからそう言うのないって。前にも言ったけどこんな外れスキル持ちで、『ヒモになりたい』なんていう男が勇者な訳ないだろう?」
隣を歩くルーシア。確かに彼の言うことは尤もだが、それを否定するかのような背中の疼きを先程からじんじんと感じる。ルーシアが言う。
「まさにその通りです。あなたは厚顔無恥で勇者としてはあるまじき行動・言動を行う。私も心のどこかでこんな卑賎な男が勇者様だとは思いたくない気持ちを抱えているのも事実ですが、残念ながら不幸な神の悪戯か、あなたが選ばれてしまったようなんです。分かりますか?」
(分かる訳ねえだろ!! マジで無自覚で人を乏しめる天才だな、この女!!)
ウィルがやや疲れた顔で尋ねる。
「それで一体俺に何の用なんだ? 馬鹿にしに来たのか?」
「いいえ。色々お話はあるのですが、まずウィル様は勇者についてどのくらい知っておられますか?」
ウィルが顎に手を当てて考える。
「うーん、昔そういう強い奴がいたってことぐらいは知ってるかな。あとは姫様が探していて、それを見つければ俺がヒモになれるってことぐらい」
「相変わらず救いようのないクズですね。まあいいでしょう」
(良くねえって!! 一体俺を崇めているのか馬鹿にしてるのか、どっちだよ!!)
苛々するウィルにルーシアが言う。
「『魔王が現れし時、世に勇者もまた現れん』。子供でも学校で習う有名な言葉です。知っていますか?」
「し、知っているよ!!」
本当は知らない。だけど悔しくて思わず言い返す。
「そうですか。ではその勇者に従う『六星』という存在は?」
どこかで聞いたことがあると思いながらウィルが考えていると、先にルーシアが口を開く。
「六星とは魔王討伐の為に勇者を支える六名の従者のことです。伝承なので私も詳しくは分かりませんが、体のどこかに『星形のアザ』があるのが特徴です。そしてかく言うこの私も……」
そう言うとルーシアは、いきなり上半身の服をがばっとめ繰り上げ背中をウィルに見せる。周りを歩く人達が突然服を脱ぎだした上級大将に唖然とする。ルーシアが自分の背中を指さして言う。
「こ、この辺りです。ウィル様。見えますか? 見えますか??」
ウィルが慌てて彼女の服を掴んで下ろし答える。
「わ、分かったからいきなり脱ぐな!! みんなびっくりしてるだろう!!」
「え? あ、ああ、申し訳ございません」
ただでさえ上級大将が見知らぬ男とふたりきりで歩く姿。周りから注目されて当然だ。服を整えたルーシアが胸に手を当てて言う。
「この私はバルアシア王国の上級大将である前に、魔王を倒す勇者に従う『六星』でございます。ウィル様を勇者と認めお供致すことを誓います」
上級大将が見知らぬ男に何やら忠誠を誓っている。その姿だけでもある意味衝撃的なのだが、ウィルには困惑しかない。
「い、いや、だから俺はそんなんじゃねえって!! きっとどこかにすげえスキルを持った強い勇者がいるってば。俺はただのヒモ希望の男で……」
ルーシアが燃えるような目をしてウィルに言う。
「一緒に魔王を倒しましょう!!」
もはや人の話など聞かない彼女にウィルが尋ねる。
「ちなみにさ、その魔王ってもういるの?」
「魔王ですか? ええ、この間王都を襲った『百災夜行』は覚えていますか?」
ウィルの脳裏にエルティアが無双していた姿が思い出される。
「ああ、覚えている」
「あれを操るのが『魔帝ガルシア』と呼ばれる敵の大将です」
「魔帝ガルシア……」
ウィルが初めてその名前を口にする。
「強いのか?」
「ええ、一度戦ったことはありますが圧倒的強さでした。特に翼が輝く時、恐るべき強さを発揮します」
「翼?」
「ええ。想像ですが、魔帝ガルシアは天使族ではないかと」
「ふーん……、ちなみにさ、魔王じゃなくて魔帝なんだ。なんで?」
