48. 泥棒猫にはご用心
……そこからの私は早かった。
マイルスおじいさんの家を訪ね、エドアルド様の計画を聞き出した。
随分と正面から消そうとしていて、頭が痛くなった。
国柄だとしても、あまりにも権力の社会をわかっていない。毒を持って毒を制さなければならないというのに。
『止めてくれればよかったものを』
『……師とは導く者。自分で気づかなければ意味がないですからな』
『あくまで、味方ではないのね』
『学びと権力を結びつけてはなりません』
でもやっぱり情があるのか。計画には確かに、エドアルド様のための抜け穴があった。
聞かなければ教えない。逆に聞けば教えてくれる。それは今回において都合がいい。
『そう。では、ごきげんよう』
……時間をかけていられなかった。どんな手段も厭わない。
次に向かったのは、伯爵邸だった。アンジェライト語で「天使は貴方と共にある」と連絡先と共に書き、それを使用人に渡すように伝えた。ついでに私の見目も教えるようにと。
連絡先にしておいたバールにいれば、すぐに返事は返ってきて、物事は円滑に進んだ。使用人には金貨を渡し、夜中に離宮を抜け出して、密会に臨んだ。
『ええ、はじめまして。私は、エレノア・ウェルズリーと申しますわ』
『ウェルズリーというと、アンジェライトの侯爵家の……』
『ええ。取引、しませんこと?』
エドアルド様を亡き者にするよう母国に命じられていること。そのために国外追放され、困っているふりして懐に潜り込んだこと。エドアルド様は私を信用していること。国内の味方を探している間に末端から、クーデターの真相を知り、協力を仰ぎにきたこと。
そんな嘘でしかないことを、私の名前と経歴を出せば、伯爵はすぐに信じた。
『では、アンジェライトが味方についてくださる、と?……』
ずっと機会を狙っていたこと。ゆくゆくは国を乗っ取り、最強の海軍を使った軍事国家にしたいこと。
全てを聞いた上でそれらしい返事をすれば、伯爵は喜んだ。私が国外追放され、そんな決定権はないとも知らずに。
彼は自分の執務室の金庫から毒を取り出して、私に手渡した。
*
「……大至急、資料を持ってきてください」
伯爵の前を離れ、トマスさんに小声でそう伝えた。衛兵と交代したところで、くるりとターンして中央に戻る。
そして毒の瓶を掲げた。胸元に入れていてもバレない、まるで香水のような小さな瓶。
「まず皆様、毒の心配はありませんから、ご安心を」
安堵の声が聞こえる。そして同時に、私を怪しむ声も。
「この瓶は、伯爵から渡されたものです」
デタラメだ、と伯爵は言う。可哀想にお顔は真っ青。ええ、そうね。これだけではなんの証拠にもならないわ。
「こちらをご覧くださいまし」
毒の瓶をエドアルド様に渡し、ポケットから伯爵家の紋章が入ったシグネットリングを取り出す。封蝋や証明に使う、一家に一つ、この世に二つとない物。
これで言い逃れができない。貴方は私と会っている。
伯爵は顔色を失った。
……驚いたでしょう。ないと焦っていたものが私の手の中にあるのだから。
「なぜ私が持っているのか、それで全てがわかるでしょう」
見ず知らずのノラ令嬢を、信用してはいけませんよ。手癖が悪いかもしれませんから。
「……あとは、どうぞ」
そうエドアルド様の耳元で囁いた。私にできることは、嵌めるきっかけを作ること。ここから先は私の出る幕はない。出てはいけない。呆然としていたエドアルド様は目を瞬かせ、奮い立った。
「なるほど。そういうことか」
そのうちにトマスさんが資料を持ってきて、伯爵やその一派は追い詰められていった。
今宵再び、舞踏会は断罪の場となった。けれど断罪されたのは、私ではない。
……伯爵達は牢に入れられ、また優雅な音楽が流れ始める。
「ねえエドアルド様」
「なんだ」
「帰ったらご馳走作ってくださいね」
最後に一曲踊っていかないかと言われたけれど断った。周りの貴族が私のことを探ろうとしていて煩わしい。
そんなところにいるくらいなら、私は家でごはんを食べたい。
「ご馳走だったら、もうすぐだな」
「もうすぐ、とは?」




