14.百災夜行
その日は珍しく朝からギルドを訪れたウィル。マリンを尋ねて行ったのだが、いつも通り人で賑わうギルドにやや躊躇う。
「ええっと、マリンはいるかな……」
活気溢れるギルド内でキョロキョロしていると、不意に後ろから声が掛けられた。
「あら、あなたマリンの推しの……」
振り向くと赤い長髪を綺麗にカールした美人受付嬢が立っている。十五歳のマリンとは真逆の色っぽい女性。ウィルが答える。
「あ、マリンいますか?」
「いるわよ。今休憩中。もうすぐ来るけど……」
色っぽい受付嬢はウィルに体を寄せ小声で尋ねる。
「ねえ、あなた本当に『推し権』、出るの~?」
「で、出るけど……」
やや引き気味のウィルが困った顔で答える。受付嬢が言う。
「『推し権』はね、お子様の遊びじゃないの。分かるぅ~??」
ウィルの目つきが変わる。同時にカウンターの奥から甲高い声が響く。
「ウィル君~!! セレナさん、何話してるんですか!!!」
眼鏡をかけピンクの髪を揺らしながらマリンが慌てて駆けつける。セレナが答える。
「何って、可愛い冒険者さんに色々教えてあげたのよ~、じゃあね」
そう言うとセレナは投げキッスをしてカウンターへと戻っていく。
「もお!! ウィル君、いったい何を話したの!? まさか勧誘されたとか??」
そう尋ねたマリンはウィルの目つきが違っていることに気付く。ウィルが言う。
「マリン、その『推し権』とやら、俺マジでやってやるぜ」
「え? あ、うん。頑張ろうね……」
気迫漲るウィルにマリンがやや戸惑う。何があったか知らないが、魔物相手でもこんなに真剣な表情をしなかった。マリンが話題を変えようと尋ねる。
「ね、ねえ。それよりどうしたの? ギルドに何か用があった? まさか私に会いに来てくれたとか??」
ウィルの表情が元に戻り、答える。
「ああ、用事があった。ずっと聞きそびれてしまってたんだけど……」
自分に会いに来てくれたのかと言う質問はどうなった、と思いつつマリンが聞く。
「冒険者に『アルベルト』って名前の奴はいないか?」
「アルベルト……?」
「ああ。スキル『ギガサンダー』を使う奴」
「え? ギガサンダー!? そんな凄い人、いないよ!!」
攻撃スキルの中でも超優良スキル『ギガサンダー』。アルベルトという名前の冒険者はいるかもしれないが、そんな凄いスキル持ちはいない。ウィルが残念そうな顔で言う。
「そうか……、冒険者にもいないか……」
「そのアルベルトって人を探しているの?」
「ああ。俺の弟なんだ」
「へえ~、ウィル君の弟……」
兄弟揃ってどれだけ強いのかとマリンが苦笑する。
「もし登録にやって来たら教えてあげるね」
「ああ、頼む」
ウィルも頷いてマリンに答える。
「なんだって!!」
突如、受付カウンターから大きな声が響いた。皆がその声の主を一斉に見つめる。体格の良い中年の男。カウンターをバンと叩きながらその場にいる冒険者に叫ぶ。
「みんな、『百災夜行』が襲来した!! いつも通り迎撃に参加できる冒険者は準備してくれ!!」
「おう!!」
周りの冒険者が腕を上げてそれに答える。ウィルがマリンに尋ねる。
「なあ、『百災夜行』ってなんだ?」
「え? ウィル君、知らないの??」
意外過ぎる事実にマリンが驚く。
この国に住む者なら絶対に知っている厄災。だがほぼ十年もの間洞窟に潜っていたウィルにはそんな話は知らない。冒険者も参加は自由で、倒した魔物の数によって報奨金が支給される。
マリンが簡単に説明するとウィルは表情を変えて言った。
「姫様が指揮を……、俺、ちょっと行ってくる!!」
「あ、ウィル君!!」
『百災夜行』で騒めくギルド内。そんな人混みを掻き分けウィルは外へと飛び出して行った。
(なぜ自分はいつも傍観だけなのだ……)
真っ黒の鎧に身を包んだ黒騎士は、同じく黒の馬に乗りながら考えた。戦闘経験、強さ、攻撃スキルとどれを取っても人間ごときに負けはしない。経験を積めとの指示だがその意図が分からない。
「総員、攻撃態勢っ!!!」
「ギャオオオオオオ!!!!」
魔物の群れを指揮する黒騎士。間近に迫った王都バルアシアを前に軍を鼓舞する。彼の後ろには国の一個師団に当たる陸上部隊と、空を飛行する空中部隊。まさに『百災夜行』に相応しい布陣だ。黒騎士が腕を上げ皆に叫ぶ。
「突撃っ!!!!!」
「ギャオオオオオオ!!!!!!!」
その声と同時に魔物達が王都へと突進する。
「総員、迎撃態勢を!!!!」
街の城壁の上に立ったエルティアが皆に叫ぶ。
その声と同時に魔法隊、投石隊といった遠距離攻撃部隊が準備を開始する。城門裏には騎馬隊に歩兵隊。その前には防御力に特化した重歩兵隊が待機。エルティアの横に立った青髪の上級大将カミングが言う。
「姫様、ここはちゃっちゃと片付けちゃいましょう。僕がいるからご心配なく」
「ああ、頼りにしているぞ」
「はっ」
防御の要であり『王都守護者』であるルーシアが負傷した今、その戦いのカギを握るのが同じ上級大将のカミング。彼の帰還が早かったのは不幸中の幸いだった。
エルティアが間近に迫った魔物の群れを見て命令を下す。
「遠距離攻撃部隊、迎撃開始っ!!!」
ドン、ドオオオオン!!!
