17.願い
年に一度開かれる冒険者ギルドの一大イベント『押し冒険者選手権』。その開催を翌日に控えたウィルは朝からマリンから呼び出しを受け、眠い目を擦りながらギルドへと向かっていた。
「あ、ウィル君! こっちこっち!!」
いつもとは違った空気に包まれるギルド。
今日は翌日の『推し権』参加者がたくさん集まって来ており、普段あまり見かけないようなSランク冒険者が昵懇のギルド嬢と楽しそうに話をしている。そんな上級冒険者が集う場所にやって来たウィル。マリンがその手を取り言う。
「明日の説明はね、あっちの大部屋でやるの。ウィル君、しっかりお話し聞いて来てね」
そう言って連れて行かれた別室。マリンとはここで別れウィルがひとり部屋に入る。
部屋は広く、室内に置かれたたくさんの椅子に先に来ていた冒険者達が座り雑談している。輝くような鎧を纏った戦士の男、長い髪を手ぐしで梳く魔法使い風の男、瞑想する女性冒険者。皆、一見して手練れと分かる強者ばかりだ。
(とりあえず座るか……)
ウィルが空いていた椅子に座ろうと歩き出すと、その前に屈強な騎士風の男が立ちはだかる。男が尋ねる。
「おい、ここは子供が来る場所じゃないぞ。部屋を間違えたのか?」
その言葉に集まってくる他の冒険者。
「アダム、どうしたんだ?」
アダムと呼ばれた騎士風の男がウィルを指さして答える。
「ああ、どうも子供が紛れ込んでしまったようでな。おい、お前早くここから出ていけ」
ウィルが見上げて答える。
「俺子供じゃねえし。冒険者だし……」
「冒険者? それは悪かったな。だがここはギルド嬢から『推し』を受けた栄誉ある冒険者が集まる場所。分かったらとっとと出ていけ」
ウィルがため息をついて答える。
「だからその『推し』ってのに選ばれたんだよ」
「はあ? お前が?? どのギルド嬢だよ」
集まったアダムの仲間が尋ねる。
「どのギルド嬢って、マリンって奴だ」
「ああ、あの新米の……」
皆歴の長い冒険者ばかり。一応その名前は知っている。アダムが哀れんだ顔で言う。
「可哀そうにな。まだ来て間もないから上級冒険者との繋がりがないんだな。だからこんな弱そうな奴に頼んで……、一晩付き合ってくれれば俺の友人でも紹介してやったのにな。くくくっ……」
騎士風の出立ちはしているものの、その中身はまるで真逆。ウィルは改めてエルティアやルーシアの品の良さを思う。ウィルが言う。
「何でもいいけどあんたらも頑張りなよ。じゃあ」
そう言って少し離れた椅子に座るウィル。アダムとその知り合い達が額に青筋を立てて言う。
「世間知らずのガキが。上級冒険者にふざけた態度を!!」
意外と狭い冒険者の世界。上級冒険者の顔触れはみな知っている。苛立つアダム。そこへカールを巻いた赤髪の色っぽいギルド嬢が入って来て言う。
「は~い、皆さん! 揃っているかしら? 椅子に座ってくださいね~」
そう言ってウィンクをする赤髪の女。アダムがかつかつと彼女に近づき、顎に手をかけ甘い声で言う。
「セレナ、この俺が今年こそ優勝取って来てやるからな」
そう言って口づけをしようとしたアダムの顔をひょいと避け、セレナが皆に言う。
「はいはい。じゃ、皆さん座ってください。これから説明を始めますね」
そう言って皆にウィンクをするセレナ。アダムがちっと舌打ちして椅子に座ると、皆の視線は彼女の大きく開いた胸元に注がれる。ウィルが思う。
(あ、あいつ、この間俺をバカにしやがった女!!)
