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後半開始から試合終了(アウェイサポーター)

― あれは、もう仕方ないやつだ。あの雰囲気を一瞬で作られたら、呑まれちまうよ ―


 ハーフタイムが終わってピッチに戻ってきた選手たちが円陣を組んで、各ポジションに散っていく。前半終了間際の得点で勝ち越した勢いそのままに後半も頑張って欲しい。


「うわぁ、どこの漫画だよ」


 ハーフタイムで買い物に行った友達が息を切らしながら戻ってきての一言目。指さしているのは相手チームの8番と6番の選手。双子で両サイドから攻撃してくる。同じ顔で似たようなポジションなのに、プレースタイルが真逆。ドリブルが上手くて自分で攻め上がる弟と、華麗なパスで味方を上手く使う兄。確か8番の選手が兄だったかな。

 前半は兄だけだったけど後半から弟も入るのか。ポジションが被ってるから一緒には出ないと思ってたけど、どうするんだろう?友達の言う様に漫画か何かで双子が相手を撹乱するってシーンが有った気がしなくもないけど、まさかね。


「いくら双子だからって、漫画みたいな事にはならないと思うけどね。ってか鯛のパスタじゃなかったの?」


振り向いて見た友達の手には山盛りのカルボナーラがあった。いや、量多すぎね?ってか応援しながら食える物じゃないと思うけど。ってか試合前にケバブとパンケーキ食ってたよな?傾き出して色の変わり始めた太陽に照らされる山盛りのカルボナーラとヒョロっとした友人の顔を見比べる。痩せの大食いとはよく言ったもんだ。試合よりもスタグルを第一の目的にしている友人は俺の隣に座ってニンマリ笑った。


「鯛は売り切れちゃったんだって。ほんで、俺が10番のユニフォーム着てるからって『これからも応援してあげて』なんて言いながら、だいぶおまけしてくれた」


 そう言えば10番付けてる椎畑選手はウチに来る前はこのチームに居たんだったか。

 二年前の唐突な大量補強でウチのチームは変わった。トップリーグ経験のある選手を補強したから、もちろんプレーが洗練されてチームは強くなった。名の知られた選手が何人か加入した事でサポーターも増えた。それは良い事なんだろうけど、チームが大きくなって少しだけ距離を感じるようにもなった。友人はその大量補強の時からのファンだから俺の気持ちはサッパリ分からないだろうけど。


 後半キックオフの笛が鳴って、前の方のサポーターは立ち上がって手拍子とチームチャントを響かせている。俺は最上段で手を叩きながらピッチを眺めている。日の傾きと共に冷たくなりだした風が頬に当たってブルリと震えながら布陣を確認する。


 うちは前半の流れを切りたくないからか交代はなしで、相手チームは双子以外にフォワードとディフェンダーも交代している。前半でハンドしたあのディフェンダーの代わりに入ったのは、この前引退を発表した選手か。攻撃を強める交代には見えないけど、まぁ前半で動きの良くなかった選手が下がっている感じではあるかな。

 怖いのは後半から出てきたフォワードの足の速さと、左右に展開してる双子か。


 一通り相手の布陣を確認して隣を見たら、友達は器用に猛スピードでカルボナーラを食べていた。手拍子を鳴らして、コールのタイミングでパスタを巻いて口に入れて、手を叩きながらモグモグ食べて。コールのタイミングまでに飲み込んで。ホント器用だな。

 数年前ならこんな事をしてれば目立ってしまって、熱心な人にちょっと睨まれたけど、今は気にもされない。俺が声を出さずともスタジアムに声援は響く。気楽なような少し寂しいような。


 ピッチの上は膠着状態で、センターライン付近からボールが動かない。後半始まってすぐはウチが攻め込んでいた。前半終了間際の得点の勢いを維持できていた。けれど攻め込んでも得点になかなか繋がらなくて、枠外シュートやパスミスが増える毎に相手チームのリズムになっていった。ついには攻め上がれなくなってきた。

 攻め手を欠いている様子に焦りを感じる。今は同じ様な順位なんだけど、四年前はカテゴリーが二つも上だったチームに対して、未だ俺の中では相手を格上に見てしまっている。このままなら相手に流れを持っていかれる、簡単に勝てる相手じゃないって気がしている。

 どう思おうと俺がプレーできる訳じゃない。俺にできるのは手を叩いて声を出すことだけで、焦りを感じるくらいなら、立ち上がって大声で叫ぶべきだろう。久しぶりに本気で応援したくなって、コートを脱いで立ち上がったら隣の友達が目を丸めた。


