64. 美味しいごはん、誰と食べるか
……なぜ、気づけなかったのだろう。
あの子供は、あの辺では珍しい、金髪だった。瞳も今ほど鮮やかではなかったけれど、赤褐色で。
カバンに背負われていたような小さな頃、あの子は同じくらいの年の子供に、石を投げられていた。村の人はそれを遠巻きに見ていて。
『おまえキモいんだよ』
『お母さんから関わるなって言われてるんだ』
『こっちくんな。どっか行けよ!』
最初は生きづらそうだと思った。まるで私みたいだって。
次に私にお刺身をくれた時、可哀想だと思った。人間なんて食いものだと思っていた私が、興味を持ったのは初めてだった。
……それから、公園だったり、お店の裏だったり、子供とは少しずつ会うようになった。私も逃げなかった。子供は会うたびに少しずつ、ポツリポツリと語った。
母親と二人でボロアパートに暮らしていること。父親は知らないこと。多分外国人なこと。母親は帰ってきたり帰ってこなかったりすること。その間は置かれているお金でやりくりすること。
よくはわからなかったけれど、小さな命が頑張って生きていることはわかった。普通の子供はガサツで虐めてくるから嫌いだったけれど、この子だけは別だった。
子供は次第に大きくなっていって、ワルになった。
あの日の夜。学校から帰っている途中のワルと会った。いつものように撫でられて、手のひらを舐め返した。それで、別れたはずだった。
夜道の中、こちらへ向かってくる車の音が異常だった。考えている暇はなかった。
『え?』
走って、ワルの背を押した。強い衝撃がした。
死に際に、誰だかわからない、女の人の声がした。
『あなたは、この男に命を捧げられる?』
と。
私には番も子供もいなかった。色々な人と浅い関係を持ちつつ、自分が生きのびるためだけを思って生きてきた。だけど、私は、ワルが。
ただただ、好きで愛していた。
猫とか人間とか関係なくて、ただただ生きていて欲しかった。笑っていて欲しかった。
『じゃなきゃ今、体が勝手に動いていなかったでしょうね』
幻聴にそう返した。その後何かが途切れ途切れに聞こえて、そのうちに真っ白いモヤに包まれた。
今ならわかる。エドとワルの顔は、瓜二つだ。いや、同じというのが一番しっくりくる。
……田舎にあんなトラック、異常だった。夜道で光っていなかった。あの世界でのワルも、少しおかしな存在だった。子供なのに、どこか少し諦めていた。
降臨祭の時見かけた銅像は、エドに、ワルに、似ていた。そしてエドは、私とこの世界で生きている。
……本来、私が転生するのではなかった。
私は、この人の予定された転生に巻き込まれたんだ。
この世界の神からの、あの質問は、そのためにあった。
そしてその答えは、今も変わっていない。
*
「おい、聞いてるか。……ノラ?」
エドがこちらを覗き込んでくる。急に黙ってしまった私を心配しているようだった。
「……あなたと私は、縁があるわね」
「ああ、そのようだな」
エドは覚えていないようだから、私は何も言わない。今世でさえ辛いのに、前世の辛いことまで、思い出さなくたっていい。
ただ、これは必然で、私はあなたを守りきれた。
「ねぇ、恩を感じていたんでしょう?」
「…………ああ」
エドの口元が引き攣る。額に手を当てて下を見た。
ええ、その予想通りですよ。
「ごはん、作ってくださいよ」
エドは、呆れたように、でも嬉しそうに笑った。
「っやっぱりまたそれか!」
だって、あなたがくれて、一緒に食べるごはんが、今も昔もずっと、一番美味しいんだもの。
……だから、私は。




