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試合前~前半15分(スタグル店主)

― 新しいチームで、高く評価されて、沢山応援されているのが判って嬉しいよ。ちょっと寂しいけどな ―


 うちのメニューは地元の特産物を使ってて、ボリュームがあって、間違いなく旨い。なのに、大して旨くもない隣のヤキソバよりも、代わり映えのしないありふれた向かいのケバブよりも売れない。一体なんだってんだ。


 試合開始二時半間前。熱心なサポーターが腹ごしらえをする時間帯。隣や向かいの屋台にはウチのチームのユニフォームを着たサポーターが行列を作っている。ウチはいつも通り、まばらに対戦相手のサポーターがやってきて、物珍しげにメニューを眺めて特産を使ったパスタを買っていく。


「マジで?これで800円なの?!すげぇ!これ鯛なんでしょ?」


「えー!めっちゃいい匂い、美味しそうじゃん。一口頂戴」


「お前そう言って五口は食べるだろう。自分で買ってこいよ」


 店から離れた所で白いユニフォームを着た若者たちが俺のパスタを囲んで騒ぎ出した。男三人に女性が二人の五人組で、さっき日替わりパスタを買って行った金髪の兄ちゃんを取り囲んでいる。「一口!」だの「やらねぇよ」だのと騒いだ後、女性二人がうちの店の列に並んだ。

 あの金髪の兄ちゃんが知り合いの多いタイプなら、あちらのゴール裏に着くまで、いや入場待ちで並んでいる間にも興味を持ってくれる人が増えると思う。そうなるとこの調子で忙しくなっていくのだが今日はどうだろう。


 対戦相手のユニフォームを着た人は想定より多いから、もしかしたら良い売上げを記録できるかもしれない。ついでに一番自信のあるカルボナーラも売れると良いんだけどなぁ。


「おじさん、ダイ君スタメンだって!あ、カルボナーラセット二つ」


 定番メニューを注文してくれたのは、ウチの数少ない常連の子だ。二年前にウチに居た選手のファンで、俺がその選手のユニフォームで店番をしてたのが切っ掛けで話すようになった。その選手が今在籍しているのが今日の対戦相手だ。

 ウチに居た時はほとんど公式戦に出なかったけど、今は10番を付けたレギュラー選手らしい。さっきから、限定パスタを買っていく人達にも10番を付けている人が沢山居るし、チラチラ聞こえてくる会話の様子からも人気選手になったんだろうとは思う。俺が知っている姿から人気選手にななっている様子を想像するのは難しいけれど。


「あやみちゃん、今日はどっちの応援するんだ?」


「ダイ君は良い選手だと思ったけど、ウチに居たから応援してたんだよ」


 俺は今でもあの選手の応援をしている。さっきから10番のユニフォームを着た敵のサポーターにサービス盛りをするくらいには。けれど、あやみちゃんはあの選手にそこまで熱心だった訳ではないらしい。

 少し寂しい気持ちでカルボナーラセット二つを渡した。そう言えば、いつも一人で来てたと思うんだけど、二つって誰の分だろう?


 試合開始一時間前。店の前にいつもより長い行列ができた。ほぼ白いユニフォームを着た相手チームのサポーターばかりの行列。内陸地域のチームとの試合で海鮮を使った限定メニューが大当たりだったのか、それともこの一時間半の間に買ってくれた誰かがとても知り合いが多いタイプだったのか。まぁ売れてくれるなら、なんでも良いか。


 試合開始五分前、限定メニューが売り切れた。隣や向かいの店には相変わらず人が並んでいるけれど、うちの店の前は人が途絶えた。定番のカルボナーラとナポリタンはまだまだあるんだけどな。

 時計の長針が天辺を指して、試合開始時間になった。そろそろ片付けでもするかと思って、限定メニューのソースが入ってた鍋を持ち上げたら、スッと横から取り上げられた。


「あんた、気になるんだろ?見に行ってきなよ。限定のパスタも売り切れたし、他のメニューならアタシ一人の店番で大丈夫だから」


 鍋を取り上げたカミさんはポケットからネックストラップの紐を引っ張ってカードを取り出して俺に押し付けてきた。毎年買うけどほぼ使わない年パスだ。唯一ダイ君が居た年の数試合は使ったけれど。


