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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第二章「姫様に求婚するオークが邪魔なので討伐します」
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12.新米受付嬢マリンのお願い

 王城第一会議室は重い空気に包まれていた。


「姫様に、オークが求婚だと……」


 厳重な警備を敷いた会議室。集められたのは王妃をはじめ、王国のごく一部の上層部の者達。それほど今回の漆黒のオークの件は公にはできない事案であった。大臣が言う。


「要求に逆らえば、我々の国は亡ぶのでしょうか?」


「……その可能性が高いと思われます」


 別の大臣がその問いに答える。間近で見た精鋭の話、城壁から確認できた敵の大群。上級大将ルーシアを一撃で沈める敵の大将。総合的に考えて弱小国バルアシアに勝ち目はない。

 重い空気。それを破って全身に包帯を巻かれたルーシアが言う。



「何を言っておられるのですか!! あのような豚ごときに我々が負けることなどありませぬ!!」


 痛々しい姿のルーシア。本来休養しなければならないのだが、無理をしてこの会議に参加している。大臣が訪ねる。


「お言葉ですがルーシア殿。その『豚ごとき』に派手に負けたのはあなた自身じゃないですか」


 皆がルーシアの痛々しい体を見つめる。ルーシアが目を吊り上げて答える。


「今は体が万全ではない状態。怪我さえしていなければあのような豚など!!!」


「ですがオークの要求は一週間後。それまでにそのお怪我が完治できますか?」


 そう問われたルーシアが一瞬黙り込む。誰が見てもそんな短期間に治るはずがないことは明白。ルーシアが言う。



「完治はできなくとも私は戦える。いや、絶対戦って見せる!! 姫様をお守りするのが私の務めだ!!」


 その言葉と同時に皆の視線がエルティアに向けられる。

 会議が始まってからずっと下を向き黙ったままのエルティア。この会議に先立ち、病床の国王に母である后と共に相談に訪れていた。


 国王の休養の部屋。青々とした観葉植物や、ほんのり香るハーブに香りに心安らぐ場所。床に伏したままの国王が言う。



「そうか、それは大変なこと……」


 そうつぶやく国王に王妃が尋ねる。


「如何いたしましょうか?」


 国王が天井を見つめながら答える。



「戦っても勝てぬのだろう。ならその答えは自ずと分かるはず……」


 エルティアは黙ったままその言葉を聞いた。

 国王とエルティアには血の繋がりがない。若くて美しかった母親に一目ぼれした国王が、無理やり奪う形で妻とした。その頃にはエルティアも生まれていたのだが国王の命で地方の養護施設に預けられた。

 だが先の妃との間にいた王女が病死。跡継ぎができぬことに悩んだ国王が、急遽后の娘であるエルティアを第二王女として迎えた。



(国王からの愛情は感じたことがない……)


 形は娘にあたるが、所詮知らぬ男の子供。病気になり日に日に衰えていく国王には、エルティアのことなどどうでもよかった。適当に結婚し男の跡継ぎを生んでくれればいい。その程度にしか考えていなかった。

 会議の席。顔を上げたエルティアが皆に言う。



「私が、オークに嫁ぎます」


 静まり返る一同。その言葉を待っていた者、その言葉だけは聞きたくなかった者。後者の筆頭であるルーシアが大きな声で言う。


「ひ、姫様っ!!」


 そんな彼女をエルティアは手で制して皆に言う。



「この城に、バルアシア王国の第二王女として迎えられてから私は覚悟をしております。この身は国の為に捧げるものだと、国のために役立てるなら何でもすると。逆に、私が嫁げば彼らと友好関係が築けるかもしれません。そうすればバルアシアの更なる安定も望めるでしょう」


 皆は無言で小さくその言葉に頷いた。所詮正当な王位継承者ではない小娘。先のミノタウロス戦では手柄を上げたが、今回は怖くて動けなかったという。やはり『飾り姫』。その身を本気で案じる者は少なかった。

