24.ウィルは勇者様??
エルティアは思った。
(なぜルーシアじゃなく、なぜカミングじゃなく、彼の名を呼んだのか……)
だがその答えはすぐに理解した。
「ブタ野郎!! 許さねえぞ!!!!」
その猛々しい後ろ姿。周りを黙らせる威圧感。触れれば斬られそうな殺気。あの森で、深紅のミノタウロスを前に死を覚悟した自分を救ってくれた男。
――お前が、野獣様だったんだ。
「ブヒイイイイ!!!(お前ら、こいつらを殺せ!!!!)」
「ブヒイイ!!(了解です!!!)」
漆黒のオークの命令により周りにいたオーク達が武器を取り一斉に襲い掛かって来る。ルーシアがオリハルコンの長棒を構え、動けないエルティアの前に立ち言う。
「私が、命に代えても守ります!!!」
(スキル『威圧』っ!!!)
ドオオオオン……
漆黒のオークに対峙したままウィルが『威圧』を発動。
「ブヒ!?(なに!?)」
「ブヒイイ!!??(なんだああああ!!??)」
「ブヒィイイ……(動けねえ……)」
勇者の威圧により雑魚オーク達の足が次々と止まる。ウィルがエルティアの顔を見て言う。
「姫様」
「は、はい」
思わず真顔で返事を返すエルティア。ウィルがにこっと笑って言う。
「姫様は強い。こんな豚共に負けないよ。俺がデカいのをやるから、他のはルーシアと一緒に頼む!!」
(あっ……)
動かなくなったオークを見てエルティアの体の硬直が解除。同時にウィルの『常時発動能力』の効果が彼女にも波及する。
(動ける、動ける!! 体が軽い!! そしてこの溢れ出す力!!!)
エルティアは再び体に起こった不思議な力に心を震わす。そして胸の谷間、左胸の心地良い疼きを感じながら思う。
(もう何も怖くない。負ける気がしない。ウィル、お前が一緒にいてくれるだけで……)
――私は、戦える。
エルティアが花嫁衣装のスカートの下に隠し持った剣を取り出し、静かにつぶやく。
「フレイムバースト」
エルティアの攻撃スキル『フレイム』。手にした武器に炎属性のエンチャントを付与。格下の相手なら斬った瞬間灰と化させる。
「ルーシア、行くぞ」
「はっ!!」
そこからエルティアとルーシアによる雑魚オーク一掃劇が始まる。
勇者の加護を得て全ステータスが大幅アップしたふたりに、一般のオークが敵うはずはなかった。爆裂に炎と灰。無双して暴れまくるふたりの前に次々とオークの亡骸が積み上がる。
(私は、幸せです……)
ルーシアは長棒を振り回しながら心の中で涙を流した。
翼を生やして無理に戦うエルティアとの共闘はあったが、このような純粋に鍛錬の時のような彼女との戦いは初めて。嬉しくて嬉しくて、戦いながらルーシアの顔に時折笑みも浮かぶ。そして茶髪の少年を見つめて思う。
(ウィル、あなたがきっと勇者様なんですね)
心地良い背中の『星形のアザ』の疼き。彼と一緒に戦えることで感じる絶対的安心感。エルティアを、国を守ることに必死になって周りを見る余裕すらなかった自分が、こんなにも戦いが楽しく感じる。それは同じく楽しそうに戦うエルティアの姿を見ても明白だった。
(楽しい、楽しい。ああ、なんて楽しいんだろう!!!)
美しき花嫁衣装を着たエルティアが可憐にオークの間を舞う。
斬った瞬間灰にする彼女の能力のお陰で、純白の衣装は汚れぬまま白い輝きを放っている。心も、衣装も、光り輝きながらオーク達を殲滅していく。
「ブヒ!!!(止血!!!)」
漆黒のオークが斬られた左腕から流れる血を気合で止血する。その邪気、威圧感ともに古代種の強大さを感じさせる。
「ユルさねえ。ユルさねえ。オマエ、潰してやるっ!!!」
怒りに震える漆黒のオークが、右手に持った巨大な棍棒を振り上げて言う。ウィルが答える。
「俺のヒモ生活の邪魔をするブタ野郎。絶対に許さねえ!!!」
「ブヒイイイイイイイイイイイ!!!!!」
怒り心頭のオークが力任せに棍棒をウィルに叩きつける。
ドオオオオオオン!!!!!
「!!」
その衝撃音。振動。オークに無双していたエルティア達が一瞬立ち止まり振り返るほど。
「すっげえ力だな。さすが古代種ってやつか……」
ウィルは青赤の双剣を頭上で十字に構え、それを真正面から受け止める。驚くオーク。小さな体のどこにそんな力があるのか。
「ブヒ、ブヒブヒブヒ、ブヒイイイイイ!!!(死ね、死ね死ね死ね、死ねえええ!!!)」
怒り狂った漆黒のオークが太い右手に力を籠め、ウィル目がけて出鱈目に棍棒を振り下ろす。
ドン、ドンドンドンドオオオオン!!!!
衝撃音と振動。風圧、巨大なオークの体が隠れるほど砂埃が舞い上がる。
「はああああああ!!!!」
その砂ぼこりの中からウィルが一直線にオークへと駆ける。オークが瓜のように突き出た腹に力を籠め叫ぶ。
「このオレの硬いハラがお前なんかに斬れるかァアアア!!!!」
ザン!!!
「ブヒ!? ギャアアアアアア!!!!!!」
鋼鉄のように硬化させたオークの腹。黒光りする漆黒の皮膚を、躊躇うことなく斬りつけたウィルの青き剣がそれを切り裂く。
「ブ、ブヒイイイイイ!!!(な、なぜだアアアアア!!!!)」
腹から血を噴き上げながら、オークが右手に持った巨大な棍棒でウィルを殴りかかる。ウィルは双剣を構えると静かに言う。
「乱撃、暴風漸!!!」
ゴオオオオオオ!!!!!