ウィルのことを『お子様』と言って揶揄ったギルド嬢。ウィルの睨むような視線に気付いたセレナがにっこり笑って言う。
「あら、本当に来ちゃったのね~、お子様冒険者さん」
「うるせえ!! 俺は子供じゃねえし!!」
セレナがやや困った表情で言う。
「う~ん、お子様じゃなくても別にいいんだけど~、これから行く場所ってFランクじゃと~っても危険な場所なんだよ~」
「は? Fランク!?」
それを聞いた他の冒険者達が驚いていう。『推し冒険者選手権』の舞台は『宝玉の洞窟』と呼ばれるハイレベルな迷宮。上層階でも死者が出たこともある未踏破のダンジョン。アダムがウィルに言う。
「お前、Fランクなのか!? くっ、ははははっ!! これは驚いた。命知らずのバカってマジでお前じゃん。死ぬぞ、こりゃ!!」
「あー、うるせえ……」
いい加減面倒になってきたウィルがため息をつき天井を仰ぐ。セレナが言う。
「はいはい、それじゃあ皆さん説明するわね」
その声に冒険者達が皆セレナを見つめる。それを確認してからゆっくりと話し始める。
「まず皆さんに挑戦して貰うのは今年も『宝玉の洞窟』で~す。もう知ってるよね?」
そう尋ねるセレナに冒険者達が頷いて応える。
「最高到達地点が八階層。十階層ぐらいはあると言われているけど、まあ誰も行ったことないから分からないわ。それで競技だけど」
そう言うとセレナは持っていたペンでボードに文字を書き始める。数字と宝石名。書き終わったセレナが皆に向かって言う。
「さあ、見て。これが各層で採取できる宝石よ」
皆の視線がボードに集まる。
一階層 ターコイズ
二階層 アクアマリン
三階層 アメジスト
四階層 エメラルド
五階層 サファイヤ
六階層 ルビー
七階層 エリックデリア
八階層 ガオスラルド
(エリックデリア? ガオスラルド??)
他の宝石名は聞いたことがあるが、このふたつだけは全く知らない。セレナが言う。
「ギルド最高到達地点はこの八階層。Sランク冒険者でも命を懸けてやっと辿り着ける場所よ。とは言え七階層もずっとこれまで未知の世界だった訳で、そこで採取された宝石ももちろん新種。見つけた冒険者の名前が付けられているわ」
「ああ、それで……」
エリックとかガオスとか確かに冒険者っぽい名前である。セレナが言う。
「八階層まで辿り着ければ優勝候補になるけど、みんな無理しないでね~」
腕を組みながら聞いていたウィルが質問する。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何かしら。坊や」
その言葉にカチンと来ながらもウィルが尋ねる。
「九階層以降も降りていいのか?」
「え……?」
少しの沈黙。その後、この部屋にいた皆から大きな笑い声が沸き上がる。
「ぎゃははははっ!! お前みたいなガキが、九階層!? こりゃ面白れえ!!」
「くくくっ、最近の新入り君は冗談のセンスも抜群ですね」
皆が嘲笑の声を上げる中、ウィルだけが真面目に尋ねる。
「いいんだな? それ以降潜っても」
「え? あ、ああ、いいわよ。いいけど……」
ギルド職員としての立場もあるセレナ。危険な行為で冒険者を失うことはできれば避けたい。セレナがウィルに近付いて言う。
「いい? 絶対無理はしないでね。マリンも悲しむから」
「ああ。分かってる。適当にやるよ」
そう言い返したウィルの目は決して適当な目つきではなかった。
(野獣様は、あれから現れてくれないか……)
満月の夜。エルティアは大好きな白のドレスを着てひとり王城の中庭を歩いていた。
月の光が彼女を美しく夜の闇に浮かび上がらせ、その姿はまるでこの世に舞い降りた天使のよう。エルティアが上級大将カミングの話を思い出す。
「不意打ちを行うだと!?」
エルティアは青髪のカミングをじっと見つめて聞き返した。カミングが答える。