押し寄せる魔物の群れに容赦なく投石や攻撃魔法が撃ち込まれる。だが敵も防御に特化した魔物や魔法対策をしっかりとしており、思ったような成果が得られない。
これ以上の遠距離攻撃は無理と判断したエルティアが、カミングと共に城壁を降り城門裏へと急ぐ。
「迎撃準備はできているか!!」
「おおーーーーっ!!!」
金髪の姫の参戦。魔物との戦いは恐ろしいが、いつも彼女が鼓舞してくれるバルアシア軍の士気は常に高かった。
エルティアは白馬に、カミングは蒼白の馬にそれぞれ跨り迎撃準備を行う。エルティアが剣を振り上げ叫ぶ。
「門を開け!!! 総員、突撃っ!!!!」
「おおおおーーーーーーーーっ!!!!」
そこに集まったバルアシア兵、そして駆け付けた冒険者達が腕を上げてそれに答える。国を守る魔物との戦い。その本格的戦が今始まった。
戦いは互角だった。
ルーシアが抜けた穴を同じ上級大将のカミングがよく埋めてくれた。
「ウィンドストーム!!! 滅せよ、魔物ども!! はああああ!!!!!」
上級大将カミングのスキル『魔法騎士』。
騎士としてのずば抜けた才を持ちながら、同時に魔法も操ることができる貴重なスキル。別名『無敗の両刀使い』と呼ばれる彼の前に、次々と魔物の亡骸が積み上がっていく。
「行けえええ、カミング様に続け!!!!」
「おおおーーーっ!!!」
カミングの活躍と共に均衡していた両者のバランスが傾き始める。バルアシア軍が優勢に立つ状況を、少し離れた場所からエルティアがじっと見つめる。
(私は、また何もできぬのか……)
魔物の大群。恐怖。震え。
幼少期のトラウマが体を縛り、心を硬直させる。脳からは何度も『行け行け!!』との信号を出すが、それをその他体のすべてが否定する。
『飾り姫』、結局自分は戦場のお飾りでしかない。もしかしたら先のミノタウロス戦のような活躍ができるかと思ったのだが、やはり現実は虚無である。
ドオオオオン!!!
「!!」
そんなエルティアの目に戦慄するような光景が映る。
「あれは……、スケルトンナイト!?」
古き鎧に身を固めた骸骨の騎士スケルトンナイト。苦手とされる日光を克服した死霊種の上位種族で、物理攻撃や魔法攻撃もあまり効かない難敵。高度な知能を有し、小隊の指揮なども可能だ。
「ぐわあああああ!!!!」
突然現れた強敵に味方の兵士達が次々と倒れていく。
とても一般兵では手に負えない相手。頼りのカミングも遠く離れた場所で戦っておりこちらを救援する余裕はない。付き添いの兵士がエルティアに言う。
「姫様、後退を!! あれは手に負えません!!」
「くっ……」
今ここで後退すれば前線で戦うカミングが孤立する。そもそも後退したところでこの強敵を誰が討てるのか。
「ぐわあああああ!!!!」
暴れまくるスケルトンナイト。防御しながらも次々と倒れていく兵士達。後退、撤退。敗北。様々な感情がエルティアを押し潰しに来る。
そんな時だった。彼女の耳にその声が響いたのは。
「姫様ーーーーーっ!!」
(え?)
遥か後方、王都城壁の上。振り返ったエルティアの目に、その茶髪の少年が手を振る姿が映る。
「ウィル……」
それはただの少年。雑用係の一兵卒。だがこの瞬間から状況が一変する。
(姫様、かちこちに緊張してんな。強いのに勿体ない。じゃあ俺ができるのは……)
ウィルは城壁の上から敵の大軍を見渡してから心の中で叫ぶ。
(スキル『威圧』っ!!!)
ドオオオオオオン……
人には感じない特殊な波動。それがウィルを中心に魔物の軍勢へと放たれる。そして同時にエルティアに向けて叫ぶ。
「姫様、頑張れーーーーっ!! 姫様行け行けーーーーっ!!!」
ウィル本人ですら気付かない常時発動能力。勇者が仲間と見なした者の全ステータスを大幅に向上させる特殊スキルが発動。離れていてもその効果は十分エルティアに届いた。
(あっ、あ……、これは……)
スケルトンナイトはもちろん、突然動かなくなった魔物の群れを見てエルティアの体の硬直が解けていく。同時に感じる湧き上がるような力。左胸の心地良い疼き。活力、エネルギー。
エルティアが馬を降り、剣を構えて言う。
「フレイムバースト」
エルティア攻撃スキル『フレイム』。断ち斬った物を一瞬で灰にする優良攻撃スキル。物理攻撃も魔法攻撃にも強い耐性を持つスケルトンナイトの唯一の弱点。それこそがこの炎属性攻撃。
「行くぞっ!!!」
強力スキルを発動したエルティアが単騎スケルトンナイトに突撃する。そこに『飾り姫』はもういない。それは純粋に国を守る強者としての姫の姿であった。




