45. なぜなぜ令嬢
「ねえ、エドアルド様」
「ん?」
「エドアルド様はどんな子供でしたか?」
ブーーーー!! ベチャ。
なんの音かとエドアルド様の方を見ればコーヒーを吹き出していた。執務室でなんてことを。
「汚いですね。書類にかかってませんか?」
「だっ、誰のせいだと。急にどうしたんだ」
むせ返りながらそう言う。何か私したかしら。
ただ、マーレリアも秋本番で雨が多くなって、つまらなくて。ちょっと気になっていることを聞こうと思っただけなのに。
「飯ならともかく、俺のことを聞くなんて珍しいだろう」
「……暇なので」
「俺の子供時代の話は暇つぶしか!」
まあ、ほんの少し、いいえかなり聞きたい。最近、カミッラさんが来たり、エドアルド様について知らなすぎる事を自覚したり、怪しいこともあった。
何より、エドアルド様は私の過去を知っているのに、私はエドアルド様を知らないのは違う。
「で、どんな子供だったんですか?」
「……どうもこうも、普通の子供だったぞ」
嘘だ。エドアルド様は心を許した人間に嘘をつく時、目を泳がせる。それに口元が引き攣る。
普通の、子供、ねぇ。
「ということは犬の糞を知らずに手に持って見せたりしたんですね」
「普通の子供はそんなことしないだろ!」
「殿下はしてましたよ」
「あいつ馬鹿なのか??」
いや案外すると思いますけども。殿下は特に蝶と花よと大事に大事に育てられてましたし。私は淑女として下品なことをしてはいけないと、習いましたが。
ジーっと見上げれば、エドアルド様は観念したかのように口を開いた。
「まあ、あまり体は強くなかったな。だからここで育った」
「この間も風邪引いてましたもんね」
「いやこれでも強くなったんだぞ」
ヒョロヒョロともやしみたいな幼少期のエドアルド様を思い浮かべる。ちょっと面白い。ククク。
「どんな姿を想像しているのかはわからないが、その笑顔はやめてくれ、傷つく」
でも実際どんな子だったのか、今度ロッソ夫人に家族の肖像でもないか聞きに行きましょうっと。
ソファに寝そべって、リズミカルに足をぷらぷらさせる。
ふふ、こんなのお祖母様が見ていたら反省部屋行きだわね。
「エドアルド様のご家族は?」
「祖父母は俺が物心つく前に亡くなっている。両親はマーレリア国王夫妻だ」
「それは知ってます」
「……兄上達は、十四年前のクーデターで亡くなった」
関わりの薄い我が国でも話題となっていた話だから、それも知っている。権力争いをあまり聞かないマーレリアにしては珍しい事件だった。
なるほど、これがエドアルド様の触れてはいけない部分なのね。
「ふぅん。そういえば婚約者なのに国王陛下にお会いしたことがない気が」
遠くから見たことはもちろんあるけれど。金髪でお髭の生えた王様と、銀髪で聡明そうなお妃様。
「……正式に冤罪が晴れてからで良いんじゃないか?」
気まずそうな顔をするエドアルド様。
これもしや両親とあまり仲が良くないのでは? 私巻き込まれてます?
「もうそろそろ返事送られてきますよね? イエス以外言えないやつ」
「……まあ、追々」
ちょっと、それで立場が悪くなるのは私なのですが? 追々ってそれでお会いした時にどんな顔でご挨拶すればいいんですか。
「それで気まずくなったら全部自分のせいだって言ってくださいね」
「はい……」
このままだとなんて礼儀知らずな令嬢だと思われてしまう。嫁入り先で生き抜くことにおいて重要なのは舅姑に好かれることだと、お祖母様が仰っていたのに。
「ああ、あと」
「今日は随分と聞きたがるな」
「何を企んでいるのです?」
エドアルド様が静かに瞳を揺らした。
「これからのために過去の清算を、ちょっとな」
そう言って、下手くそに笑った。
でも踏み込まないで欲しいのはわかった。だから、
「べーーーー!」
思いっきりあっかんべをして差し上げた。
ねえ、エドアルド様……