 会議はエルティアに犠牲を委ねる形で終わった。






 翌朝、薬草採取の遠征を終えたウィル達、雑用係一行が王都に帰って来た。

 オークの襲撃に遭ったものの、ウィルの活躍もあり無事予定量の薬草を確保できた。薬草がいっぱい入ったかごを背負いながら歩くウィルに、上官の黒ひげが尋ねる。


「いや~、本当にお前が冒険者だったとはびっくりしたよ」


 ウィルから『冒険者登録をしている』と聞いていた黒ひげは当初信じようとしなかった。見た目は少年。それほど強そうには見えないし、雑用係に配属される人間は普通戦えない者だからだ。ウィルが答える。


「だから何度も言ったでしょ~、ま、Fランクって言う最低ランクだそうだけど……」


 優良な戦闘スキルがないウィル。とりあえず登録はしたもののランクは最低レベルだ。黒ひげが答える。


「まあ、そうかもしれねえけど、お前を見ていると冒険者ランクってのもあんまり関係ないのかもしれんな」


 一瞬でオーク達を殲滅した戦闘能力。その後一緒に食べたオークと言う焼き豚の美味。黒ひげは貴重な経験を思い出しながらウィルの頭をポンポンと叩く。



「ウィル君~!!」


 そこへピンクの髪に眼鏡をかけた可愛らしい女の子が駆け寄ってくる。


「あ、マリン」


 冒険者ギルドの新米受付嬢マリン。可憐なピンク髪を揺らしながらウィルの元にやって来てはあはあ言いながら言う。



「や、やっと見つけた。探したんだよ~、はあはあ……」


「ほえ~、こんな可愛い()()もいるんか? いいなあ、ウィル」


 黒ひげの言葉にすっと顔を上げてマリンがにこっと笑いながら答える。


「はい! ギルド嬢のマリンと言います!! よろしくね」


 新米ながら数多あまたの冒険者を瞬殺してきたマリンの笑顔。無骨な黒ひげがやや戸惑いながら答える。



「あ、ああ、よろしく……」


 まるで別世界に住むかのような可憐な女の子。ウィルが言う。


「何言ってんだよ、いつからお前の男になったんだ!?」


「え~、違うの~??」


「違う。言ったろ? 俺には崇高な目的があるって」


「私を貰ってくれるって言ったじゃん~」


「いつ言った!? そんなこと!!」


 真剣に怒り出すウィルを見てマリンが舌を出して言う。


「ごめんね。あ、そうそう。ウィル君にお願いがあって来たんだ」


「断る」


 マリンが慌てながら言う。


「ま、まだ何も言ってないじゃん~」


「どうせ碌な事じゃないだろ? 言う前から分かる」


「酷~い!! マリン、悲しいよ……」


 ウィルの言葉に目を赤くするマリン。それを見た黒ひげがウィルに言う。



「話ぐらい聞いてやれよ、ウィル」


「ええ? でも……、まあいいや。言ってみろ」


「ありがとう。おじ様」


 すぐに笑みになったマリンが黒ひげに礼を言い、ウィルに話し始める。



「あのね。もうすぐ年に一度の『押し冒険者選手権』が開かれるの。それにね、今年マリンはウィル君を推すことにしたの」


「推し冒険者選手権?? なんだそりゃ」


 初めて聞く言葉。王都に住む黒ひげはうんうんと頷いている。マリンが言う。


「推し冒険者選手権ってのはね、ギルド嬢が推す冒険者が『宝玉の洞窟』って洞窟に何層まで潜れるかを競うイベントなの」


「……」


 全く興味が湧かないウィル。マリンがにっこり笑って言う。


「ね、だからさ、お願い。ウィル君出て」


「嫌だ。俺は忙しいんだ。他を当たってくれ」


「え~、そんな……」


 泣きそうな顔になるマリン。

 彼女の脳裏に、数日前のギルドでの先輩ギルド嬢とのやり取りが浮かぶ。




「ねえ、マリン。今度の『推し権』、誰にするのか決まったの?」


 元々は淡白になりがちな冒険者とギルドの関係に、何か変化を与えようと始まったこのイベント。ここで成果を上げれば冒険者は特別なランクアップを、受付嬢も上級ギルド嬢へと昇進できる。

