アンソロ記念SS. 朝起きたら猫になっていた日
詳しくは活動報告にて!
「……ンナーオ」
ベッドから降りて、伸びをする。欠伸をしたら、声が出た。
ん? あれ?
「ニッ?」
そういえば、随分と目線が低い。床に近いし、いつもと視界が違う。
懐かしいというか、これは……。
「ナー、ンナァーーオ!?」
何を言っても猫語にしかならない。本当に猫だった頃はこれが人の言葉だと思っていたけれど、全然違った。
とりあえずくるくる回ってみる。黒いしっぽが目に入った。
「ンナァ」
ちゃんと猫ね。突然の出来事には割と慣れている。国外追放しかり、王太子に拾われたり。
……さてどうしようかしら。部屋にいてもつまらないだけだし。いつも通り、ごはんを強請りに行きましょう。
ドアはどう頑張っても開く構造じゃないから、ひとまず窓を無理やり開ける。そのままバルコニーの柵を伝って、屋根に登った。
「……フンッ」
景色は悪くない。今日は寝坊したから、もう日はすっかり上がっているけれど。海はキラキラ、中庭の木々はそよそよ。あと屋根あったかい。あったかくて……ねむ……。
ブォン! ブォン!
寝そうだったのに、風を切る音で目を覚ます。中庭の方を覗き込むとトマスさんが凄い勢いで素振りしていた。そこにエドがやってきて、何やら談笑している。
「ん? ノラか? ……全く、まだ寝ているらしい」
「……」
「いや、今日は俺のせいじゃないぞ?」
今日は、じゃなくていつもだと思いますが。そんな虚勢張るとティエラエールのお二方にまた揶揄われますよ。
……と言いますか。
渡り廊下を使ってうまく降りる。足音を立てずに近づいて、エドに飛びついた。
「うわぁ!?」
「ンニャニャー!」
一瞬警戒したトマスさんが、剣を下ろす。エドは目を見開いた後、情けないデロンデロンに溶けた顔で抱き寄せてきた。ちょっと、勝手に。
「人懐っこいな、お前は」
そんな顎下を撫でて、髭の後ろまで……。
「ンナァゴ……グルグルグルグルグル」
「そうか、気持ちいいか」
うーん、テクニシャン。私じゃなかったら浮気ですよ浮気。トマスさんはなんか苦手そうな顔で遠ざかっていった。私だからか、それとも猫だからか。といいますか……。
「フシャーーー」
「すまんすまん。つい、な。……お前に似た可愛い奥さんがいるんだ」
いや、私がその可愛い奥さんですが。
「……それにしても似てるな。飼ってはダメだろうか。ノラが拗ねるか?」
私の脇を掴んでマジマジと見つめてくるエド。ちょっと、そんな人のことを嫉妬深いみたいに。
しばらくしてエドに飽きて、厨房に行くことにした。猫の姿では追い出されるかしら、とも思ったけれど、杞憂に終わった。
「どこから来たのぉ~?」
「ほら、この小さい魚食べるかい?」
「がわいいなぁ」
文字通り猫可愛がりされた。おじさんもおばさんも目じりが垂れて落ちそうになっていた。野良の頃だったらこれだけで三日は食べなくても大丈夫なくらいたくさんごはんをもらった。
そうしてまたぶらついていると、屋敷が騒がしくなってきた。私が朝ごはんも食べずに出かけるわけがない、とどこにいるのか心配しているらしい。ロッソメイド長でもわからないなんてこの世の終わりだ……ってそんな馬鹿な。
「おい、ノラ二号。ノラを知らないか?」
エドが早歩きで歩いてきた。もう飼う気満々ですか?
「行方不明なんだ。あいつが、飯も、食わずに……」
酷い顔。血の引いた顔色に、震えた唇。そんな不安そうにしなくても、ここにいますよ。
なんだか見ていられなくて、鼻先をペロリと舐める。……ん?
ボフン!
徐々に煙が晴れて、目線が変わる。エドのぽかんとした顔が面白い。
ひとまず、グーパーグーパー。うん、人の手だ。
「戻った」
「はぁ!? …………戻った、じゃないだろうがこの馬鹿!!」
その後、心配性のエドが隅々までチェックして頭を抱えていたのだった。
もっと慌てろと言われたけれど、焦るも何も前世の姿だし……。まあ、神がいるならこんなことが起こってもおかしくはない、わよね。久々に動きやすくて楽しかった。




