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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第三章「政略結婚とか言うので原因のドラゴンを何とかします」
27/82

27.マリンの掌で転がされる、俺?

 漆黒のオーク討伐の翌日。

 ルーシアより特別休暇を貰ったウィルが、ひとり王都へと足を運ぶ。目指すは冒険者ギルド。ウィルが青い顔をして足早に向かう。


(ええっと、マリンはいるかな……)


 再び訪れた冒険者ギルド。相変わらずの熱気と大きな声が飛び交う場所。熟練の冒険者は心を休め、また新米冒険者はこれからの活躍に胸を躍らす。



「あっ、ダーリ~~ン!!!」


(ぶっ!!)


 そんな熱い冒険者ギルドに、甘く力の抜けるような声が響く。

 ウィルを見つけてカウンターから手を振るマリン。先輩ギルド嬢はやれやれといった表情を、マリン目当てにやって来ていていた冒険者は呼ばれたウィルをぎっと睨みつける。



「あ、あのさ、マリン……」


 肩をすくめながらカウンターにやって来たウィル。彼女に会いに来た目的はただひとつ。何も知らずにあげてしまった宝石の誤解を解くため。まさか未婚の女性に対してそんな意味合いを持つとは夢にも思っていなかった。


「嬉しい~、私に会いに来てくれたのね!!」


 大きな目を輝かせてマリンがウィルを見つめる。


「いや、その……」


 何か話そうとしたウィルの目にマリンの指にはめられた指輪、七色に輝く透明な宝石が映る。



(げっ!! もう指輪にしてるのか!!)


 あげて数日。既にその宝石はマリンの指で美しく輝いている。その視線に気づいたマリンが恥ずかしそうに言う。


「あん、これね。ダーリンがくれた宝石、加工して指輪にしちゃった」


「マジか……」


「そうだよ。でもこの石ってすっごく硬くて全然削れなくってね。結局貰ったそのままの形で指輪にしちゃったの」


 そう言ってウィルに差し出す彼女の指輪は、確かにあげた時のままの角ばった形。小さく目立たないが、よく見ると違和感がすごい。マリンが嬉しそうに言う。



「あれからね、私色々考えたんだ。将来のこと。まだ未成年だから式は挙げられないけど、家計の為にもダーリンには王城で出世してもらうか、それとも上級冒険者になってもらって……」


「マリン」


 熱っぽく語るマリンにウィルが真顔で言う。


「なに?」


 それを笑顔で返すマリン。ウィルが言う。



「知らなかったんだ」


「知らない? 何を??」


 少しずつ彼女の顔から笑みが消えていく。ウィルが頭を下げて言う。


「未婚の女性に宝石を贈ることが、その、求婚にあたるってこと……」



「え……?」


 完全にマリンの顔から笑みが消える。ウィルが言う。


「『推し権』で勝てなくて、マリンが悲しがると思ったから綺麗な石をあげたんだ。その、だからそこに他意はなくて……」


 それを黙って聞いていたマリンの目が真っ赤に染まる。そして涙でその大きな瞳を潤ませながら小さな声で言う。



「そっか、急だったからびっくりしていたんだけど。やっぱりそっか……」


「あ、あの……」


 マリンが涙目で笑顔を作って言う。


「大丈夫。先輩から『冒険者とだけは付き合うな』っていつも言われてたから! 私、まだ色々分からなくて。だから宝石貰っちゃって嬉しくってつい……」


 マリンの大きな瞳から涙がこぼれる。騒がしいギルド内。近くにいた冒険者が、様子がおかしいギルド嬢に気が付いて振り返る。マリンが言う。



「大丈夫。大丈夫だよ!! それでも私はウィル君を応援するから!!」


「マリン……」


 思わずウィルも涙目になる。


「俺にできることなら何でもするから!!」


「本当!? じゃあ、私をお嫁さんにして!!」


「え……?」


 思わず固まるウィル。マリンがくすくす笑いながら言う。


「冗談よ、冗談!! でもこれからもずっと仲良くしてね」


「あ、ああ、冗談か。分かった、うん。大丈夫」


 安心したウィルに、マリンがカウンターから数枚のクエスト依頼書を取り出して言う。



「じゃあ、今ウィル君は『作戦コード:HI-MO』とか色々忙しいと思うけど、やっぱり上級冒険者にはなって貰わなきゃならないと思うのね! だからこれからどんどんクエストをお願いするわ」


「え? あ、ああ。分かった」


 一部何のことを言っているのかよく分からないフレーズもあったが、マリンがそれで喜ぶならそれでいい。マリンがいくつかの紙を見ながら考える。


「え~っと、Fランクのウィル君に合う依頼は……」


 冒険者登録をしたものの全くクエストをやっていないウィル。未だFランクなのは仕方がない。マリンが一枚の紙を持って笑顔で言う。



「うん、これね!! これならFランクでも十分できるよ!!」


「あ、ああ、ありがとう……」


 そう言ってウィルがマリンから手渡された依頼書を見つめる。暫しの沈黙。ガヤガヤと騒がしい音がふたりの間を流れる。ウィルが尋ねる。



「な、なあ、何の依頼だ、これ……??」


 ウィルが紙に描かれた()()()の挿絵を指さして尋ねる。マリンが答える。


「え? 何って野生ゴリラの生態調査だよ」


 最低ランクの冒険者には基本戦闘クエストは受けられない。薬草採取や人探し、運搬などがその主な任務になる。その中でも比較的貢献度が高いクエスト『ゴリラの生態調査』。マリンは自信に満ちた目でウィルを見つめる。ウィルが無表情で尋ねる。