 よってこの時期、一部の冒険者は受付嬢に推薦を貰いにギルドへ通い、また受付嬢もSランク冒険者確保のためにプライベートで会ったりと様々な噂が飛び交う。マリンが答える。


「わ、私は……」


 まだ新米受付嬢のマリン。その可愛さ目当てに寄ってくる冒険者は多いが、ほとんどが低ランク冒険者。上級冒険者は他のギルド嬢との付き合いが長く『推し』に応えてくれる者などほぼいない。


「お願いしようと思っている人はいます……」


 そう答えたマリンに、先輩受付嬢は持っていた煙草の煙をふうと吐き出して尋ねる。


「誰だい? ああ、まさかあの弱そうなお子様かい?」


 以前ウィルとのやり取りを馬鹿にされたことがあるマリン。その言葉にむっとした表情をしていると、別の先輩受付嬢が言う。



「なんなら私の懇意にしている上級冒険者を紹介しようか? まあ、おっさんだけど若い子が好きだから、ちょっと一緒にご飯で食べて色目でも使ってあげれば『推し』でも受けてくれるよ」


 マリンの背中に悪寒が走る。『推し権』などあまり気にせず仕事をする受付嬢もいるし、マリンもそんなに興味はなかった。ウィルに会うまでは。


「推しはいます。私は彼を推します!」


 普段にこにこと笑顔を振りまくマリン。そんな彼女のあまり見ない真剣な表情に先輩ギルド壌も追わず黙り込んだ。






「……っていう訳なの! だからお願い、ウィル君」


「どういう訳だよ。とにかく俺は忙しいからそんなの出られねえ」


「ウィル君……」


 悲しげな顔をするマリンを見て、黒ひげがウィルに言う。



「出てやれよ、ウィル。冒険者としてギルド嬢に推されるのってはな、そりゃ光栄なことなんだぜ」


「だけど……」


 そんな時間はない。一刻も早く姫様のヒモになる計画・実行しなければならない。黒ひげが言う。



「じゃあ、上官命令だ。『推し権』に出てこい。断ればクビだ。分かったな?」


「はあ!? なんだよそれ……」


 泣きそうな顔になるウィル。ここで雑用係をクビになったら折角王城に潜り込み姫様に近付けた苦労が水の泡となる。もはやウィルに選択の余地はなかった。



「わ、分かったよ……、仕方ねえなあ……」


「わー、嬉しい!! ありがと、ウィル君!!」


 そういってウィルの手を握った後、マリンは黒ひげの腕に手を回し満面の笑みでお礼を言う。



「おじ様もありがと! 嬉しいですっ!!」


「あ、いや、俺は何も……」


 そう言いながら鼻の下が伸び切る黒ひげ。マリンはすぐにウィルの手を握り目を輝かせて言う。


「頑張ろうね。ウィル君!」


「あ、ああ……」


 あまり乗り気じゃないウィル。そんな彼の目に白銀の鎧を纏った金髪の美女が目に入る。


「ん?」


 目が合うふたり。ウィルが言う。


「あ、姫様!!」


 数名のお供を連れたエルティアがウィル、そしてその手を握るマリンを見つめる。そして無表情のまま言った。



「随分楽しそうじゃないか、ウィル。可愛い女の子に手を握られて」


「え? あ、これは……」


 すぐにマリンが恥ずかしそうに答える。


「そ、そんなことないですぅ。姫様」


 そう答えるもののずっと手は握ったまま。エルティアはぷいと顔を背けて供の者に言う。


「行くぞ」


「は、はい」


 なぜか急に機嫌が悪くなった姫に戸惑いつつ後を追う従者達。まともに会話もできなかったウィルは中々進まない『ヒモ計画』に小さくため息をついた。

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