「おまえ、なんでそんな物持ってきてるんだ?」


「アンタがあの子を見たいと言い出すと思ったからさ。気になるならサッサと見に行けば良いのに。早く売

り切れるようにサービス盛りしといて、何言ってんだい?」


 別に早く売り切れる様になんて思ってなかったけど、カミさんの目にはそう見えていたらしい。呆れたような顔のカミさんに追い出されてキッチンカーを降りた俺は、この数年使う事のなかった年パスでスタジアムに入った。

 既に試合は始まっていて、コンコースにも聞き慣れたリズムが大きく響いている。スタジアムの外で店番をしながら聞くよりも迫力が有るように思えるのは単純に場所の違いによるものだろうか?シーズン最終戦だし応援にも気合が入っているからなのかは、判別が難しいところだ。


 短いトンネルのような階段を昇ってスタンドに出ると、雲一つ無い青空と整備された芝の青さが眩しい。思わず立ち竦みそうになるけど、サッと右へと移動していく。メインスタンドの右側の一番端、アウェイのゴール裏エリアに近い所に腰を下ろして見ると、声援とは裏腹にウチのチームが押されている様子だった。

試合序盤での失点が多いのはいつもの事だけれど、いつもこんなにパスが通らない展開だったのだろうか。


 ショートパスが上手い中盤の選手にはキッチリマークが付いていて、パスを出した瞬間に相手の16番や20番がモノにしてドリブルで持っていってしまう。ゴール前まで運ばれたボールをキャプテンが取り返しても蹴り出した先で、相手の7番に回収される。


 俺はウチしか見ないから、相手選手のことはよく知らない。けれど7番の選手はいつもイイ場所に居て、気がつくとボールを持っている。あの7番の選手の名前を電光掲示板で確認するけど大河凛なんて名前は聞いた覚えもない。

 名前は知らなかったけど俺の目には大河選手が凄い選手に見えた。大河選手はボールを持った次の瞬間にパスを出す。一瞬、そんな所に誰もいないよ、もっと落ち着いてと思うけれど、パスを出した先にはダイ君が居てボールを攫っていくんだ。

 二年前に見たかったダイ君の姿を見れているのが大河選手あっての事だとわかる。うちのパスタ一生食べ放題にしてやりたいくらいだ。

 もちろんダイ君も成長したんだろうとも思う。ウチで16番を付けてた時は遠慮がちにパスを要求してたし、あんな長距離のドリブルも見た覚えはない。背番号10をつけたダイ君は、生き生きと走り回ってボールを攫い、ドリブルをして行く。知っていた筈の背中は、番号が変わっただけで別人のように見えた。


 今だって、センターラインの当たりで受け取ったボールをドリブルでゴール前20mあたりまでサイドを走って、そこから中央に切り込んでいる。正面にディフェンダーが立ちはだかろうと、するっと抜けて行く。そして正面から力強いシュートを打つ。ボールはゴールの右上に飛んで行ったけれど、味方なら心強そうな、対戦相手に居るとドキドキしてしまうそんなプレーだった。


 どうして、ウチに居る時にあれをしてくれなかったんだろう。


 二度、三度とそういうドリブルやシュートを繰り返して、相手のサポーターはダイ君がボールを持つだけで歓声を上げている。逆にウチのサポーターの手拍子はどんどん小さくなっていく。あれが相手を黙らせるプレーってやつだろう。


 どうしてウチに居る時にあれをしてくれなかったんだろう。


 ふと時計を見ると、まだたった十分しか経っていなくて呆然とする。スタジアムの中には聞き慣れないチャントと馴染のないリズムが木霊している。たった十分でこんなにスタジアムの雰囲気を変えてしまうなんて。二年前のウチの見る目のなさを今更痛感した。

 何度目かのシュートがゴールポストの少し外を飛んで行ってウチのゴールキックになる。ゴールキックを蹴ろうとしてるウチの守護神にプレッシャーをかけるように目の前に寄っていく。まぁウチの守護神はあれくらいのプレッシャーで蹴り損なう事なんてないと思うけど。それにしても、あんなにアグレッシブな選手だったのか。あぁいう闘志の見えるプレーをしてたら、もっとゴール裏を味方に付けれただろうに。


 どうしてウチに居る時にあれをしてくれなかったんだろう。


 更に十分くらい経った頃、ドリブルで俺の眼の前を駆け抜けたダイ君がゴールを決めた。すぐ右側のビジター自由席の前で、チームメイトに囲まれてる選手は、俺の知っていたダイ君とは本当に別人の様に見えた。サポーターの祝福のチャントだってカッコ良くて、スター選手のようだ。


 ダイくんの活躍は嬉しいけど何だか寂しくて、俺は店番に戻る事にした。

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