47. ノラ踏んじゃった
「この間夜に勝手に出かけていたらしいな?」
ぎくり。
舞踏会に向かう途中のゴンドラでエドアルド様に睨まれる。
あ、これ逃げられない状態で叱ろうと今まで言わないでおいたってことですね。
「危ないからやめろ。いくらマーレリアの治安がいいからって、流石に怒るぞ」
もう怒ってるじゃないですか……。色々と事情があったんですよ。後で全部話しますから。
エドアルド様の小言を子守唄に寝ていると、いつのまにか会場に着いていて。正門の前で別れた。
今日はまずロッソ子爵家の養女として入場し、その後ファーストダンスでエドアルド様と踊ることになっている。つまりはお披露目兼女避けである。
正直、舞踏会は嫌いだけれど、しょうがない。
「ロッソ子爵家のおなりです」
隣の当主様……ロッソ夫人の息子さんのぎこちなさが目立つ。あまり舞踏会とか来ないのね。
さすがは商人の国なだけあって、会場には混血が多く見られ、外国人である私も浮かない。
……とはいえ今の時期に新入りというのが目立たないわけもなく。でも私は周りの貴族の反応よりも、壁際の料理が気になる。
そうしている間に一曲目が流れ始めた。
「私と踊っていただけますか?」
「ええ。喜んで」
目の前にきて傅いたエドアルド様の手を取る。
いつぶりかしら、ダンスの申し込みなんて。
「……足踏まないでくださいよ?」
「おい馬鹿、するわけないだろう」
小声でくすくすと話す。エドアルド様はちょっとムッとした。下手くそのくせに。
でもさすがは王太子。こっそり私がリードしてるとはいえ、一般貴族よりは上手い。
さて、例のあれは……。
「っ!」
「……すまない」
私が少しリードを忘れた時、エドアルド様が足を踏んだ。ちょっと、痛いのですが!?
とかなんとかありつつ、周りにはバレずに終わった。
ウェイターに差し出されたグラスをとって、エドアルド様に渡す。もちろん、私の分も。
……そうして少し、口に含んだ。
「飲まないで!」
エドアルド様の手を振り払う。ガシャンとグラスの割れる音がした。
「は?」
少しの静寂の後、会場は騒然とし、ワインを飲んでいた者は慌てふためく。
「あのウェイターを捕まえろ。今この場にいる者全て、ここから出すな」
近くの壁に立っていたトマスさんが命を受けて駆け出した。
ふらりと倒れ込むと、エドアルド様が抱えてくれる。
「っエレノア、エレノア、しっかりしろ、ノラ!」
悲痛な声。必死な顔。ごめんなさい。
「エド、アルド様……」
弱々しく、一人の貴族を指差す。
狼狽えてはいるものの、他の貴族のように我が身を心配しているわけではなく。冷静に状況を見極めようとしている。
「……説明してもらおうか」
「何を仰っているのです、殿下。その娘も、なぜ私を?」
それは、大貴族が一人、ロレダン伯爵。十四年前のクーデーターの、黒幕。
「そうだな、今は証拠がない。だが、疑わしいのも事実だ。……捕縛しろ」
「こんなことをして、毒を入れたのが私でなかったらどうするおつもりですか?」
捕縛されたのを確認し、心の内で笑う。
「……ええ、そうですね。毒を入れたのは貴方ではありません」
エドアルド様の腕の中からするりと抜けた。
本当にごめんなさい。……でも、敵を騙すなら味方から、と言うでしょう?
ヒールを鳴らし、軽やかに、踊るように、捕縛された伯爵の前へ行く。
「貴方は、エドアルド様のグラスに入れるよう、私に毒の瓶を渡しただけ」
夜更けの密談で。十四年前捕まった下級貴族と同じように。
……ただ、残念。私は、策略とは無縁の没落してしまうような商人ではありません。
「さて、答え合わせといきましょう」
宗教と権力の国、アンジェライトの元侯爵令嬢です。
*
『エドアルド様が、私の冤罪を晴らそうとしたように、私も貴方の復讐に付き合う権利があります』
あっかんべをした後、エドアルド様の前で、目を見てそう言った。
『自分だけ一人でやり遂げようとするとか、ずるいでしょう!』
『ず、ずる? お前は、冤罪を晴らすのを望んでなかっただろうが』
『エドアルド様だって私を復讐に巻き込まないようにしてるじゃないですか!』
あの冤罪の時、私は何も思わなかった。むしろ嬉しかった。けれど、エドアルド様に危害が及ぶことなら、話は別。
『私だって知る必要があります。だから、まずは敵の詳細を教えてください』




