58. なにそれ美味しいんですか?
「さぁ、行きますわよ。陛下、また少し後に」
「今から戻ってくるのが待ち遠しいよ」
「私も恋しいですわ」
ではなぜ私についてこようと……?
これから十年会えなくなる恋人かというような会話に辟易としながらも待った。私偉い。
二人で広間の方へ移動する。
「陛下と何をお話ししていたのかしら?」
ソファに腰掛けてすぐにそう聞かれた。真剣な顔に、なぜついてきたのかがわかる。この夫婦、何も変わっていない。
しょうがないので要約して伝えるとホッとしたような顔をした。
「そう……」
あれだけ、いちゃついておいて、なぜいまだに心配になるのか。逆に心配だからいちゃついているとか?
「私はあの方に出会うまで、恋を知らなかったわ」
「恋……ですか」
唐突に語り始めるカミッラさん。私はそんなものはしたことがない。
話を聞いても、ロマンス小説か破滅への一歩としか思っていませんでした。正直今もそう思っています。
「その表情は、あまり良いものだとは思っていないのね」
「……そうですね」
お母様や、殿下達を思い出して少し憂鬱になるくらいには。けれどそんな私を置いてカミッラさんは話し始める。
「恋は素晴らしいわよ。あのお方と初めてお会いした時、私の世界は色づいたの」
思い出すように、頬を染めてうっとりとしている。
色づく、ねぇ。私の場合はお腹が満たされましたが。魚串の味を思い出すとよだれが出てくる。
「あの日、運命に引き寄せられるように、目が合ったわ」
……偶然では?
「なんて綺麗な人かと思ったの。そうしたら陛下の方から近寄ってきてくださって、求婚されたわ」
俗に聞く一目惚れってやつですか。早い上に押しが強いですね陛下。
「もちろん戸惑ったわ。けれど、あのお方が全て整えてくださって……」
それは整えたのではなく、整えさせたの間違いです、多分。
「嫁いでから、嫌がらせや大変な目にあった時も陛下の支えがあって、妻として頑張れたわ」
……一通り聞いて思う。私は今何をしているのだろうと。ああ、エド様のごはん食べたい。
まあ、でも、これから私も社交界や貴族社会で様々な悪意に晒されるのでしょうね。舞踏会で大立ち回りをしたことで、今はないけれど。人はすぐに忘れるから。
「ねぇ、あなたは殿下を愛しているの?」
「……ええ、大事な人ではあります」
「そう」
カミッラさんは私を見つめて続ける。
「人って不思議よ。私のように恋から始まる人もいれば、愛から始まる人もいる。恋だけで終わったり愛のみの場合もある」
そこには、一人の恋と愛を知る女性がいた。
「あなたがもし恋に落ちたときは、必ず相談に乗りますわ。相手が殿下以外でしたら許しませんけれども」
……いや、身勝手すぎませんか? 自分は婚約を破棄したくせに。
でもまあ、きっと、エド様以外にすることはないでしょうから、別にいいですけども。せっかく少し感心していたのに。
そのまま惚気を聞かされ、応接間に戻るとエド様もぐったりしていた。
「じゃあまたくるから〜」
「二度とくるな」
「三度でも四度でもくるさ」
「ふざけんな」
そうしてまたお二方は嵐のように帰って行った。イヤリングを返すのは世界会議の時でいいとかなんとか。世界会議は来年の秋なわけだから……。
これって強制的に春に結婚する羽目になっているのでは?