「こんな寒いのに、コート脱がなくても良いんじゃない?」


「ユニフォーム見えてなきゃ一緒に戦ってる感じがしないだろ?」


「俺みたいに最初からダウンの上にユニフォーム着とけば良かったのに」


 俺の体型で白ユニでそれやったらミシュランマンにしか見えないだろう。ロンTの上から着てるだけでも雪だるまみたいなのに。

 いつの間にかカルボナーラを食べ終わった友達も立ち上がって、そこからは全力で声を出して、痛いくらいに手を叩いた。


 後半二十分、前半の終わりにフリーキックを決めた浦野選手が、ロングパスを出したけど受け取り手が間に合わなくて、相手チームの双子の兄がそのボールを拾った。ゆっくりとドリブルで上がっていく。反対サイドでは後半から入った小柄なフォワードの選手が手を上げていて、パスを要求している。

 あのフォワードは足も速いし、双子の兄はパスが上手いからきっとあの辺にボールをに出してそこに走り込んで来るだろう。ウチのキーパーもフォワードの選手を指しながら何かを叫んでる。


 ボールを持ってた選手が突然ドリブルのスピードを上げてゴール前まで走り込んでシュートを打った。よく見たらボールを持ってた選手の背番号は6番だ。左サイドだから双子の兄の方だろうと思い込んでいたけど、弟の方だった。ホントそっくりな背中してるわ。


 キーパーの管野選手はそのシュートにはどうにか反応できたけれど、取る事はできず中途半端なクリアになってしまった。管野選手に弾かれたボールは走り込んできたあのフォワードの眼の前に落ちた。

ゴールまで五メートルもない所、蹴るというには軽すぎる、ポンと触れただけに見えたシュートはコロコロとゴールに吸い寄せられていった。


 ゴールに入った瞬間、グルグルと腕を回して応援を煽った。俺の後ろにあるモニターにその姿が映されて、向こうのゴール裏が一気に歓声をあげる。メインスタンドにもバックスタンドにも同じ様な仕草を見せると、スタジアム全体に『マツヤマケンタ』のコールが響いた。スタジアムの空気がガラリと変わったのを感じた。


 ウチは浦野選手とキャプテンの秋川選手が皆に声を掛けているけど、ほとんどの選手が諦めた様な表情をしている。俺達も必死にチーム名を叫ぶけれど、ゴールを決めた選手を称える大歓声にかき消されている。


 リスタートの笛が鳴って、ウチのボールで再開した筈なのに、すぐにまた攻め込まれる。

 秋川選手が気合でボールを取りまくってるけど、気合が空回ってファウルを取られないか心配になってくる。そのスライディング危なくね?

 大卒四年目の桐山選手は相変わらずパスコースを塞ぐのが上手くてボールを取りまくってるけど、中盤が意気消沈してる今、パスの出し先に悩んで結果的に敵にボールを渡しまくっている。

 あっちもこっちも危なっかしいプレーが続いている中、浦野選手と椎畑選手だけが前半と変わらない雰囲気で動いてる。だけど、リズムを失ったチームで動き回れば、疲れも溜まってくるだろう。何か変化が必要だと思う。監督は何してんだよ!


 ふとベンチを見ると三人呼ばれてる。三人ともディフェンダー?守備を全員変えるのか、それともディフェンスを増やしてなんとしても守りきる方針なのか?あと十五分、守りきれるのか?


 相手のシュートが枠外に飛んで、主審が交代を示した。右のディフェンダーに変わって高卒ルーキー川島選手が入る。いつも礼儀正しくて冷静な川島選手はは深々と一礼してピッチに入った。

 ベテランの中盤選手二人が、若いディフェンダー二人と交代して、どうやら守備を固める方針らしい。

同点の状態で守備を固めるなんて、随分消極的な戦術だ。ほんの数年前、昇格をかけて戦っていたシーズン終盤ではありえなかった。俺はあの頃の超攻撃的サッカーに惚れ込んだんだけどな。


 ゴール手前10m辺りで桐山選手が頭でクリアしたボールが左側のタッチラインを割った。あちらはゴールキーパー以外の選手がゴール前に集まって、双子がボールを持った。弟はロングスローがあるけど、あれはどっちだ?傾き出した夕日が眩しくて背番号が確認できない。タッチライン近くに双子のもう一人とドリブルの上手い選手が居るって事は、投げるのは兄で、ドリブルで切り込むつもりか?

 投げ込まれたボールは想像より飛んで、キーパーの左手をかすめてゴールの中でポトリと落ちた。ゴールのホイッスルが鳴ると同時に相手の5番が走り出して、メインスタンドに向かってポーズを決めた。


 何が、どうなったのかよく分からなくて、後ろを振り向いたら大型ビジョンにゴールの瞬間が映されていた。スローインで投げ込まれたボールが5番の頭に当たって少しだけ向きを変えて管野選手の手をすり抜けたらしい。時計は後半の四十五分を回っていた。


「なぁ、帰りの運転任せても良いか?」


 ここから五時間運転して帰ることを思うと一気に疲れた気分になった。それでも、きっとまた来年も来るんだろう。

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