41. ウェディングドレス??
「ノラーーー!」
エドアルド様が私を探す声で、目が覚めた。
心地の良い陽気の中、ぼぅっと中庭の木々を見上げればいつのまにか黄金色になり始めている。
「おい、起きてるなら返事くらいしてくれ」
「……ううん、なんですか。今日は特に用事はなかったはずですよね?」
「急遽用事ができた」
なんだか上機嫌なエドアルド様。
今年最大の魚が水揚げされたとかです? でも競りは朝で、今はもう午後ですよ。
「魚関連じゃないぞ」
「じゃあ寝ます」
「寝るな」
ごはん以外でそのエドアルド様は大抵碌なことがありませんから。私が恥ずかしい目にあったり拘束されたり……。
「結婚式のドレスの採寸と打ち合わせをする」
「……流石に気が早すぎませんか?」
私この間婚約を承諾したばかりだったはずなのですが。カミッラさん達に影響されたんですか?
そんなに目を爛々とさせないでください。私は今自分が記憶喪失にでもなったのかと悶々としてますよ。
「オーダーメイド且つ最高品質なんだから、時間がかかるだろう。なんならもっと早く動きたかったところだ」
ああそうだ、この人中庭で大声で婚約者を探したりしているけれど王太子殿下だったわ。流石に結婚式は豪華にせざるを得ないわよね……。
「というか、元々ウィリアム殿下との結婚式で着るドレスを作っていたんじゃないのか?」
「そういえば、予定通りなら卒業式の翌月でしたが、何もなかったですね」
「何も?」
「ええ、一切何も」
考えてみるとドレスの話が来ない時点で、私と殿下の破談は決まっていたのかもしれない。なら早く教えてくだされば、もっと早くエドアルド様に会えたかもしれないのに……。
「……とりあえず、デザイナーが待っている部屋に行くぞ」
「いや、だからって張り切らないでくださいね?」
「あの馬鹿王子を後悔させてやろう」
ああ、火がついてしまった。引火してしまった。めんどくさい……。
こうしてエドアルド様に連行されてしまった。
「まあま、可愛らしいお嬢様だこと!」
そこにいたのは、アナグマのような雰囲気のご婦人。小さな眼鏡に腕抜き、腰には針刺しが。後ろでまとめ上げた白髪には品の良いメッシュがちらほら。
ロッソ夫人とは違った系統の歴戦の女性だわ。
「これは失礼。あたしはフィオレ。そこそこ名前の売れたデザイナーさ。マダム・フィオレと呼んでおくれ」
耳にしたことがあるようなないような。でも、雰囲気でわかる。只者じゃないわ。
「はいじゃあまずは胸囲からね」
エドアルド様がバッと自分の目を隠す。そんな測るだけなのに照れなくても。だから煽られるんですよ。
そんなことを考えている間に一瞬で測り終えられ、ウエスト、ミドルヒップ、ヒップ、腰丈、手首まわり……その他もスルスルと。手が凄まじく早い。しかも全て終わってからメモをしている。匠の技だわ。
「しなやかで筋肉質ないい体だ」
「はぁ……ありがとうございます……?」
ほらエドアルド様、もう終わりましたからそんな耳まで赤くしていないで。王太子殿下としての尊厳を保ってくださいよ。
「ふむふむ……思いついてきた思いついてきた」
マダム・フィオレはそう叫ぶと、こちらのことなんてそっちのけで、ペンを取りスケッチブックに凄い勢いで描き始めた。
見る見るうちにドレスが描かれてゆき……あっという間にラフスケッチが完成。
「しなやかな体を強調し、クラシカルな雰囲気にする首元までのレース。レースはマーレリアの工芸品でもあるしね。……とくればAラインがいいだろう!」
「ほぉ……じゃあベールとかは……」
私よりもエドアルド様の方が真面目に考えているけれど、まあそれでいいかしら。私あまりよくわからないもの。
ああだけどベール、か。
「ノラは何かあるか?」
「……マーレリアに、サムシングフォーはないんですね」
母国では定番だったサムシングフォー。古いもの、新しいもの、あやかるもの、青いものを身に纏った花嫁は幸せになれる、というもの。
確か、お婆様がヴェールを取っておいたと仰っていたっけ。でも、まあ無理ね。
「というと、何か受け継いだものがあるのか?」
「ありますけど……、取りにはいけませんし。別に思い出しただけで」
「いや、あるなら行こう。……マダム、すまないが、それに合わせたものに変更してもらうかもしれない。いいか?」
マダム・フィオレは二、三度瞬きをして、
「それは大切ですからね。もちろん構いませんよ」
と言った。
え、里帰り、しなきゃなんですか? いつ?




