52. 貴方が、お前が、眩しい
「…………」
「エド様!」
「っ! ……ノラか。どうしたんだ?」
エド様は、貼り付けられていた笑顔が取れて、まるでお面のように表情を失っていた。
そのまま、透き通って消えてしまいそうな。
「どうしたんだって……エド様こそ、ですよ」
「ん? ああ、手洗いに行くつもりだったんだがな。紅茶を飲みすぎた」
異様さに、思わずそう返してしまって、失敗した。
「……エド、私の前でその顔をしないで」
一歩一歩、ゆっくりと近づいて。陽光の中に佇むその人を抱きしめた。目と目を合わせる。
エドは腕を迷わせて、私は頷いて。強く抱きしめ返したまま、崩れ落ちた。
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「……どう接したらいいか、わからないんだ」
自分が、どこにいて、何をしているのか、よくわからなかった。ただ、よくわからない感情だけが渦巻いていて、さっきまでいた場所が気持ち悪かったことだけ、覚えていた。
「……そう」
ぼやけた世界で、ノラだけが、鮮明に見える。背に回された手が酷く暖かかった。
「朧げだが、愛されていたときもあった」
日だまりのひととき、まだうまく歩けない俺を、兄上たちが取り合った。母上はそれを止めようとして、父上はそれを茶化した。泣きだした俺に、兄上たちは驚いて。三人で母上の膝にしがみついて、わんわん泣いた。
「寂しかったこともあった」
熱で朦朧としていても、咳が辛くても、父上と母上は来てくれなくて。こっそり見舞いにきた兄上たちが、仕事で忙しいのだと言った時、心が潰れそうになった。
「申し訳なく、思っていた」
父上と母上は、きっと俺よりも辛くて大変なのに、俺はいつまでたっても足手纏いで。元々病弱なのに、飯も食えず痩せ細ってどれだけ心配をかけただろうか。
「……憎んでも、いた」
兄上たちを殺した奴らを、証拠がないからと罰せず、野放しにしていたこと。家族より、国を選んだこと。俺に、関わってくれなかったこと。
「今は、わかっている。俺が間違っていて、父上と母上は間違っていなくて」
たくさんやらかして、学んだ。いや、本当はずっと前からわかっていたのかもしれない。王族は、何よりも国を選ぶのが正しいのだと。ただ一つの家族よりも、大勢の国民の方が重いなんて、当然なのだと。すでに、甘えは許されない年だったと。
「でも、一度生まれた感情を、そう簡単に忘れられないんだ」
わかっているのに、どれだけ学んでも、納得できなかった。残ってしまった俺が、王族に向いていないことを認められなかった。
こんな中途半端な俺を、ただ待ってくれている人たちに、
「俺は、どんな顔で、あの人たちの前にいればいいんだ?」
二人を前にすると、途端に小さな子供になったように感じる。王太子でなくなってしまいそうになる。キツくて、苦しい。
「ねえ、エド。私はあなたじゃないから、あなたのことはわからないわ」
……ずっと黙って聞いていたノラが、口を開いた。
「きっと、それは陛下と王妃様も同じ」
「だから、その顔でいましょうよ。エドが、良い子でいる必要なんてないのだから」
俺を見つめる黄水晶が煌めく。艶やかな黒髪が光を反射した。
……ああ、俺は、お前が眩しい。
「さて、戻りましょう。あ、お手洗いでしたらこのまま一人で行ってきてくださいね」
「……一緒にいくやつがどこにいるんだ!」
「客観的にみれば今の私とエド様ってそれですよ」
一瞬でも、そう思った俺が馬鹿みたいじゃないか。
回されていた手がするりといなくなり、腕を解かれた。呆れたように鼻を鳴らして先に行こうとするノラに笑いがこぼれる。
ああそうだな。俺は、一人で立てる。
「それは最悪だな」
……二人で戻ったことを父上に揶揄われた。拗ねた顔を見て、母上は笑った。
ノラの言葉が腹にいる。地に足がついている感覚がして。紅茶とお菓子の、味がした。




