20. 暑いなら離れればいいでしょうって
「こぉんの馬鹿がァァァァ!!」
「ミ゛ッ!」
船が横につけられて、隊員が絶句して、最後に降りてきたエドアルド様はなぜか真顔になった。その後深い溜め息を吐いて、そうしてブチっと切れたのだった。
コンマ一秒で私が考えた生存方法は、逃げる、だった。
「ッコラ! 逃げ場はないぞ!」
船内を逃げまどい、追い詰められた結果、マストの柱に登る。流石にここはエドアルド様も来れないようだった。助かった。
上からだとエドアルド様のつむじがよく見えるわ。ちょっと新鮮。
「おまっ……! はぁ……もういい。なんでここにいるんだ。この海賊どもは何があったんだ」
本日二度目のため息を吐いたエドアルド様に説明すると、どんどん眉間の皺が深くなっていった。周りの隊員はドン引きしている。
「あー……こいつのことは他言無用で頼む」
皆さん頭をブンブンと上下に振って敬礼した。
どうやらエドアルド様の方は漁船のフリをして怪しい場所を巡回していたらしい。私が入っていた樽はダミーとして乗せるためのものだったのだとか。
「続きは帰ってから話そう。ほら、もう叱らないから降りてこい」
本当にもう怒っていないようで、一安心をして、降りようと……降り、ようとしたのだけれども。
「ん? どうした」
「降りられない……」
「阿呆……」
この後、無事に救出された。受け止めてやるから飛べって言われたけれど、無理で、結局途中まで登ってきたエドアルド様にしがみつく形で降りた。あと、家に帰ってからまた叱られた。
……はい、もう樽には入りません。
「でも、一番は無事で良かったよ」
けれど、なんて頭をわしゃわしゃ撫でられた。
*
「あつぃ……」
「ノラの体温が高いからだろ」
エドアルド様ってば、暑いのを人のせいにしないでほしい。
絶対原因はエドアルド様なのに。
……そうして数日後、私はまた執務室にいた。
「ちょっと涼んできますから離してください」
「嫌だ」
「なんでです」
この会話ももう何度目だろうか。
それでもエドアルド様は私を膝の上から下ろしてくれない。
あの海賊事件のすぐ後はよかった。別に、呆れて怒っているだけだったから。
でも次の日から、エドアルド様は妙に過保護になってしまった。
「目を離すと危ないことが分かったからな」
「じゃあ監視をつければいいじゃないですか」
「奇行に振り回される使用人が可哀想だ」
「じゃあエドアルド様も可哀想なので解放してあげたらいかがです?」
たまにハッとしては私の名前を呼んで、答えれば 安心した表情になって。しょうがないからちょっと近くにいておいてあげたら、今度はもっと近くにいて欲しそうにして。
……とうとうこうなってしまった。
「俺には拾ってきた責任がある」
人のことをそんな捨てられた動物みたいに。実際に国から捨てられましたけども。
「あーあー、わかりましたよ。それで、まだ子爵家の養子になれないんですか?」
「もうそろそろサインを書くよう渡すから待ってろ」
子爵家の養子になれば、この膝上軟禁生活も終わったりしないだろうか。正直、こういう優しい人の執着ほど怖いものはない。
「ねえエドアルド様、なにか冷たいものありませんか?」
「この書類が終わったらおやつにしよう。ジェラートでも食べるか」
ジェラート!
今日のは何かしら。ピスタチオ? それとも果物系でソルベットかしら。
……それにしても。
「あづいぃ」
「は、離れれば、よいのでは?」
ぐいっと伸びた時、トマスさんが入ってきた。首にはタオル、手には大量の書類。おそらく重すぎて持てない側近さんの代わりに持ってきたのだろう。
ほら、トマスさんもそう言ってますよ。
じいっと問い詰めるように見上げると、エドアルド様は目を泳がせた後、観念したように口をへの字に曲げた。
「……怖いんだ。どこかに行ってしまいそうで。っ業務に支障が出るんだから、囲うのもしょうがないだろう!?」
あ、開き直ったわ。さっきまで私や人のためみたいに仰ってたくせに。
「大丈夫ですよ。ちゃんと帰ってきますから」
まあ、ならいいわ。また何度も戻ってきてあげればいいのだから。
ぬるっとエドアルド様の腕を抜けて膝から下りる。
「じゃあ私ジェラートもらってきますから。エドアルド様は何味がいいですか?」
それにしても、人間ってめんどくさい生き物ね。私も人間だけれども。




