39. 犬どころか猫も食わない
「へ、陛下!?」
シルクのような長い銀髪、褐色の肌、長いまつ毛に縁取られた紫水の瞳。なんて、噂には聞いたことがあったけれど、嘘じゃなかったのね。
まるで常夏かのように胸元の空いた異国情緒のある服。じゃらじゃら鳴らさないのが不思議なほどの装飾品。
「俺が悪かったよ。もうカミちゃん以外を迂闊に褒めたりしないから」
「わ、私、悲しかったですのよ」
「ああ、ごめんよカミちゃん」
先ほどまで絶望していたくせに、カミッラさんはもう旦那様の腕の中に。すっかり二人の世界に入り込んでしまっている。なんて甘ったるい。
「俺が愛しているのはカミちゃんだけなんだよ」
「し、知っていますわ」
「カミちゃん……!」
お茶菓子をつまむ気にもなれない。胸焼けがしそうになりながらも、ポカンと呆気に取られているエドアルド様をツンツン。
「あれ多重人格か何かですかね」
「俺の知ってるあいつとカミッラじゃない」
「なるほど二人してそんな感じなんですね」
うーん、似たもの夫婦なのか、それとも夫婦だから一緒に盲目になっているのか。
「しばらく放っておくしかないな、これは」
「そういえば、カミッラさんはなぜここを知ってるので?」
「……荒れていた頃に、ちょっとな」
本当にロッソ夫人が言っていたことをやっていたのだったら、婚約者様はブチギレますよね。それこそ家に乗り込むくらいには。
そんな風に話していたら区切りがついたらしく、やっとこちらの存在に気づいたらしいお二人方。
「ゴホン、余がティエラエール第十八代国王、カルロス・アウストラシアだ。そなたは……」
「お初にお目にかかります。私はロッソ子爵家養女のエレノア・ロッソと申します」
私も立ってカーテシーを。面をあげよ、と言われたのでスッと戻ると握手を求められる。こういう時にキスでもして家出されたのでしょうね。
「おい、それ以上こいつに触るな」
なんて考えていると、エドアルド様に引き寄せられた。
「おやおや、やーっと童貞卒業したらしいエドアルドきゅんじゃないか〜」
「さっきまで無視してたくせにそれか!」
「……え? そこで照れないってことは、まだなの?」
ん? これがカルロス陛下の素らしい。そしてエドアルド様は固まった。
「一緒に住んでるのに? 婚約者なのに? 不能とか?」
「だーーーうるせえ!」
プークスクスといった具合で馬鹿にされている。ものすごく馬鹿にされている。
「てかどこで知ったんだ、それ」
「外で剣を振りながら門番していたお付き君だけど」
「トマス……」
あの人ほんっとうにそういうのが下手くそだわ。
しょうがないので事の経緯を話すことになった。まあ今知るか後で知るかだろう、と。
「……なるほどねぇ。振られた上に新しくできても童貞なんて可哀想なエドアルドきゅんのために、一肌脱いでやらなくもないよ〜」
「誰のせいだと思ってんだ、てめぇ」
「えーーー、俺の溢れ出る魅力?」
「クソ喰らえ!」
わあ、お口が悪い。さすがヤンチャしていただけありますね。
仲がよろしいようで何より。エドアルド様がほぼ対等に話せる人なんてほぼいませんものね。
「まあでも、手を貸してくれるのならありがたい。見返りはなんだ。口約束はしないぞ」
「はいはい、これだから商人王子様は。続きは書簡でやろうじゃないか」
こうして散々エドアルド様を弄り、イチャコラして二人は帰って行った。ちゃんとお忍び用の船やマントで身元は隠してきたらしくそこだけは何より。
「嵐のようでしたね」
「もう二度と来ないでほしい」
「あれまた来ますよ、絶対」
でも、やっといつもの平穏が戻った。なんとなく、エドアルド様におでこを押し付ける。
私の物のくせに他人に弱すぎでは? 貴方を煽っていいのは私だけなのですけども。
拗ねているのに気づいたのか、エドアルド様が撫でてくる。
「ごめんな、煩かっただろう」
「ええ、とっても」
「今度何か作るから許してくれ」
「じゃあ許します」
それにしても災難な日だった。夫婦ってああいうものなのかしら。見たことないからわからな……。
「ん? まて、カミッラとのあれは、嫉妬からか?」
なんてエドアルド様が仰ったものだから、思わず距離を取る。
「嫉妬だったのか?」
「そんなことしませんけど? 勘違いで嬉しそうにしないでくださいます?」
玄関で話しているのも馬鹿らしくて、さっさと執務室に戻る。いや、このエドアルド様は鬱陶しいから中庭で昼寝にしましょう。そうしましょう。
「ノラも、実家ならぬ国に帰ったりするか?」
後日エドアルド様お手製プリンを食べていた時にそんなことを聞かれたものだから、
「母国に帰るとか嫌ですよ。あそこ海鮮ないんですから」
とだけ返しておいた。
それにしてもこのプリン美味しい。素朴で優しいお味。いつのまに作っていたのかしら。




