18.それぞれの戦いへ
漆黒のオークがエルティア姫を迎えにやって来る期日が二日後と迫ったその日。王都バルアシアにてふたつの大きな出来事が起こった。
ひとつは冒険者ギルト主催の『推し冒険者選手権』。普段冒険者に笑顔を振りまくギルド嬢が、鍛え上げた眼力で冒険者を推薦。彼らが未踏破のダンジョン『宝玉の洞窟』に挑む。
そしてもうひとつ。
こちらはバルアシア王城内でもごく一部の限られたものだけしか知らない出来事。漆黒のオークの姫への求婚。更にそのオークへの奇襲。まだ人々が眠りにつく早朝。一台の馬車が数名の護衛に囲まれ王城を出る。
「ご心配ありません。必ずや成功します!!」
馬車に座るのは真っ白な花嫁衣装を着たエルティア。外套を羽織り一見して姫だと分からないようにしているが溢れ出す気品までは隠しきれない。向かい合わせに座るカミングにエルティアが言う。
「頼りにしているぞ、カミング」
「ははっ!」
上級大将カミングにエルティア。そして精鋭中の精鋭数名を率いて彼らは、一路漆黒のオークが居るという国境近くの洞窟へと向かった。
「ウィル君~~!! 頑張ってね!!」
「あ、ああ……」
冒険者ギルド前、大勢の人が集まる中マリンがウィルの手を握って言う。
『推し冒険者選手権』通称『推し権』。ウィルにとっては初のイベントなのだがここ王都では毎年恒例の祭りらしく、冒険者に加え一般の人達もたくさん集まって来ている。
それを迎えるように出された露店。食べ物を売る店や、子供用におもちゃの剣や盾を売る店、何を売っているのか分からない店など様々だ。
「あれは何の店だ?」
その中の一店、店の前に冒険者の名前と数字の書かれた店を指さしウィルが尋ねる。マリンが答える。
「あ、あれね。あれは賭けのお店だよ」
「賭け?」
「うん。今回『推し権』に出る冒険者で誰が優勝するか当てるの」
「ふ~ん」
そう言ってウィルが店の前に書かれた名前をよく見ると確かに自分の名前がある。その横に数字が書いてある。
「なあ、俺の数字『300』ってなんだ?」
マリンがややむっとした顔で答える。
「あれはね、ウィル君の倍率だよ。ウィル君が勝ったら掛け金が3百倍になるの」
「は? それ凄くねえ??」
「そうだよ! ウィル君絶対勝つはずなのに!!」
よく見ると昨日の下品な騎士アダムは六倍となっている。経験ある上級冒険者とFランク冒険者の違いだ。街の人達の娯楽のひとつ、『推し権』の予想に皆が夢中になっている。ウィルが言う。
「まあ、勝つ、勝たないは別としてとっとと片付けて帰って来るよ」
「そうだね。絶対無事に帰って来てね」
ウィルが強いことは知っている。とは言え向かうは未踏破ダンジョン『宝玉の洞窟』。やはりまさかを心配してしまう。ウィルが笑って答える。
「大丈夫だって。俺には崇高な目的があるって言ったろ?」
「崇高な目的……」
マリンは以前にもそのようなことを聞いたことを思い出し尋ねる。
「ねえ、崇高な目的って何なの?」
「目的? うむ、それはな……、実は俺『ヒモ』になりたいんだ」
「え? 紐?」
それなりに育ちが良くて純粋なマリン。ヒモなどと言う言葉も知らないし、意味も分からない。
(紐って何?? 何かの隠語かしら。いや、でもウィル君ぐらい強い人ならもしかして重要な極秘任務なのかもしれないわ。作戦コード:HI-MOとか。うん。きっとそうだわ!!)
マリンの中で妄想が広がる。黙り込むマリンにウィルが言う。
「俺はその中でも最高である『姫様のヒモ』を目指してるんだ!」
「姫様の、HI-MO……」
(姫様って、王族?? やはり王族絡みの特殊任務なんだわ!! どんな任務なのか知らないけどやっぱり凄いわ!! ウィル君)
何度も頷いてウィルを見つめるマリン。そして言う。
「わ、私でできることならお手伝いするから。何でも言ってね!!」
「ん? そうか?? えーっと、じゃあマリン。お前の家って貴族か?」
「え、貴族?? ち、違うけど、地方にある普通の商家だけど……」
やはりある程度の身分がないとそっち系の話はできないのか。少し残念に思ったマリンが悲しそうな表情を浮かべる。同時にウィルも難しい顔になる。
(商家か……、それなりにお金持ちそうだな。勇者なんて簡単には見つからねえし、姫様がダメだったらマリンのヒモになるのも悪くないかもな……)
全く別のことを考えるふたり。
そこへおっさんのギルド長がやって来て皆に言う。
「さあ、冒険者の皆さん。準備はできましたか?? では出発します!!」
その言葉を合図に冒険者ギルドの横に付けられた数台の馬車がウィル達の前にやって来る。これに乗って郊外にある『宝玉の洞窟』へ向かうらしい。マリンがウィルの手を握って言う。
「じゃあウィル君。頑張ってね!!」
「ああ。軽く捻り潰してくるよ」
「うん、気を付けてね。いってらっしゃい!!」
マリンは馬車に乗り洞窟へ向かうウィルに手を振る。同時に荷物をたくさん背負った他の冒険者を見て思う。
(あれ? そう言えばウィル君って手ぶら……、洞窟に入る準備ってちゃんとしたのかな……??)
