25.ウィルの求婚!?
「姫様、大丈夫か?」
漆黒のオークの棲む洞窟内のオーク達を一掃したウィル達。慣れない花嫁衣裳のまま戦ったエルティアの疲れた顔を見て、ウィルが手を差し出す。ここ数日続いた精神的重圧。ようやくそれが解放された彼女は想像以上に疲労していた。
「あ、ああ、ありがとう……」
自然と顔が赤くなるのを感じながら俯き、その手を取るエルティア。ウィルが言う。
「しっかし、まさかこんな事になってるとはな。教えてくれれば良かったのに」
オークへの姫への求婚。それを知っているのは王城の中でもごく限られた人のみ。エルティアが答える。
「そ、そういう訳にも行かぬのだ。何せお前は雑用係、ルーシアぐらいの上級大将でないと話せないんだ……」
「まあ、そうだよな。でも良かったぜ。姫様が嫁がなくて」
「わ、私が嫁ぐと、やはりその、嫌なのか……??」
顔を上げたエルティが小さな声で尋ねる。ウィルが答える。
「当たり前だろ。姫様が結婚したら俺の『ヒモ生活』がダメになる」
苦笑しながらエルティアが言う。
「ふっ、やはりそうか。まあ、そうだよな……」
そう言って口に手を当てて笑うエルティア。それをウィルがじっと見つめる。
「ど、どうかしたのか?」
そう尋ねるエルティアに、ウィルが答える。
「いや姫様、綺麗だなって」
(!!)
真っ赤になって再び下を向くエルティア。
これまでの人生、特にこの王城に来てから異性にこうやってはっきりとそんな言葉を掛けられたことはない。慌てて答える。
「わ、私みたいながさつな女にこんな衣装は似合わないだろ……」
王国随一の剣の使い手の異名を持つエルティア。自虐的にそう笑って答える。ウィルが言う。
「そんなことないぞ。マジでその花嫁衣装、似合ってるぞ」
そう言われたエルティアが更に顔を赤くして答える。
「そ、そんなこと言ったって、わ、私は……」
ウィルが思い出したように尋ねる。
「あ、そうそう、そう言えばさっき言っていた『野獣様』って何のことだ?」
「ん?」
戦いの中で耳にした聞き慣れない言葉。ウィルの問いに、エルティアが頷き嬉しそうな顔で聞き返す。
「ああ、野獣様か。ウィル、お前、森で赤いミノタウロスを倒したことを覚えているか?」
「赤いミノタウロス? う~~ん、あ、あいつか!! 食ったやつか!!」
「食った……、あ、ああ、そうだったな……」
討伐した後そのまま『美味い』と言ってがつがつ肉を齧っていたことを思い出す。ウィルもあの場にいた女性がエルティアだったと今更ながら気付く。エルティアが言う。
「あの時にな、私はお前の名前も聞けずにいて、それでお礼を言いたかったのだが誰だか分からなくて……」
「それで野獣って呼んでたのか?」
「ああ、野獣のように荒々しかったんでな。ありがとう、礼を言うぞ」
「……」
エルティアにとっては褒めたつもりであったが、ウィルにしてみれば野蛮な人種と思われたのかと受け止める。
「エルティア様、ウィル様!! 馬車の準備ができました!!」
そこへひとり帰還の馬車の準備をしていたルーシアが戻る。愛馬の栗色の馬に、オークの洞窟で見つけたキャビンを取り付け戻って来た。エルティアが言う。
「ありがとう、ルーシア」
「いえ、当然のことです」
そう言って馬車へ乗ろうとするエルティアを見て、すぐにルーシアがウィルの隣にやって来て腕で軽く突いて言う。
「ウィル様! 早くエルティア様のエスコートを!!」
「は? エスコート??」
意味が分からないウィル。ルーシアがため息交じりに早口で言う。
「当然です。エルティア様の衣装をご覧ください。一国の姫君が美しいドレスをお召しになって馬車に乗る。男性がエスコートしなくてどうするのですか!」
「いや、だけど俺、そんなことやったことがないし……」
ルーシアが目を閉じ首を振って言う。
「本当にあなたは器量の小さな人間だ。ヒモ生活と言い、真に低俗な人間と言えるでしょう」
(こいつ、俺のことを勇者とか呼んでいたくせに、全力で侮辱してきやがる……)
むかむかするウィルの背中をルーシアがどんと押して言う。
「さあ、早く!!」
「ぎゃっ!!」
押されてエルティアの隣に並んだウィル。一瞬迷ったがすぐに手を差し出して言う。
「さ、さあ、行こうか……」
「ああ、ありがとう」
やはりここは慣れの違い。カチコチに緊張するウィルとは対照的にエルティアはスマートに手を取り、馬車に乗る。同じく馬車に乗ったルーシアが手綱を握ってふたりに言う。
「さあ、では帰りましょうか。王城へ」
「ああ、頼むぞ。ルーシア」
ルーシアはそれに笑顔で答え馬車を走らせた。
(なんか、緊張するな……)
暗い森の道。ふたり並んで座るウィルとエルティア。馬車の音だけが静かに響く。
(姫様、花嫁衣裳だし、な、何か喋らなきゃ……)
柄にもなく緊張するウィルに、エルティアが先に尋ねる。
「そう言えば『推し権』はどうだったんだ?」
「え、ああ……」
ウィルの脳裏に頑張ったけど惨敗したイベントが思い出される。
「ん……、ちょっとダメだったみたい」
「そうか。で、あの受付嬢と仲が良いのか?」
エルティアの脳裏にはふたりがしっかりと手を握る映像が流れる。ウィルが思う。
(一時的に『マリンのヒモ』でもいいかとか思ったけど、やっぱ俺は『姫様のヒモ』が一番いいな!! ん? これってもしかしてヒモ浮気になるのか……!?)
