19. 狩りが得意なんです
本日も快晴なり。
かもめもキャーキャー鳴いていて、夏らしい良い日だと、思っていた。
「……ここ、どこ」
事の発端は、おそらく数時間前に遡る。
*
『また海賊……か』
エドアルド様が執務室で困った顔をしていた。
多くの国は領土を広げたいものだ。けれどこの国は何百年前の母国との戦争以来、ずっと領土が変わっていない。なぜなら、旅人に大きな家はいらないから。
他国に狙われないため、マーレリアの取った立ち位置は、大陸随一の海軍を用いた、海の守り人を買って出る事ことだった。
『多いのですか?』
『ああ……随分と活発化している。また新しい拠点を作ったとしか思えないんだが……』
どうやら海賊退治というのは、根本……アジトから壊すらしい。一度壊滅させた後でも、隠れやすい入江とかは定期的に巡回しているのだとか。
結局イタチごっこなのでしょうね……と他人事のように思って、エドアルド様をちょっといじった後、執務室を後にした。
子爵家の養女になることを受け入れたとはいえ、そんなにすぐには処理できないようで、しばらくは暇。
いつも通り昼寝を……と中庭に向かう途中、厨房の前で空の樽を見つけた。試しに入ってみると、ちょうどいい狭さと暗さでとってもちょうどいい。
おち……つ……く。
*
目が覚めたら……、知らない船の中にいた。
揺れる感覚に違和感を感じて、ちょっと開けて覗いたら船の中で……なにこれ。とりあえず人の気配がしないことを確認して出る。
ボロい、臭い、怪しい。
「あの男もバカだなぁ、道端に置いたまま助けに行くなんて」
「ありゃ良いとこの使用人だぜ。早くアジトに持って帰って中身を確認しようぜ」
おそらく甲板からそんな声が聞こえる。
窃盗、アジト、ガラ悪い。
……これはあの今話題の海賊ってやつかしら?
一度真面目に考えてみる。ここからどうやって家に帰ろうか。まず、船の隙間から日が出ていることがわかる時点で、まだそんなに時間は経っていない。つまりマーレリアからそんなに離れていない。積荷には生ものもある。アジトは遠くない。
こっそり上を覗く。
船員は十人以下。全員同じくらいの普通の体格で下っ端しかいないと思われる。買い出しか何かしにきていたのかしら。
……なんて考えていると一人がこちらに向かってきた。こんなところで見つかったら逃げ場がない。
ドアが開いた瞬間、人の間を抜けて甲板の中央へ出た。
前に三、後ろに四。
「誰だてめぇ!」
前の右が短剣を抜いて、足を僅かに動かした。
────くる。
昔から、謎に体が軽かった。動体視力が優れていた。
タイミングよく上に飛ぶ。前傾姿勢で襲いかかってきた敵の頭を踏み台に、もっと高く。マストの柱でくるっとターン。
「は!?」
左がこちらを向いた。後ろのやつらが走って距離を詰めてこようとしてる。
騒ぎを聞きつけて戻ってきた真ん中を踏み台に、後ろの二番目を足で床に叩きつける。驚いている三番目の脛を蹴る。
「ッダァ!」
右から襲いかかってくる一番目のナイフは、まだ避けない。ギリギリで避けてる。床にナイフを刺して体勢を崩したところで首を叩きつけた。パッと立って、狼狽えている四番目の顔に肘を思い切りぶつける。
「グッ」
二番目の上に立って、後ろからナイフを持って走ってきた左を、見る。刺してきた瞬間寝そべって、足の間をすり抜ける。グッと手に力を入れて後ろへ飛ぶ。左の上に乗り、首を叩く。起き上がった真ん中が上から襲ってくる。まだ、動かない。……今。左から降りて、真ん中のガラ空きな首を叩く。
「……このっ、クソアマがァ」
鼻血を拭った右が起き上がって襲いかかってくる。足をかけて転んだところを、叩いた。
右左と真ん中、一番目はオチてる。二番目は左が刺した。三番目は足を押さえて汚い悲鳴をあげ、四番目は鼻を押さえてうずくまっている。
全員、やった。
今は亡きお祖母様、妙な護身術を教えてくださり、本当にありがとうございます。昔嫌だとか言ってごめんなさい。
……けれど、この後どうしようかしら。身の安全が第一とはいえ、私航海とかできないのだけれども。
とりあえず、意識を失った重い人間をどうにか柱にくくりつけ、海を眺めること数分。
「ん? あれって……エドアルド様?」
遠くの向こうからくる船には、見覚えのある金髪があった。
どうしよう。ひとまず帰れそうだけれど、すごい叱られる予感しかしないわ。
「……は?」