表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

試合前~前半30分(サッカー初観戦の親父)

― よくテレビとかで言ってるだろう?芸能人オーラとか、スターのオーラとか。そんなもん無いと思ってたけど、その日俺は、スターオーラという物を見た ―


 正直俺は野球ファンだ。サッカーなんて興味なかった。でも娘から誘われたら断わる理由はないだろう。だから、貴重な休日に興味のないサッカー観戦なんてものにやってきた。


 だけど初めて来たサッカー場は驚きの連続だった。家でほとんど喋らない娘が、すれ違う沢山の人と会話し、俺を紹介する。家では居ないもの扱いの俺を「お父さん」って言って紹介するんだ。これだけでも来た甲斐があったと思う。さらに紹介された誰もがオヤジを邪剣に扱うことなく、「楽しんで」とか「良い試合にしましょう」とか笑顔で言ってめんべいをくれたんだ。全く訳が分からない。


「あやみは友達が多いんだな」


「うーん。友達ってより仲間かな」


 仲間?ファン仲間って事か?友達とはどう違うんだ?娘の言う事は良くわからないが、手元にはもっとワケの分からない物がある。味違いのめんべい五枚。


「なぁ、なんで皆さんめんべいなんだ?」


「先週は九州で試合だったからね!お父さん、来年は一緒に行こうね」


 つまり、こんなに大勢の人が九州までわざわざ試合を観に行ってたのか?俺は長年野球ファンをしてるけど、自分がビジターに行った事もないし、こんなお土産まみれになった事もない。サッカーファンってのは熱心な人が多いんだ……って来年は一緒に行こうって言ったか?つまり娘は俺をビジター行きの足にするために今日、誘ったんだな?


 ジロリと娘を睨んだ所で、娘はニコニコしたままだ。家では口も利いてくれない娘がニコニコしてるんだから、まぁ良しとするか。例えおねだりの為であろうとも、例え俺の興味のない物であろうとも、可愛い娘とこうして過ごせるのは嬉しいものだ。


「あやみちゃん!今日も応援頼むよ。連れが居るなんて珍しいね」


「今日はお父さんも一緒だし、端の方で見ようかなって思ってるんだよね~」


 入場口で娘に気安く話しかけたのは、俺と同年代くらいの恰幅の良い男性だった。女子高生が親しげに喋る相手の風貌ではない。娘がチケットを渡して通過した後、俺もチケットを渡す。


「初めてですか?スタジアム満喫してくださいね!」


 チケットの改札でニコニコ話しかけられ、その後パンフレットを配ってる人にも似た様な事を言われた。


「あやみは、チームの人と知り合いなのか?」


「ん?何の事?」


「ほら、入り口で名前呼ばれてただろう?」


「あぁ、あの人も仲間かな。サポータであり、スタッフでもある、ボランティアさん」


 何だか良く分からないけど、野球と色んな事が違って、でも居心地が良さそうな場所だとは思った。通路から見下ろす観客席は、あちこちで、人が固まって立ち話をしてる。人を見かけで判断してはいけないけど、不思議な組み合わせに見えるグループも皆が笑ってて、楽しそうな表情でお喋りをしている。


 娘に言われるまま通路を歩いて、右側後ろの方の席に着いた。娘がカバンから折りたたみの座布団とブランケットを出して椅子の上に置き、重り代わりにペットボトルを乗せた。


「父さん、ご飯買いに行こう」


「なぁ、こんな後ろの席で良いのか?それに荷物置いたまま席離れて大丈夫なのか?」


「この辺りが初心者のお父さんには丁度良い席だと思うよ。荷物って言っても貴重品は持ったし大丈夫。みんなしてるし」


 娘に言われて見渡せば、さっきまでお喋りをしてた人たちが居なくなって、あちこちの席に色々な物が置かれていた。サッカーって言うとファンの暴動とかのニュースをよく見るけど、あれが特殊で実は平和なのか?

 荷物を置いていくのは、ちょっと不安もあるが、娘に急き立てられる様にして出入り口で再入場券を受け取ってスタジアムの外へと出た。


 今はちょうど十二時を回った所で、昼食時だ。娘と同じ様な考えの人が多いのか、スタジアムの外、屋台の並ぶ所は大勢の人でごったがえしていた。俺のことを忘れているかの様な勢いで歩く娘を見失わないように、人波を縫いながら揺れるポニーテールを追いかける。

 追いかけつつ横目で並んでいる屋台を見ると、思ってた以上に種類が多くて驚いた。車で来てるし、ビールは飲めないと思っていたから、この食べ物の種類の多さは嬉しい。

 あっちは唐揚げ、あそこはケバブか。ふーんパンケーキなんて甘味もあるのか。できれば昼食らしい腹の膨れる物が食べたいが、ズンズンと歩いていく娘はきっと食べたいものが決まっているのだろう。


「なぁ、どれがオススメなんだ?」


「試合を見ながら気軽につまめるのは、あそこの唐揚げとか、あっちのケバブかな。でも、私は、あそこのパスタが食べたい!ミニサラダまでついてるし!」


 やっぱり、お目当てのものがあったらしい。同じもので良いから俺の分も買ってくるようにと五千円札を渡した。俺はその間にパンケーキの列に並ぶ。甘いものが好きな娘はきっと喜んでくれるだろう。