両手に持った双剣。そこから剣圧で巻き上がる剣劇と暴風を交えた竜巻。オークの振り上げられた棍棒とその右手がバキバキ音を立てて破壊されていく。
「ギャアアアアアアア!!!!」
粉々に砕かれる棍棒。吹き飛ばされた右腕。両手を失ったオークはもう戦意喪失していた。
「ブヒ!! ブヒイイイ!! ブ、ブヒイイイ……(勝てねえ!! 勝てねえよ!! お、お前はまさか……)」
ウィルが双剣を十字に構えてオークを睨みつけながら言う。
「俺のヒモ生活を……」
オークの視界からウィルが消える。
刹那。懐に現れたウィルが剣に力を込めて大声で叫ぶ。
「邪魔するなぁあああああ!!!!!」
「ブヒイイイイイイイイ!!!!(ウギャアアアアア!!!!!)」
物理防御には絶対の自信があった漆黒のオーク。
人間など弱小種族と見下していた彼の目に最後に映ったのは、その見下した種族の少年。同時に思い出される主の言葉。
『人間は弱い。だが唯一戦ってはならない人物がいる。それは……』
巻き上がる刃を含んだ竜巻。
その絶望の中で漆黒のオークは後悔と共に思った。
(こいつが……、まさか、ゆぅ、しゃぁ……、だなんて……、ブヒ……)
ドン!!!
ウィルの攻撃を受け、絶命した漆黒のオークが大きな音を立てて後ろに倒れる。ウィルが剣を収めながら言う。
「我がヒモ道に一片の迷いなし!」
「ウィルーーーーっ!!!」
そこへ大方オークの群れを倒したエルティアとルーシアが駆け付ける。
「うわっ!? ひ、姫様っ!!??」
花嫁姿のエルティア。一直線にウィルの駆け寄ると躊躇いなく抱きしめる。
「ありがとう、ウィル。本当にありがとう……」
純白のドレスを着たエルティア。ウィルを抱きしめながら涙が溢れる。
「うん、コホン。エルティア様」
それを小さな咳で窘めるルーシア。我に返ったエルティアがウィルから離れて言う。
「す、すまなかった。急に、ごめん……」
真っ赤な顔をしてそう謝るエルティアをウィルも照れながら答える。
「い、いや、いいって。姫様も強いんだから全然気にしなくても……」
「お前が、野獣様だったんだな……」
そう口にするエルティアの顔は慈悲に溢れた優しい表情。意味が分からないウィルが尋ねようとすると、ルーシアがウィルの前で片膝を付いて言う。
「ウィル様。いえ、勇者様。あなたが現れるのを、ずっとお待ちしておりました」
その言葉を口を開けてぽかんと聞くウィル。慌てて首を振って否定する。
「お、俺が勇者な訳ないだろ!! そんな冗談はよせって!!」
顔を上げたルーシアがそれを否定する。
「いえ。その強さ、そして私の背中に刻まれた疼く『六星』の印がそれを証明しています」
そう言ってウィルに背を向けガバっと服を開き、背中を見せるルーシア。びっくりしたエルティアが言う。
「な、何をやっている!? ルーシア!! 未婚の女性がそんな肌を人前で……」
「いえ。『六星』たる者、勇者様にその証を見て貰わなければなりませぬ。これが証。私があなたの従者である証です」
困った顔のウィルが頭を搔きながら答える。
「そんなこと言われてもな……、こんな『ヒモ』になりたいとか言う低俗な奴が勇者な訳ないし……」
「そ、そうだぞ。ルーシア。いくらウィルが強いと言っても勇者様は品行方正で清廉潔白、方正謹厳であるお方。このような残念な男が勇者様な訳ないだろう……」
(あー、姫様、躊躇いなくきつい言葉を投げかけるわ……)
いつも通りのエルティアに戻った彼女にある意味安心するウィル。ルーシアが食い下がる。
「し、しかしですね……」
「だって俺、勇者になれるような攻撃スキルないだろ??」
誰よりも強くなければならない勇者。この時代、そのような人物が『攻撃スキル無し』ということはあり得ない。ルーシアが言う。
「ス、スキルならあるでしょう。ほら、何かブタを斬る際に叫んでいた中二病っぽいあれ」
「……」
それを聞いて黙り込むウィル。エルティアも手を叩いて言う。
「た、確かに。あれは攻撃スキルじゃないのか? 隠していたんじゃ……」
ウィルが懐に手を入れ、小さな手帳のようなものを取り出して言う。
「あー、分かった!! これ見ろよ!!!」
「ん? なんだそれ……」
開けられた手帳。その中には幾つもカッコイイ技の名前が記載されている。ウィルが恥ずかしそうに言う。
「こ、攻撃スキルがないからよ、仕方ないから敵を斬る時にこうやって自分でつけたカッコイイ技を叫びながら斬ってんだ……、わ、悪いか!!」
「あ……」
ふたりは聞いてはいけない彼の闇に触れてしまった気がした。確かに何度か書いては消し、技の名前を推敲した跡がある。だが同時に、そう言って恥ずかしそうに横を向くウィルを見て笑い出す。
「あははははっ!! そうか、そうか。ウィルは可愛い奴だな!!」
「くくくっ、すみません、勇者様。あまりにダサすぎて我慢が……、ぶぶっ!!」
(くっそ~、こいつら!! やっぱ助けなきゃ良かったのか!!)
ウィルはお腹を押さえてずっと笑い続けるふたりを見て密かな殺意を感じるとともに、こうして笑ってくれることに心から安堵した。




