33. 沈黙は金なり
そしてレースは終盤を迎える。
ロッソ家が賭けていた漕ぎ手は四位だった。微妙な順位なのがロッソ家らしい。対して男爵家が賭けていた大穴の選手が一位に輝き、町中は大騒ぎ。膝から崩れ落ちる人や肩を抱き合って手を突き上げている人。上から見ているととっても面白い。エドアルド様も大穴の選手にピンと来ていたらしい。王族だからお金はかけられなかったらしいけれど。
「さ、行くぞ」
「……ほんとに行かなきゃダメですか?」
「意外だな。単身で海賊船を壊滅させたやつとは思えない。怖いこともあるのか」
「いや、単純に嫌いだから会いたくないです……」
「行・く・ぞ」
引っ張られるようにして連れて行かれる。
嫌だ。馬鹿と阿呆の顔なんて見たくない!
そうして上層の渡り廊下を通り、なるべく建物内で移動を済ませる。これも影対策。トマスさんが私の背後でびっしり警護しているけれど、安全に越したことはない。
「……ちゃんと歩けるか」
「婚約者があんな駄々をこねた子供のようにしていて困るのはエドアルド様でしょう?」
「自覚があるなら最初からしっかりしてくれ」
来賓のいる棟から見えるようになるところで背筋を伸ばしエスコートされる姿勢になる。
小さな声で軽口を叩き合っていれば、奴らのいる場所についてしまった。レースが終わったら客室に案内するよう伝えてあったらしい。
ドアが開く。嫌すぎる。
「ウィリアム殿、ボートレースは楽しんでもらえただろうか?」
「ああ、エドアルド殿。なかなか興味深……は!?」
振り向き様に、相変わらずのさらさらプラチナブロンドが揺れる。顔は……みっともなくも目を見開いて口角は引きつり。王族なのだから表情管理くらいしたらいかがです?
「エ、エレノア様!?」
アリアさんが驚いて口に手を当てた。大袈裟だこと。そんな二人してリアクションしなくていいですから。道化師にでも転職したのですか?
「天使の加護を賜りたる王太子殿下、並びに聖女様にご挨拶を申し上げます」
それでも態度には出さず、優雅にカーテシーを。私の方が立場が下なのだからしょうがない。今のところはただの子爵令嬢なのだから。重要な情報は後だしするのが基本。
「私はロッソ子爵家のエレノアと申します」
チラリと見上げる。面を食らっている二人の間抜けな表情。
「な、なぜここに」
もちろんあなた方のせいで国外追放されたからなのですが? 逆になぜわからないのです?
「彼女は外国語が非常に達者なのでな。通訳として同行してもらったのだが……ウィリアム殿はエレノア嬢と知り合いなのか?」
「え、ああ、まあ……」
どうやら私を見極めるように言われてきたわけではなさそうね。殿下の護衛としてさりげなく影を侵入させるのが目的だったのかしら。
「ご無事でよかったです、エレノア様」
「気にかけていただき、ありがとうございます」
対して理由がわかったからか、のほほんとしているアリアさん。これは本気で心配していたらしい。
ええまあ、別に、悪い子ではないのよね。世間知らずで貴族としての礼儀がなっていなくて、浮気を浮気と思っていないところ以外は。
「しかし、エドアルド殿、どうして、エレノアが、ここに」
「どうして、とは?」
「こいつはアリアを虐げて国外追放されたはずだ。なのに子爵だと?」
にこやかなエドアルド様。いまだに理解できていなさそうな殿下。まったく気にせず私の心配をしていたことを伝えてくるアリアさん。そしてそれに元侯爵令嬢らしく感情をなくして対応する私。
……この場から逃げ出したい。とってもストレスフル。
「彼女は我が国で倒れていたところを子爵家が養女に迎えたのだが……」
いけしゃあしゃあと。エドアルド様が救って餌付けして家に連れ帰った諸々の部分は全て省略。嘘は言ってませんけども。
「彼女が国外追放されるほどの大罪を犯した者だとは思えない。詳しく聞かせてもらえるか」
さて、殿下はどこまで口を滑らさずにいられるのかしら。