 試合前の準備運動をしている選手を見ながら、娘が買ってきたカルボナーラを食べた。結構ボリュームがあるし、濃厚なクリームに黒胡椒がピリッと効いてて美味い。屋台だけじゃなく駅の近くに店が有るらしい。母さんも誘って今度食べに行こうと言えば、娘はすごく喜んだ。

 ちなみにパンケーキは娘は喜ばなかった。というか俺が食べてもちょっと微妙だった。甘さ控えめの食事タイプってやつで、甘味のつもりで口に運ぶと物足りない気分になったんだ。


 俺達がのんびり昼食を食べている間、応援団も準備運動をしていた。ドンドンドドンと太鼓を鳴らして、選手の名前を呼ぶ。最初は気付かなかったが、呼ばれた選手は振り向いてお辞儀をしたり、頭の上で手を叩いたりと返事をしている。その仕草が随分と選手を身近に感じさせた。

 試合が始まると、応援団の人たちだけじゃなくて辺り一帯の人が応援歌を歌い出した。俺は応援歌が分からないから太鼓に合わせた手拍子だけ叩いておく。

 どういう加減なのか、応援歌が切り替わる。野球はバッターに合わせて応援歌が変わるけど、これはどういうタイミングで変えているのだろう。決してボールを持っている選手の応援歌という訳でもなさそうだし、不思議だ。気になるけれど隣りにいる娘は真剣な顔で応援歌を歌いながら手を叩いていて、話しかけるのが憚られる。

 分からないながらに、見ているがこれは娘が応援しているチームが押されているという状況ではないだろうか。応援歌が切り替わるたびに、手拍子が減り、声が小さくなっているし、きっとそうなのだろう。


 何度か応援歌が切り替わって、歌っているのが真ん中の方の人たちだけになった頃、相手チームの小柄な選手が点を決めた。あぁーというため息が響いて、皆が頭に手を当てている。あのポーズは欧米人しかしないと思っていたが、違ったのか。


 コートの中の選手も天を仰いだり、ガックリと肩を落としたりしている。けれど、一人だけ、そういう仕草をしない選手がいた。ゴールの中から、素早くボールを拾ってコートの中心へと戻ってくる。

 飄々とした様子で試合を進めようとしているその選手から何故か目が離せなくなった。


「なぁ、あの選手はなんて名前なんだ?」


「ん?あぁザワさん?あの人点を取られても悔しそうじゃないし、点を取ってもあんまり喜ばないから、ちょっと応援し甲斐が無いんだよねー」


いやいや、娘よ。こういう場面で常に冷静に振る舞えるってのは凄い事なんだぞ、という言葉を飲み込んで、俺は静かにその選手を目で追う事にした。電光掲示板で確認すれば山澤選手というらしい。


 注目してみれば、山澤選手は独特の雰囲気というかリズムを持っていた。動きが静かというか、軽やかというのか。地面から浮いているようにすら見える。

 さっき点を取った相手チームの選手のドリブルは闘牛の牛の様な勢いがあったが、山澤選手のドリブルはそろりそろりって感じの忍者のようなドリブルだ。すぐにでも取れそうなのに相手選は様子を窺うようにじわりとしか近寄って行かない。

 探し物でもしてるのかって感じで、右、左と常に見回していて、まるでタンポポの綿毛が飛ぶようにフワリと、人が居ない場所へ移動してボールを持ってる味方選手に手を振る。

 忍者とかタンポポとか言ったけど、あれだ。イタズラ好きな妖精だ!ボールを持つと小さく笑うし、きっとボールを蹴るのが楽しいのだろう。


 注目しだしてから十分くらい経った頃、山澤選手がボールを持って嬉しそうに笑った。センターラーンより向こう側で遠いけど、ちょうど俺の正面でこっちを向いてたからその表情がよく見えた。何をするつもりだろう?と自然と身を乗り出した。

 忍者みたいなドリブルでゆっくりとセンターラインのこちら側へ来て、いきなり大きく前に蹴り出した。そんな所に誰もいないよと思ったら、背の高い選手が猛スピードで後ろから走ってきて山澤選手を追い越した。

 高く飛んでいたボールはその選手の胸に当たって、ポトって芝生の上に落ちる。ゴールにはまだ距離が有って、さっきゴールを決めた相手の選手はそこからドリブルでゴールに近付いてからシュートをしてたと思う。

 けれど、その背の高い選手は、ポトリと落ちたボールを全力で蹴ったんだ。ボールは一直線に弾丸の様な真っ直ぐな軌道で飛んでいってゴールを揺らした。


 あの忍者のようなドリブルからゴールが決まるまで一瞬の出来事だった。

 ゴールを決めた選手を他の選手が取り囲む中、山澤選手はひとりだけ、ふわふわと軽い足取りで離れて行った。


 俺みたいなオッサンの言い分としてはおかしいだろうが、やっぱり妖精だと思った。離れていく背中に羽が生えて、芝を踏む足元には虹色の粉が舞ってるように見えた。

 特別な雰囲気を持った選手に見えたんだ。きっとあれがスターのオーラってやつなんだろうと自然と思った。また見たい、応援したいそんな気持ちが湧いてくる。


 あやみ、来年はビジターだけじゃなく何試合でも誘ってくれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