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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第二章「姫様に求婚するオークが邪魔なので討伐します」
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21.「よしよし」

 夕方に差し掛かり、『宝玉の洞窟』の入り口に当たるその煌びやかな祠の周辺は慌ただしくなっていた。

 力不足の冒険者が早々にリタイアしてくるのは毎年恒例のことだが、今年は実力のある上級冒険者の離脱も多い。そして同行していた僧侶プリーストによる回復と治療が続けられる中、その変わり果てた男の帰還が事態を一変する。



「アダム!!」


 それは上級冒険者の中でも優勝候補だった騎士アダム。上級ギルド嬢セレナの『推し』を受け、今年こそは優勝すると意気込んでいた冒険者。その彼が全身から血を流し、他の冒険者に抱きかかえられながら見るも無惨な姿で帰還した。


「急いで治療を!! 集中治療テントへ!!!」


 慌ただしく駆け回るギルド職員。お祭りムードだった『推し権』が一変、潜ったまままだ帰らぬ冒険者を皆が心配し始める。



「五階層で魔物が集団行動していたらしいぞ!」

「たった一体でも強いのに、だからアダムさんも…」


 瀕死のアダムの口から出た衝撃の事実。縄張りを持ち、他の魔物と行動を共にしない彼らに何が起こったのか。応援に駆け付けていたギルド嬢達が心配そうな顔で祠の入り口を見つめる。




(ウィル君……)


 その中でも特にそのピンク髪の眼鏡の女の子は不安に苛まれていた。

 自分が推した冒険者ウィル。とても強くて絶対に負けないと思ってはいたが、今思うと荷物などの準備もせずに入って行ったりと不安要素が次々と浮かび上がる。

 既に日が傾き始めている。不安そうな顔をするマリンに先輩ギルド嬢達が声をかける。


「マリン、あなたの押し君はまだ戻らないの?」


「えっ、あ、はい。まだです……」


 責めるつもりはないが『Fランク冒険者なんて推すから』と言った空気が流れる。

 ギルド嬢ならクエストの難易度をしっかりと把握し、それをそれに見合った冒険者に紹介する。云わばギルド職員の基本。Fランク冒険者などを推したマリンにその責任が圧し掛かる。

 その時、祠の入り口にいた職員が声を上げる。



「あっ、ひとり戻って来たぞ!!」


 皆が振り返ってその人物を見つめる。

 茶色い髪、やや幼さの残る顔。腰につけた赤と青の双剣。それを見たマリンが目に涙を溜めながら叫ぶ。


「ウィル君ーーーーーーっ!!!」


 そのまま駆け寄り帰還したばかりのウィルに抱き着く。


「わっ!? マリン!? どうしたんだよ!!」


 突然抱き着かれ慌てふためくウィル。マリンが涙声で言う。


「だ、だってえ~、みんな、怪我ばかりして帰って来るし、ウィル君全然戻らないし~」


 そう言いながらも無事な彼の姿を見て、彼女の顔が安堵の表情となっていく。



「怪我は、ないのか……?」


 別のギルド職員が心配してウィルの元に来て尋ねる。だがそれは一目瞭然。返り血で衣服は汚れてはいるものの、怪我などは全くない。

 驚く職員にウィルがポケットに入れてあった宝石を手渡し言う。



「はい、これ宝石。十五階層で拾ったやつだ」



「……え?」


 無事に帰還した冒険者。それがあの子供の冒険者だというだけで驚きなのだが、その彼が『十五階層の宝石だ』と言って石を差し出す。

 それは見たこともないような七色に光る透明な石。確かに美しいが同時に皆が笑いだす。



「あははははっ!! 十五階層だって!?」

「こりゃ、びっくりだ!! 優勝はこの子で決まりだな!!」


 八階層までしか確認されていない『宝玉の洞窟』。皆の頭の中では十階層程度という認識がある中、それを遥かに上回る十五階層に行って来たというのだから皆も呆れて笑う。腕に怪我を負った厳つい冒険者がウィルに言う。


「おい、このガキ。何を馬鹿みてえなこと言ってんだ? 今回の優勝は四階層のエメラルドを持って帰ったこの俺だ!」


 実際アダムは五階層まで辿り着いたが、その証となる宝石を持ち帰れなかったので正式な記録とはなり得ない。ウィルがギルド職員に言う。



「嘘じゃねえって!! 俺、本当に十五階層まで行って来たんだよ」


「そう言われても、何の証拠ありませんし……」


 もともと未踏破のダンジョン。未知の階層は他の冒険者が相互に確認することで認知されて来たが、一気に十五階まで下ったウィルにその目撃者はいない。ウィルが落胆して言う。


