前半30分~ハーフタイム(サッカー少年)
― ゴールを決めるのが一番カッコイイって思ってたけど、ゴールを止めるのもカッコイイ。僕は世界一かっこいいゴールキーパーを目指す ー
『対戦相手は今年昇後してきたばかりなのに、先制点を許すなんて情けない』
『相手にパスを出すようなディフェンダーはいらん』
後ろでオジサンが大きな声で怒鳴ってる。チラっと振り返って見たら怒鳴ってたのはお腹が大きくてハゲたオジサンで、走る事すらできなさそうに見える。できないクセに偉そうに言うな!僕は心の中だけで怒鳴り返して、ピッチを眺める。
オジサンが怒鳴ってる言葉は僕も何度も言われた。見てる人はいつだって簡単な事みたいに言うけど、ボールを盗る事に集中して、次の瞬間に味方の位置を把握して、パスを出すのは難しいんだ。ボールを盗る前に味方の位置を把握しろとか言われるけど、そしたら今度は敵に追い付けない。
すごく悔しくて練習をしたけれど、あっちもこっちも見るなんて僕にはできなかった。できる人は一体いくつ目を持ってるんだろうって思った。
上手くできないから、ついつい敵のユニフォームを引っ張ったり、思わず手を伸ばして飛んでいくボールを止めたりして、ファウルを取られるのが僕だった。
『そんなに手を使いたいならキーパーしとけ』
そう言われて僕は先月からキーパーをさせられてる。本当はカッコよく点を取るフォワードがしたかったんだけどな。
点を取った後が大事っていうけど、当にそんなタイミング。洲崎選手のミドルシュートで同点に追いついたすぐ後だ。
相手のキックオフでリスタートしてそのままスルスルとゴール前までパスを繋がれた。相手の13番の選手から9番の選手に出した浮き球のショートパスが、ペナルティエリアの中でうちのディフェンダー八屋選手の腕に当たった。
PKって審判が指した瞬間、キーパーの山川選手の顔つきが変わった気がする。遠くて実際はよく見えないけれど。他の選手が抗議をしてても、ふーっと息を吐いてトントンってゴールすぐ前の芝を踏んで、なんだか止められそうに見えてくる。
ハンドをした八屋選手はまだ審判に抗議をしてるけど、早く切り替えた方が良いと思う。っていうか、ペナルティエリナの中は常に手の位置に気を付けないといけないのに、体から手を離してたんだから、そりゃ取られるって。後ろのオジサン達は判定に不満っぽい事言ってるけど、僕は八屋選手に不満だよ。
だいたいのキーパーが背や手を伸ばすけれど、ウチの守護神は腰を落として、重心を下げた。相手選手のどこを見てるんだろう?僕は山川選手から目が離せなくなった。
短いホイッスルが鳴って相手の9番の選手が助走に踏み出すけれど、山川選手は動かない。動かない。動かない。まだ動かない。動いた!!
ボールを蹴る一歩手前で体重移動して、蹴った瞬間、右中段に向って飛んで、バンッって鈍い音が響いた後、ものすごい歓声が上がった。ボールは山川選手の手の中だ!
スゴイ!カッコイイ!ゴール裏から山川コールと手拍子が聞こえてくる。後ろのオジサンも何だか分かんないけど叫びながら拍手をしてる。点を決める以外でこんなにカッコイイ事があるなんて!
今は、山川選手がこの試合の中心でこのスタジアムの主役だ。僕も、僕もスタジアムの主役になりたい!いつでもPKを止めれるスーパーキーパーになってやる!