高難関ダンジョンに挑むウィル。そんな彼が乗った馬車をマリンは心配そうな顔になって見つめた。
「ブヒ、ブヒイイイイ!!(ボス、報告がありやす!!)」
バルアシア王国と隣国の国境付近、漆黒のオークが根城とする広い洞窟。食べきれないほどの料理を前に、ご機嫌だった彼へ部下が深刻な表情で報告にやって来た。漆黒のオークが尋ねる。
「ブヒ?(なんだ?)」
くちゃくちゃと獣の丸焼きを頬張りながら尋ねる。部下が青い顔をして答える。
「ブヒ、ブヒイイイブヒイイイ……(はい、先日から行方不明になっている小隊の骨らしきものが見つかりやした……)」
それを聞いた漆黒のオークの手が止まる。
先の王都への侵攻の後、彼に属するオークの小隊が行方不明になっていた。末端とはいえ小隊長が指揮する部隊。それが骨となって見つかったとあればただ事ではない。漆黒のオークが尋ねる。
「ブヒブヒイイイイ?(他の魔物にやられたとか?)」
「ブヒ。ブヒイイイイイイイ……(いえ、刃物のようなもので殺され、焼かれて食べられたかと……)」
「ブヒイイイイイイ……(焼いて食べ骨を残するとなると人間だな……)」
漆黒のオークの目つきが変わる。
「ブヒイイイ、ブヒイイイイイ!!(小癪な人間どもめ、誰か知らぬがブチ殺す!!)
そう言って持っていた獣の骨をドンと壁に投げつける。そこへまた別の部下が報告にやって来た。
「ブヒ、ブヒイイイ!!(ボス、報告があります!!)」
「ブヒイイ!!(今度はなんだ!!)」
あからさまに機嫌が悪い漆黒のオーク。部下がやや緊張しながら答える。
「ブヒ。ブヒ、ブヒイイイイイイ……(はい、バルアシアの姫が早くボスに嫁ぎたいとこちらにやって来ているとのことです……)」
「ブヒ!?(なんだと!?)」
それまで厳しかった漆黒のオークの表情が和らぐ」
「ブヒ、ブヒイイイイイイ!!(そうか、あの美しい姫が早く俺の嫁になりたいのか!!)」
瞬時に上機嫌になった漆黒のオークが床にあった酒を一気に飲み干す。だが傍にいた彼の副官が表情を変えずに言う。
「ブヒ、ブヒイイ?(ボス、ちょっとよろしいですか?)」
「ブヒ?(なんだ?)」
漆黒のオークが副官の顔を見て答える。腕っぷしは強いが感情や感覚で行動する漆黒のオークに対し、副官はいつも冷静沈着。これまでも様々な的確な助言をしてきた。副官が言う。
「ブヒ、ブヒイイイイイ(はい、我が主におきましては罠にお気を付けください)」
「ブヒ?(罠?)」
漆黒のオークの表情が変わる。副官が答える。
「ブヒ、ブヒイイイ。ブヒイイイイイイイ(はい、人間とて考える生き物。相手自らこちらに嫁ぐとは注意されたほうが良いかと)」
「ブヒィ……(そうか……)」
漆黒のオークは腕組みをし、そして頷いていう。
「ブヒ!! ブヒイイイイイ!!!(大丈夫だ!! どんな策略があろうともこの俺が負けることはない!!)」
ドン!!!!
そう言って洞窟の床を思いきり殴る漆黒のオーク。その振動は広い洞窟全体に伝わり、中にいた他の兵達がびっくりして飛び上がる。副官が言う。
「ブヒ、ブヒイイイ(御意、我が主が人間ごときに負けるはずありませぬ)」
そう言って軽く頭を下げ副官が後退する。漆黒のオークが言う。
「ブヒ、ブヒイイイイイ!!!!(さあ来い、俺が姫を可愛がってやるぞ!!!)」
広い洞窟内にオーク達の下品な笑い声が響いた。
少数の護衛に囲まれた王都からの馬車。中に乗っていた青髪のカミングが外を見て小声で言う。
「エルティア様、間もなくオークの洞窟です」
フードから顔を出したエルティアが真剣な顔で答える。
「ああ、分かった……」
外套の下は美しき花嫁衣裳。
エルティアと国の命運をかけた騙し合いの戦。静かな森の洞窟にて、間もなくその火ぶたが切り落されようとしていた。