暗い馬車の中。エルティアはウィルの顔が青くなっていることに気付かない。
「どうした? まさか言えないような仲なのか……??」
ウィルがエルティアを見つめる。馬車の窓から吹く夜風に金色の長髪が美しく舞う。ウィルが答える。
「い、いや、あいつはただの受付嬢だって。俺は『姫様のヒモ』になりたいんで……、あ、そうだ!!」
ウィルはポケットに入れてあったその小さな石を取り出しエルティアに言う。
「これさ、『宝玉の洞窟』で拾った宝石なんだけど、ほらキラキラ光って綺麗だろ? 姫様にあげるよ!!」
「えっ……?」
ウィルの差し出された透明な宝石。時折入る月明かりで七色の輝きを放つ見たこともないような美しい石。ルーシアは前方で耳を立てながらふたりの会話を聞く。
じっと宝石を見つめて黙り込むエルティアにウィルが尋ねる。
「き、綺麗だろ? 貰ってくれないか……??」
綺麗とは言え、洞窟で拾った石をあげることなど失礼だったのかと考え込むウィル。エルティアが顔を上げて答える。
「ま、まあ、貰っておいてやろうか……、い、今すぐって話じゃないのだが、世の中が平和になった暁にはそう言う事もいずれは……」
「??」
一体何の話をしているのか分からないウィル。自分の心の謝罪の為に綺麗な宝石をあげただけなのに何やら妙な空気となっている。ルーシアが振り返ってウィルに言う。
「ウィル様、男女の仲は純白でなければなりません。よろしいでしょうか?」
「は? 純白??」
さらに混乱するウィル。エルティアが慌てて言う。
「い、いいのだ! いいのだ、ルーシア。私が望むのは平和。それだけで……」
そう言いながらエルティアはウィルから貰った宝石を嬉しそうに見つめる。首を傾げるウィルにルーシアが尋ねる。
「ウィル様。ウィル様ももちろんご存じでしょう?」
「何を?」
そう尋ねるウィルにルーシアが前を向いたまま答える。
「何をって、男性が未婚の女性に宝石を贈るってことは『求婚』を意味するということを」
「は……?」
(はあああああああああああ!!!???)
ウィルの頭の中が真っ白になる。
幼き五歳で森に捨てられ、その後十年もの間洞窟ばかり潜っていたウィル。当然そのような大人の一般教養は皆無に等しい。同時に思い出されるマリンの顔。
(ああ!! 俺、マリンにもあげちゃった……)
『謹んで、お受けします……』
『またね、ダーリン』
今思えば彼女の言った言葉の意味がすべて合点行く。知らず知らずのうちに、自分はマリンに求婚してしまっていたのだろうか。
(あ、ああ!!)
そして隣。同じく自分のあげた宝石をにこにこと見つめるエルティア姫。ウィルが掠れた声で言う。
「きゅ、求婚って、俺『雑用係』だし、姫様とじゃ身分も違うし……」
「当たり前だろ。何を言っているんだ、ウィル」
そう答えるエルティアの顔は満面の笑み。そして再び宝石を撫でるように見つめる。
(全然思ってねえだろ、そんなこと!! け、結婚なんてしたら……)
ウィルが憧れたのはぐーたらなヒモ生活。エルティアと結婚するということは王子となり、ゆくゆくは国を背負っていかなければならない。そうなれば想像も超えるような仕事に重責。面倒な付き合いに社交界デビュー。何もせずのんびりと暮らしたいだけの理想の生活とは程遠い。エルティアが尋ねる。
「ウィル、お前は子供は好きなのか?」
「は?」
(な、なに言ってんだ、姫様!? 話、飛躍しすぎだろう!!!)
「ウィル様、恋愛は純白でなければなりません」
(うるさいよ、お前も!!)
馬車に揺られながらあたふたするウィル。
ウィルの宝石事件。だがこれがこの後すぐに隣国を巻き込んだ大きな出来事に繋がろうとは誰一人思っていなかった。
その少し前の夕刻、バルアシア王城を隣国からの使者が訪れていた。
王城謁見の間。大臣や軍上層部の人間が立ち並ぶ中、面会にあたった后の前でその使者深々と頭を下げる。隣国ミント公国。弱小国バルアシアと違い強大な国。
突然の使者。皆が見守る中、その使いの者が言う。
「では用件を申し上げます。我が公国のジェラード公子が……」
皆の視線が使者に集まる。使者が言う。
「エルティア姫との婚儀を望まれております」
静まり返る王城謁見の間。
この時エルティアは、カミングと共にオークの洞窟に向かって馬を走らせている最中だった。




