44. おじいさんもごはんをくれる
エドアルド様は、結局仕事をしようとしてロッソ夫人に怒られてたりしたけれど、三日で全回復した……ので一緒に街の外れにやってきた。というか暇すぎて連れて行ってとねだった。最初なぜか渋ってきたので浮気かと詰めたらいけた。まあ一切疑っていないけれど。
「マイルス!」
国土が小さいからか、それとも船でどこでもいけるからか、中心部以外でも家がびっしり。その中でも一際小さな家に、学者先生はいた。
「おお、殿下……とそちらの方は、婚約者様ですかな?」
ボロ切れのような服に身を包んだはげちゃびんのおじいさんが手に何かを持ったままそう言う。
なんだかいい匂いがするんですけど、それなんですか?
「ああ、これが気になりますかな? 失礼、ちょうど遅い昼食を取っていたのですよ。お一つどうですかな?」
な、なぜそれを。
チラリとエドアルド様に視線を向ける。
流石の私も誰の前でも猫を脱ぎ捨てるわけではないですから。マーレリアに来てから随分と脱ぐことが多くなってしまいましたが。
「マイルスは俺が幼い頃の家庭教師で、知己の仲だ。口も硬い」
いかにも王族らしいわ。学者が家庭教師なんて。……のに本人は下町に馴染んでいるのが少しおかしいけれど。
「おい何か失礼なこと考えてないか?」
「いいえ、何にも。下町に馴染んでるなんてそんなこと思ってませんよ?」
「思ってるんだな? こいつ……」
さて、ムッとしているエドアルド様は置いておいて、バケットを受け取る。
……上に乗っているこの白いのは何? 魚の匂いがする。
「これは干し鱈のペースト、バッカラ・マンテカートですな」
マンテカートって練ったって意味よね。確かに液体というよりはねっちりしてるわ。
「酒のつまみに食べることが多いんだが……呑んでたな?」
「気づけ薬ですよ」
「なわけあるか!」
ワインが気づけ薬、ね。ちょっと鼻が赤くなってますよマイルスおじいさん。
「じゃあいただきます」
ふわっとまろやか、そして鱈の旨みがじゅわっと。ニンニクが入っているのはもう当たり前。それでいてこれは……玉ねぎ?
とにかく、カリカリのバゲットに合う……。
「もちっと食べますかな?」
「食べる」
「はいどうぞ」
このおじいさんも、ごはんをくれる人!
エドアルド様が甘やかすなとかなんとか言っている。いや、普段一番甘やかしているのは貴方でしょう。おかげですばらしい海鮮料理生活を送れておりますが。
「これ一体どうやって作ってるんです?」
「水に戻した干し鱈を牛乳とオリーブオイルで煮てペーストにしている。家庭でも作るが、飲み屋で食う方が多いかもしれないな」
冬になるほど干し鱈は美味しくなるらしい。まだ秋なのになぜあるのかと思えば輸入品らしく、北方はもう寒いのだとか。
「ん? 結局何をしに来たんですか?」
「……殿下はたまに訪ねてきては私に他国の話を聞くのですよ。私は元々他の国から亡命してきたものですから」
亡命……。そんなあっけらかんと言うことなのかしら。
「いやーあの頃は若かった!」
「笑い事じゃないだろう」
「まあでも殿下は真面目ですから。可愛いオネエチャンの話などではなく、政治形態についてなどですから安心してください」
いや、その点はまったく心配してないです。なんといってもヘタレですし。いい年して人の採寸だけで赤くなってしまう人ができるわけもない。
「飯の話は出ないぞ」
「じゃあ外で遊んでます」
「遠くに行くなよ、トラブルを起こすなよ」
「わかってますよ煩いですね」
「お前には前科がある」
ぐっ!
こうして家の脇のひなたで昼寝をしていた。櫂は水をかき分ける音で少し覚醒する。
「あの件について二、三個聞きたいことがあって来た」
「ほぉ、なるほど。これでしたら……」
エドアルド様とマイルスおじいさんが何か話している。耳はいいはずなのに、水路を通る船の音で聞こえない。
「あの子を、巻き込むつもりですかな?」
「まさか、そんなわけないだろう。巻き込まないために、予定を早めたんだ」
「本当に巻き込むしかないなら、その時は……」
まさか、捨てるなんてないですよね? ごはんはごはんでも、私はエドアルド様がいい。
……そう思い家の中に入った時、二人は何食わぬ顔で政治の話をしていた。