「いや、生態調査は分かったんだけど、なぜゴリラの『着ぐるみ』を着て行かなきゃならんのだ!?」


 調査にはゴリラの着ぐるみ着用が必須と書かれている。マリンが答える。


「あー、それね。ゴリラってああ見えて結構臆病で警戒心が強いらしいので、着ぐるみ着るの。可愛いでしょ?」


「で、でも、俺そんなの恥ずかしくて……」


 そう言いかけたウィルにマリンがぐっと近付いていう。



「あれ~、ウィル君はマリンの為に()()()やってくれるんじゃなかったのかな~??」


「うっ……」


 先に約束した言葉。今更嫌だとは言えない。ウィルが引きつった顔で答える。



「わ、分かったよ。仕方ないし……」


 マリンが小悪魔のような顔をして言う。


「うんうん。いい子だね~、ゴリラ君」


 そう言ってウィルの頭を撫でるマリン。ウィルは絶対この女はまだ怒っているんだと、その天使のような笑みを見て思った。






 コンコン……


「失礼するぞ、カミング」


 同日、漆黒のオーク戦で負傷したカミング上級大将を見舞う為に、エルティアとルーシアがその病室を訪れた。ウィルの衝撃的な救助。その姿に心奪われていたふたりはすっかり捕らわれていたカミングのことを忘失。その侘びも兼ねて果物を手に病室を訪れた。



「具合はどうだ、カミング?」


 上級貴族専用の病室。広い個室に豪華な家具。食事やシャワーも完備したまさに治療だけに専念できる部屋。ベッドの上で横になるカミングが、上半身を起こして答える。


「これはエルティア様。わざわざありがとうございます」


「いや、いいんだ。お前には感謝している」


 カミングがその言葉を聞いて首を振って応える。



「いえ。僕は何とも恥ずかしいことをした。作戦は失敗するし、捕らわれの身になるし。不甲斐なき僕をお許し頂きたい……」


 通常ならば姫を連れ出し討伐に失敗。自身も捕まり救助されるなど上級大将にとって恥ずべき事態。本来降格が必定なのだが、そこはエルティアが陰で口を添えていた。


(何せ彼を忘れて帰ってきてしまったのだ。そのくらいはいいだろう……)


 後ろめたさがエルティアを包む。カミングが言う。



「それにしてもさすがはルーシア殿。エルティア様とふたりであの黒きオークを倒してしまうとは」


 ちなみになぜか城内ではエルティアとルーシアのふたりによって討伐された事となっている。『王都随一の剣の使い手』と『王都守護者』。当然と言えば当然なのだが、そこにウィルの名前はない。ルーシアが言う。


「いえ、だからそれは前から皆に申し上げている通り、ウィルと言う勇者が現れたのです」


「そうだぞ、カミング。彼が勇者かどうかは別として、あのオークに無双したのは間違いない」


 エルティアもルーシアを補足するように言う。それを聞いてしばらく考えていたカミングが尋ねる。



「その人物は何者なんですか?」


「何者って……」


 そうつぶやくエルティアの脳裏に『ヒモになりたい!』と騒ぐウィルの顔が浮かぶ。ルーシアが代わって答える。


「冒険者であり、そして王城勤務をしている」


「冒険者? ランクは?」



「……Fランクだったような」


「王城勤務と言うと軍所属の兵士でしょうか?」


「……雑用係、だ」


 そうカミングの問いかけに答えながらエルティアがだんだん自信がなくなっていく。最低ランクの冒険者に雑用係。それが上級大将を圧倒した漆黒のオークを倒したというのだから話していても自然と声のトーンが下がる。カミングが笑いながら言う。



「おふたりはお優しい。怪我をした僕の為にそうやって冗談を言ってくれるなんて」


「い、いや、冗談ではないぞ。本当なんだ!!」


「ではエルティア様、その男は何か特別な攻撃スキルを持っているとか?」


(うぐっ……)


 エルティアとルーシアの頭にウィルの()()の映像が流れる。『虚勢』と『去勢』。今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい。顔を赤くして黙り込むふたりにカミングが言う。



「分かりました。そうまで言うならば今度その男に会わせてください。漆黒のオークを倒したというその男に」


「あ、ああ。分かった。問題ない……」


 カミングが言う。


「打ち所が悪くて気を失ってしまいましたが、怪我自体は大したことありません。明後日には退院できますので、ぜひお願いします」


 そう言ってカミングはふたりの顔を笑顔で見つめた。

 エルティアは王城に戻ってからまだウィルに会っていない。受付嬢の指にはめられた指輪。その美しき輝きが彼女の行動を躊躇わせていた。

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