24. 王子はつらいよ
ノラに避けられている、気がする。
執務室には来ないし、飯はせびりに来ない。近づくと逃げられるのはいつものことだが、ここまでとは……。
俺は嫌われたのか? 俺は、何をしでかしてしまったんだ?
「……禁酒、するかなぁ」
「いえ、エドアルド様はもっと息抜きされた方がよいかと」
間髪入れずにトマスがそう言う。ノラとは反対に、こいつは凄く機嫌がいい。
「はぁ……」
少し考え事をしている間に、商談の場であるレストランについた。
「お初にお目にかかります。お会いできて光栄です」
民族風の服から漂う煙草の匂いが鼻につく。にこやかに笑っているくせに、手をキツく握ってきた。大方こちらの反応を見ているのだろうが、そんなことで怯むとでも思っているのだろうか。王族に対して、随分と強気な姿勢だ。
貿易商であり、東方の国の有力貴族。裏で麻薬を売っているなど、きな臭い噂も耳にする。我が国にとって利となるか、それとも……。
「こちらが此度の契約書でございます」
トマスを介して受け取る。二回の瞬き。意識を混濁させるような類の香や毒は含まれていないようだ。
「我が国としてもいい返事をしたいものだが……この港を使うことは可能だろうか」
「ええ可能でございます」
「であれば、この特産品の専売権はどうだろうか。こちらもそれ相応の利益となるものを出そう」
食事と話どちらも進めつつ、少しずつ、小さな要求を飲ませていく。……それにしても、下手くそだ。俺がナイフを取れば、向こうもナイフを持つ。親近感を抱かせたいのだろうが、こちらにその思惑がわかられているようでは三流だ。
「その案件は、簡単には承諾できませんねぇ」
「それは残念だ。これにはティエラエールが一枚噛んでいる、と聞いていたのだが。……まさか、我が国との繋がりを知らないわけではないだろう」
調べていないとでも思ったのだろうか。しかし、一言目で断れていない時点で、もう承諾する他ない。
「……なるほど。承知いたしました」
「話が早くて助かる。色をつけて返すことを約束しよう。ああ、ここにサインを」
「かしこまりました」
書類を読む相手の顔が、少しずつ悪くなっていく。大方、自分が有利になったと勘違いしていたのだろうな。塵も積もれば山となる。しかし、今になって変更はさせない。
「ああ、殿下には婚約者がいらっしゃらないとの噂を耳にしたのですが。我が国の姫君はとても美しく聡明で評判でして……」
嘘をつけ。折檻を好む狂女だろうが。影どころか商人からも報告くらい受けている。
薬を売るルートが潰れたからと言って、今度は内部から腐らせようとするとはとんでもないな。
「ああ、噂はかねがね。武芸にも優れているようだな。……しかし、我が国は商いばかりだ。姫君には少々退屈だろう」
食後酒を口に運びながらそう答えた。お断りだ馬鹿野郎。
「うぇ……」
商談は無事に終わり、離宮の洗面所で食べたものを吐く。勝手に気持ち悪くなるのだから、もうどうしようもないことだ。
「坊ちゃん、お口を拭くタオルでございます」
「ああ、ありがとう。ロッソ夫人も、もう退勤時間だろう。後は大丈夫だ」
「いえ、ちゃんと残業代をいただきますからご心配なく」
慣れたものだな、俺もロッソ夫人も。
濯いだ口を拭きながら、ふとノラのことを思い出す。あいつとのディナーは、吐かなかった。
「まだお仕事をなさるおつもりで?」
「ああ、これで一つ片付いたからな」
「……ご無理なさらないように」
執務室に戻ろうとして、ロッソ夫人にそう聞かれた。俺が言っても聞かないのを知ってか、過干渉はしてこない。
まあ、後はボートレースの件だけだ。
今年は、アンジェライトの王太子も賓客として来る。長年招待状を無視していたくせに、今更だ。何か思惑があるとしか思えない……が、逆にノラの冤罪を晴らすいい機会だ。可哀想なことに年相応としか言えないあの王太子一人ならば、どうにでもなる。
「せいぜい、利用させてもらおう」
ノラは気にしていなかったとしても、俺と国が気にするからな。
……いや、その前に、本当に嫌われていないか心配なんだが。肝心のノラと話す時間がない。