「そんなぁ……、結構真面目に頑張ったのに……」


 ギルド職員がウィルの持ってきた七色に光る石を見てから言う。


「とりあえずこちらは鑑定のためにギルドでお預かりします。それにしてもあまり見かけない石ですね……」


 ぐったりしたウィルがとぼとぼ歩きながら言う。


「ああ、いいよもう。やるよ、持ってけよ……」


「は、はあ……」


 苦笑するギルド職員。渡された石を丁寧に鞄の中へとしまう。

 だがこの石。後に『宝玉の洞窟』の最高級宝石として認定され、名前も発見したウィルから『ウィルモンド』と名付けられる。さらに『勇者が持ち帰った宝石』としてギルドに祀られ、後世に至るまで新米冒険者達を見守る有難い石として崇められることとなる。



「ウィル君、気にしないでいいよ」


 落ち込むウィルにマリンが優しく声をかける。彼女にしてみれば彼が無事に帰って来てくれたことでもう十分だった。数分前まで感じていた無理に推してしまった罪悪感。今は安堵の気持ちでいっぱいである。ウィルが言う。


「ごめんな、マリン。俺、頑張ったんだけど……」


 実際最深部まで到達したウィル。誰よりも頑張ったことは間違いない。マリンがウィルの手を握って言う。


「いいって。本当にウィル君が無事に帰って来てくれたんだから、マリンは幸せだよ」


「うん、ありがと……」


「頑張ったね、よしよし」


 そう言って落ち込むウィルの頭をなでなでするマリン。思わず泣きそうになったウィルがポケットに手を突っ込み、その七色に光る石を取り出して言う。



「せめてものお詫びだ。これやるよ」


「え?」


 ウィルが差し出した輝く透明な石。見たこともないような美しい宝石。ウィルが言う。


「女の子って、こういうキラキラした物が好きだろ?」


「あ、あの、ウィル君……」


 目を大きく開き、マリンが真剣な顔で尋ねる。



「本当に、私にくれるの……?」


 ウィルの手を握りそう尋ねるマリンにやや戸惑いながら答える。


「ああ、あげるけど……」


 それを聞いたマリンは胸にその美しい宝石を抱き、満面の笑みで言う。



「ありがとう!! ウィル君。それでね、私の返事はね……」


 なぜかひとり興奮する彼女を、ウィルが口を開けて見つめる。マリンが言う。



「謹んで、お受けします……」


「??」


 真っ赤な顔をして俯きながらそう答えるマリン。上目遣いでウィルを見つめにこっと笑う。全く意味が分からないウィル。どう対処していいか分からない彼の耳にギルド職員の声が響く。



「王都に帰る馬車が出まーーーーす!! 帰る方はお早めにお乗りください!!」


 帰還した冒険者を王都へ運ぶ馬車。疲れきった冒険者達がくたびれた顔をして乗っている。ウィルが言う。


「あ、俺、あれに乗って帰るから! じゃあな!!」


「え? ああ、うん。またね、()()()()!!」


「ん?」


 ウィルはマリンの意味不明な言葉に首を傾げながら手を振り馬車に乗る。

 アクシデント続きだった『推し権』。一応今年の公式記録は四階層であったが、数年後その記録は一気に更新されることとなる。






(ああ、ハラ減ったな……)


 馬車に揺られるウィル達冒険者。王都のギルドに帰れば参加者用の食事が用意されている。多くの冒険者がうとうとと眠りに落ちかけた時、ようやく馬車が王都に到着する。



「あー、疲れた!! 早く飯食って、風呂入って眠りたいぜ!!」


 王都ギルド前についたウィル。すでに辺りは真っ暗になっているがウィルは元気に馬車を降り、出迎えたたくさんの人達の声に応えるように手を振る。トラブルがあったがそれでもやはり『推し権』に出る冒険者は人気が高い。

 そんなウィルの目に、人々の後ろにいた栗色の馬に乗ったフード付きの外套を纏った人物が映る。



(あれ? あれって……)


 ウィルが人混みを掻き分け、その人物の元へと走る。

 薄暗い路地の端に立つ馬。ウィルがそれに近付きその馬上の人物の顔を見て言う。


「お前、ルーシアじゃねえか!?」


 バルアシア王国上級大将ルーシア。銀色の髪が美しい彼女だが、今は先の漆黒の悪魔との戦いで負傷し療養しているはず。背に愛用のオリハルコンの長棒を付けたルーシアが、ウィルの顔を見つめ目を赤くして言う。



「ウィル、助けて、助けてくれないか……」


「助ける?? 一体何があったんだ??」


 重傷のルーシア。その彼女が武器を背負い馬に乗っている。まるでこれから戦にでも出かける格好だ。ルーシアが震えた声で言う。



「姫様が、エルティア様が、オークの花嫁にされてしまうんだ……、助けてくれ……」


 全身の力が抜けるという感覚を初めて知ったウィル。同時に燃え上がるような怒りが彼に渦巻いた。

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