「……」
即答できないルーシアが無表情でウィルを見つめる。そしてぼそっと言う。
「普段いい加減なくせに、どうでもいい事は細かいのですね」
「おーい、心の声が漏れてるぞ~~」
とことんこの女は自分を馬鹿にしているなと思ったウィルが、少し先のベンチに座る青髪の男に気付く。ルーシアが言う。
「ああ、あと今日お時間を頂いたのは紹介したい人物がいるからです」
「紹介したい人物?」
自然とそのベンチに座る男に視線が移るウィル。案の定、ふたりはその青髪の男の前まで行き挨拶をする。
「ウィル様、紹介します。バルアシア王国上級大将のカミング殿です」
そう紹介されたカミングはまだ体に包帯を巻いた痛々しい姿。ウィルが何かを言おうとすると、それより先にカミングが言った。
「お前、雑用係だそうだな?」
「え? ああ、そうだけど……」
ベンチに座ったまま足を組み、少し目を閉じ、首を振って言う。
「上級大将様の前で、なぜそうやって普通に立っていられる? 跪かぬか!! 分をわきまえよ!!」
辺りに響く大きな声。驚くウィルより先にルーシアが言う。
「カミング殿。先にも申した通り、この男は見た目はぱっとしないが一応勇者様である。本来我々の方が膝を突くべきお方であるぞ!」
(また出た!! 無自覚の蔑み攻撃っ!!)
それを聞いたカミングが苦笑して尋ねる。
「こんな子供が勇者ですって? やはりルーシア殿は僕に冗談を言って楽しませたいのでしょう」
「いや、だから彼は本当に……」
そう言いかけたルーシアを止めるようにカミングが尋ねる。
「ではお前、攻撃スキルは一体何なんだ?」
日々魔物の恐怖に晒されるこの世界。攻撃スキルの優劣でその人物の評価が大きく変わる。
(攻撃スキル……)
だがそれはウィルにとって最も辛い言葉。
親に捨てられ、弟と生き別れ、十年もの間孤独と戦いながら目指した攻撃スキル。今でこそ『ヒモになりたい!』などと言っているが、本当は優秀な攻撃スキルを手にして皆も羨む活躍に憧れたこともある。
だがそれは叶わぬ望み。黙り込むウィルにカミングが尋ねる。
「まさか無能者とか? いやいや、僕も馬鹿にされたものだ。なあ、お前。いい加減に……」
そう言いながらベンチに座ったカミングが足を上げ大声で言う。
「しろ!!!」
ドン!!!
そのまま目の前で佇立したウィルを足蹴りにする。
「痛ってぇ……」
少し後退するウィル。すぐにルーシアが前に出て大声で叫ぶ。
「何をするか!! カミングっ!!!!」
会いたいというから連れて来た。きっとウィルは望まないだろうと思いつつも紹介した。それを足蹴りにするとは。怒りで顔を赤くするルーシアにウィルが言う。
「いいんだ、ルーシア。俺の身分を考えれば生意気なのは当然。すみませんでした、カミング上級大将。じゃあ俺はこれで」
ウィルはそう言って頭を下げると背を向けて歩き出す。
「ウィル様!!」
「ルーシア」
追いかけようとするルーシアにカミングが言う。
「お前もエルティア様も一体何に騙されているのか知らないが、あのようなガキに何ができる? いい加減目を覚ませ」
ルーシアが冷たい目をして答える。
「あなたは何も分かっていない。私にとって今日ほど上級大将という肩書がつまらないものだと思えた日はないでしょう。ではこれで……」
そう言いかけたふたりの元に伝令役の兵士が急ぎ駆けつけて来た。何かが起こったのだと理解したふたりが尋ねる。
「どうした?」
伝令役が会釈してから答える。
「はい。実は王城の方にミント公国のジェラード公子がお見えになりました」
「え? まさか……」
驚くふたり。伝令が言う。
「はい。公子は直接エルティア姫に婚礼を申し込むとのことです」
想像以上に動きが早いジェラード公子。ふたりは急ぎ王城へと向かった。




