38. キャットファイト勃発
「待ってくれ、立ち話もなんだ。応接間へ行こう」
「あら、別に私は構いませんことよ?」
早く説明しろ、と顔に書いてある。
それにしても、エドアルド様はカミッラさんに対して強く出れないようですね。元婚約者様だからですか? うん?
「……これは失礼いたしました。私はロッソ子爵家養女、エレノア・ロッソと申します」
「あら、養子なんて初めて聞きましたわ」
「他国に嫁がれた後、 迎えられたものですから」
お互い笑顔で火花を散らす。値踏みするような視線も、上から目線も、なんだかとってもムカつくので。
ああ、空気になろうとしているエドアルド様、そのまま黙っていてくださいね。
「エドアルド様が仰っていた通り、ここは歓談には向きません。応接間にご案内いたします」
「まあ、随分と 知っていらっしゃるのね。今日はどうしてこちらにいるのかしら」
「こちらに住んでおりますので。執務室へは婚約の書類のために」
メイドさんに視線でコーヒーの用意をするように伝える。エドアルド様にはついてこい、とだけ。
「ああ、案内は必要ないですか? 知っているのでしたら」
「いいえ、お願いしますわ」
包まれた嫌みの応酬が一段落し、応接間へ。
絶妙なタイミングでロッソ夫人がコーヒーを出してくれる。全員と目を合わせてから、「喧嘩するんじゃない」と笑顔だけで伝えて去っていった。
……ごめんなさい。勝者は私でもカミッラさんでもなくロッソ夫人です。はい。
一気に空気が冷える。エドアルド様なんて凍えているのかと思うほど青ざめていた。まだ本格的な秋になってないというのに。
「そ、それで、不義……というのはどうしたんだ? すまないが、先ほど手紙を見たばかりでな」
冷静を装ってますけど、口元が引き攣ってますよ。カップを持ってる手震えてますし。
「そのままです。あの人が浮気したので家出してきました」
スッと死んだ目になって、地を這うような冷めた声でそう仰るカミッラさん。エドアルド様の顔色が青どころか白になっている。
「な、ならまずは実家に帰るのが筋じゃないか?」
「門前払いされることくらいわかっていますわ」
それはそうですよね。外交問題に発展しますよ。
「じゃ、じゃあ何故我が家に?」
「あのエドアルド殿下に婚約者、それも出どころ不明なお相手なんて噂を耳にしたものですから。騙されているのではないかと思いましたの」
確かにそこまでだと怪しさ満載ですけれども。
……だからあんな見定めるような視線を。でも全員冷静になったところで、なんとなくわかる。この人、別に「この泥棒猫!」という感じの敵意じゃないわ。どちらかといえば……小姑?
「トマスが隠すような素振りをするから一体何があったのかと思えば……まさか一緒の家に住まわれていただなんて」
「ああ、まあ、色々あってだな」
元凶はトマスさんですか。詰められて慌てた結果、変な素振りをしたに違いない。
「こっちのことはどうでもいいんだ。浮気って一体何があったんだ?」
記憶通りならあいつはカミッラを溺愛していたはずだが、とエドアルド様。
あいつって……ティエラエールの国王陛下ってどんな方なのやら。
「わ、私を愛しているというくせに。メイドや女官、ひいてはお婆様にまで、かわいいやら美しいやら素敵って仰るのよ!」
美しい顔が徐々に歪む。少し乱雑にカップを置いてそう叫び、ズシャァァァと、テーブルに崩れ落ちた。
「これどう思います?」
「いや、誠実ではないとは思うが、不義というほどでは」
「ですよね。痴話喧嘩ってやつですか?」
ついエドアルド様とヒソヒソと話してしまう。
犬もくわない喧嘩で外交問題に発展されてはたまったものじゃないのですが。
なんて、どう声をかけようか迷っていた。
「エ、エドアルド様。お客様が……」
「……またか?」
そこで応接間のドアが開く。つい一時間前とそっくりな……。
「ゴメンよ、カミちゃぁ〜〜ん!!」
!?
響くのに情けない声。半泣き状態でやってきた、見るからに高貴で色気のある男性。
……ティアラエールはアポなし訪問の文化でもあるのかしら。