「そうです! 幾ら強いオークとは言え不意打ち受ければ、必ずや我らにも勝機が掴めるはずです!!」
「だが……」
心配するエルティアにカミングが続ける。
「予定より早く、こちらの方からオークの拠点へ向かいます。エルティア様には花嫁衣装を着て敵を油断させて貰います」
「は、花嫁衣装!? こちらから敵の懐へ?」
約束ではオークが迎えに来るはず。
「ええ。奴らとて拠点に多くの軍勢はいないはず。そこへ我らが少数精鋭で潜り込み、オークの隙をついてその首を刎ねるのです!!」
自信気に語るカミング。エルティアが不安そうに尋ねる。
「少数精鋭とはいえ、勝てるのか……?」
今はもうひとりの上級大将ルーシアもいない。戦力的には不安だ。カミングが言う。
「大丈夫です。私と、そして覚醒したエルティア様なら必ず討てるでしょう!!」
「しかし……」
やはり不安なエルティア。失敗すればオークを激怒させ国の危機を招く。結局エルティアはその場ではっきりとした回答をするのは控えることにした。
「はあ……」
月を見上げため息をつくエルティア。
(ウィルは。もう部屋に帰っただろうか……)
そう思ったエルティアに、中庭を歩く茶髪の少年の姿が映る。
「え? あ、おい!! ウィルか!?」
その声に気付いたウィルが振り返り答える。
「あれ!? 姫様っ!!??」
エルティアを見つけたウィルが駆け足でやって来る。妙な緊張に包まれたエルティアがその姿を見つめ、目の前にやってきたウィルにやや戸惑いながら尋ねる。
「ど、どうしたのだ。こんな時間に?」
辺りはもう暗闇。部屋に帰っている時間だ。ウィルが答える。
「残業だよ、残業……。今日午前中はずっとギルドに行っていたから仕事が溜まっちゃって……」
エルティアが苦笑して言う。
「ふふっ、そうか。それは大変だな」
「大変だよ。それで姫様は何してたの?」
「わ、私か……、その、散歩だ。散歩」
「そうか」
そう答えるウィルにエルティアが聞く。
「仕事は終わったのか?」
「終わったよ」
「じゃあ、ちょっと一緒に歩かないか」
「俺と? いいよ」
ウィルがにっこり笑ってそれに答える。
ふたりは歩きながらいろいろな話をした。エルティアはルーシアや王族の話、ウィルは王都にやって来てからの新しい生活や仕事の話。何の他愛もない会話。同世代のふたりだから会話も弾む。
「ほんとによ、あの黒ひげ、俺をこき使いやがって!!」
庭園のベンチに座ったふたり。仕事の愚痴を言い始めたウィルがずっと黙ったままのエルティアに気付き顔を見つめる。
「姫、様……?」
やや俯き加減のエルティア。ウィルは彼女の頬に流れる雫が、月の明かりを受けて光るのに気付いた。暫くの沈黙。神妙な空気。それを破ってエルティアが顔を上げ涙目で小さく言う。
「本当は……、本当は私だってオークなどに嫁ぎたくないんだ……」
再び真っ白な頬を流れる雫。口を開けたまま唖然とするウィル。
「え? 姫様、オークに嫁ぐって一体……??」
漆黒のオークの求婚の件は王国でもごく一部の者しか知らない。もちろん雑用係のウィルが知る由もない。エルティアは少し笑って指で涙を拭うとウィルに言う。
「何でもない。ちょっと嫌な夢を見てな。思い出してしまったんだよ」
「夢? そ、そうなのか……」
夢の話だと知り少し安心するウィル。エルティアはすっと立ち上がり夜空を見上げて言う。
「すまなかったな、こんな時間に。お前も仕事で疲れただろう。さ、帰ろうか」
「あ、ああ」
エルティアは明日『推し権』に挑戦するウィルを宿舎まで見送ると、くるりと背を向けて歩き出す。
(ルーシアに、ウィル。やはり私はこんな何気ない日常を失いたくない!!)
ひとつの覚悟を決めたバルアシアの姫君は、その足で青髪の上級大将の元へと向かった。




