34. グッバイ、浮かれポンチ共
「エレノアはウェルズリー侯爵家の娘であり、私の婚約者だったのだが……醜い嫉妬から、聖女であるアリアを虐げたんだ」
アリアさんの肩を抱き寄せ、私を指差して大声で仰る殿下。早速全部ぶちまけたものだから、思わず目が点になる。
「ほぉ、どのように」
「階級の下の貴族に無理やりやらせ、自分の手は汚さないという卑劣なやり方でな。ドレスに針を仕込んだり、穴を開けたり……」
全部記憶にございません。そんな無駄なことをするくらいなら昼寝をします。
「しかし、それをエレノア嬢がやったという証拠はあるのか?」
「あるに決まっている!」
「どのような?」
エドアルド様は静かに淡々と、まるで世間話かのように畳み掛ける。部屋の中は、余裕のあるエドアルド様が優勢の空気になっていた。殿下のこの焦っている口調。流石にそれを感じ取ったのだろう。
「他の令嬢の証言がある。それに影がそれを否定しなかったのが一番の証拠だ」
……そこまで口を滑らせます? 影なんて暗黙の了解ですよね? エドアルド様なんて我慢できずに口角が一ミリ上がってしまっていますけれど。
はぁ、そんな勝った、とでも言いたげな表情やめた方がいいですよ。負ける兆候ですから。
「……それでは主観と状況証拠しかないな」
言い返されて、殿下は目を見開いて動揺する。アリアさんを抱く手に力が入っている。
「逆だ。影は冤罪であることを理解していながら、報告しなかった」
そして出てくる分厚い証拠を集めたもの達。
私に冤罪をなすりつけた令嬢方の書簡や動機、私のアリバイについてが読みづらくない程度にびっしり載っている。マーレリアの諜報員って優秀。
……ああ、やっぱりあの侯爵家と伯爵家が仕組んでいたのね。親からの指示を受けていた、と。でも書簡を燃やすところまでは教えていなかったのね。これ娘を捨て駒としか思ってないのじゃないのかしら。
「なっ!!」
「エレノア様ではなかったのですか!?」
本当に私がやったと思っていたんですね。理解して利用してくれていた方がまだよかった。
証拠が出てくれば出てくるほど殿下の顔が青くなってゆく。
アンジェライトの貴族の闇を、今全て悟ったらしい。さすがにここまで言われて気づかないほどではなくてなにより。
「ご、ごめんなさい!」
「すまない……」
少々涙を浮かべているアリアさんと認めたくなさそうに悔しそうに謝ってくる殿下。
……どうやっても好き嫌いというのはあるもので。正直、謝られても何も感じない。
年相応な振る舞いしかできない人が嫌いなのは、きっとお祖母様に育てられたせいなので。別にあなた方に嫌なことをされたわけではないですし。
「わ、私は、君を、裏切ってしまった」
顔面蒼白でそう仰られてもスカッとも何も感じない。なんだかこちらこそごめんなさい。浮気されても何にも思いませんでした。それによる周りの雑音が煩わしかっただけでした。
「ウィリアム殿は自分の非を認められる素晴らしい人だな」
偉いと褒め称えるエドアルド様の瞳に賞賛はなく。ああ、もうここで格が決まってしまいましたね。殿下はもう強く出れませんよ。
「あ、ああ。どう詫びればいいのか……」
「ほぉ……詫び、か。しかしそれより冤罪を被ったままなのはよくない」
今度はエドアルド様が私の腰を引きよせる。ちょっと、足がもつれたらどうするんですか。
「なにせ、ノラは俺の婚約者でもあるのでな」
「は!?」
「えぇっ!!」
あ、そこで言うんですか。
殿下の馬鹿面。そしてアリアさんはなぜ頬を桃色に染め上げている。
「やっぱり、私そうなのじゃないかと思ってました。エドアルド殿下とエレノア様は何度も目が合っていましたし!」
「え、あ、ああ」
「素敵ですね、ウィリアム様!」
妙にはしゃぐアリアさんに、馴れ初めやら色々を聞かれる。
全部真顔でのらりくらりと躱しているけれど何この子。やっぱり嫌いだわ。あと目が合ってたのはアイコンタクトです。あなたは一生使わなそうだけれども。
「……ゴホン」
「ハッ! ついはしゃいでしまいました」
そうやってホワイトブロンドの髪を振り乱し、空色の瞳を揺らした天真爛漫な表情に何人の殿方が堕ちたのだか。まあ、エドアルド様は笑顔の裏で、むしろ話を折られて不快なご様子ですけれど。
「……これで、貴殿の敵の一部が見えてきただろう。なにかあれば、相談に乗ろう」
つまり、貴様の敵は理解している。冤罪の件をどうにかしなければわかるだろうな、と。証拠はこちらが持っている、と。この二人が理解できたかしら。できなくても、もう言いなりになるしかないからいいでしょうけども。
「では、ごきげんよう殿下、アリアさん」
もう二度と会いたくありません。人には相性ってものがあります。
そしてエドアルド様と一緒に部屋を去る。
……こんなのは小物。問題はここから。