こんなに名前を叫ばれて、歓声を浴びてるのに、ウチの守護神様は表情を変えずにセンターサークルを睨みながら水を飲んでる。失点を防いだだけで、点を取った訳でも勝った訳でもないから当然の態度かもしれないけど、僕にはクールでカッコイイ姿に見えた。今度サイン貰いに行こう。
あと十五分で点を取って欲しいけど、最低限守りきらなきゃいけないってプレッシャーもあるのかな。僕ならそのプレッシャーに負けて足が動かなくなりそうだ。だけど、山川選手はそれまでと同じ様に相手選手の動きを見て指示を出している。やっぱクールだな。
PKを止めて試合の流れが変わるかと思ったけれど、そんな事はなくて押され気味のまま前半が終わろうとしている。
こんなに手こずっているのに、相手チームの選手はよく見たらそんなに上手くはない。だけどとっても連携が取れている。だからパスは繋がるし、例え繋がらなくても他の選手が回収して攻撃を続けられる。それで何度もペナルティエリアに切り込んではいる。けれど、どうにも決めれる選手が少ないみたいで、枠外に飛んだり、うちの選手に当たったりしてボールがゴールに入らない。
後ろのオジサンや五つ右の席のお姉さんは、ペナルティエリアの前まで相手選手が攻め上がるたびに喚いているけど、僕はそれほどピンチだとは思わなかった。
もし、失点するとしたら、きっと八屋選手が原因になる気がする。さっきから、山川選手に指示をされてるのは、きっとポジショニングが下手なせいだと思う。僕にはシュートコースは完全に塞いでいる様に見えて、その指示の意味が分からないけど。
もう一回時計を見て、アディショナルタイムに入ったのを確認してピッチに振り返ったら、僕の予想が当たる瞬間だった。
八屋選手と相手の10番が睨み合っている。ボールを持った10番の選手がフェイントをかけて八屋選手を抜こうとした瞬間、少し遅れ気味のタイミング。八屋選手が相手の肩に手をかけて、白いユニフォームが芝の上に転がった。
ホイッスルが響いて審判が走って行ってピッチを指した。僕がいるバックスタンド側ペナルティエリアの少し外。直接フリーキックでゴールを狙いやすい位置だ。
山川選手がブロックの壁位置を細かく指示してる。ボールの前には相手の13番と16番。きっと左利きの16番が蹴るかな。
相手チームの足元を隠す壁も位置が決まって、山川選手は低く構える。やっぱり、キッカーの足を見てるのかな。
僕の予想とは違って13番の選手が走り出して、ボールの一歩手前まで来た所で山川選手の体が少し高くなった。けど、13番の選手はボールを通り越して、山川選手の体が少し左に動いてから16番の選手がトトトっと走ってポーンと蹴って、ボールはフワフワとゴールに吸い込まれた。
ピーっとゴールを意味するホイッスルのすぐ後で、ピピーってタイムアップのホイッスルが響いた。
隣で母さんが口を抑えて笑ってる。そう言えば、母さんが若い頃はあの16番の選手がスターで、フリーキックが見たいって言って、今日来る事になったんだった。相手チームだから騒げないけど見たかったフリーキックが見れて、しかも決まって嬉しいんだろうな。
「トイレに行くついでにゴミ捨ててくるね」
「何か買ってきてもいいよ」
ニコニコしながら千円札をお財布から出し始める母さんは、めちゃめちゃ機嫌が良いみたい。千円ならからあげとジュースが買える。でも買い物をしてたらきっと後半のキックオフに間に合わない。一瞬たりとも山川選手のプレーを見逃したくない僕は、ゴミだけを持ってスタンドから出た。
「康博くん!珍しい。兄ちゃんは?」
ゴミを捨てに行ったら、ビブスを着けた近所のオジサンに呼び止められた。このオジサンは兄ちゃんの試合をよく見に来ていて、顔見知りになった。兄ちゃんは僕と違って上手で、ジュニアユースに入ってて、地区の得点王になる様なフォワードだ。
「兄ちゃんとは別行動で、僕は母さんと来てます……オジサン、僕、山川選手みたいなスゴくてカッコイイキーパーになるから、僕の事も応援してね!」
あのPKを止めたプレー興奮しすぎて思わず変な事を言っちゃった。でもオジサンは「期待してる」って笑ってくれた。
オジサンの期待に応えて、僕は立派なキーパーになるよ。山川選手みたいなクールでカッコイイ大スターになるんだ!