17. エビでノラを釣る
「……案外様になるもんだな」
「なんです急に」
まじまじとこちらを見てくるエドアルド様。なんだか似たようなことがあったようななかったような。
「いや、似合っていると言いたかっただけで……普段が破天荒すぎてお淑やかに見えたから動揺しただなんて断じて言ってない」
「全部言いましたね? 全部今言ってしまいましたね?」
ハッと自分の口を押さえても遅いですよ。
というわけでネイビーのチュールドレスを着てディナーにやってきた。言葉に反応して選んでしまったけれど普通のドレスと随分違う。軽いし、よく広がる。
思わずくるくる。
「さっきまでの大人しさはどこへ行ったんだ」
「さあ? どこでしょうね」
「まったく。基本あまり入らないように言ってはあるが……」
貴族は家のお抱えシェフに作らせるのが当たり前だと思っていたのだけれど……マーレリアは貿易大国ゆえに、他国との会食が多いことからレストラン文化が発達したらしい。
船でも入りやすい海辺の最高級レストランはそれはもう格式高かった。中でも最上階の一番機密性の高い個室。回っても問題ないでしょう。
「とりあえず、席に座れ」
「……え、エスコート?」
「何がおかしい」
椅子を引く王太子殿下なんて生まれて初めて見たわ……。エドアルド様なのに、少し恐れ多いかもしれない。トマスさんが見たら泡吹いて倒れそう。
「あ、ありがとうございます」
「? 調子が狂うんだが」
お互い座って一息ついた時、見計ったように食前酒が来た。サッと令嬢を貼り付けて、説明を聞く。レストランでも給仕係がいるに決まっているのに、私としたことが……。
なんて思っていたのだけれど、説明が終わったらさっさと出て行ってしまった。それで料理を次に出すタイミングがわかるの? 魔法でも使っているの?
よく分からずにグラスを覗いた。金色の泡が、上へ上へとシュワシュワのぼっていく。
「?」
「スパークリングワインだな。とりあえず乾杯しよう」
テーブルが少し高いから少し上に上げるだけ。
「幸福を祈って」
「幸福を、祈って」
聞き慣れない乾杯の言葉だった。食前酒を嗜みながら、不思議そうにこちらをみ見てくるエドアルド様。私だって母国語のように喋れないことくらいありますよ。
……なんだか気まずくてオリーブオイルの塗られたバゲットにかぶりつく。よし、さっさと本題に移ってしまいましょう。
「それで、調査の結果はどうだったんですか?」
「そう急がなくてもいいだろう。まず、食客扱いだった記録は、調べ終わった時に消去してある」
最初から国家機密の話が飛んできたわ。
もし今給仕係が入ってきたら首が飛ぶんじゃないかしら。
「金は例の有り余っている方から出していたから問題はない」
「えぇ……それは国庫から出すべき話なのでは?」
「記録が消せなくなるだろう。元々国外追放されるような悪人に見えなかったからな」
そもそもなぜ記録を消す必要が……ああ、王太子殿下が同じ屋根の下に年若い平民を匿っていたなんて残せないわよね。……あの元婚約者様ならやりかねないけれども。
「あの時出て行っていく選択だったとしても、男と同じ家で過ごしていたなんて記録はない方がいいだろう」
「……え、私の方です?」
「それはそうだろう。俺は何も問題ない」
やっぱりエドアルド様じゃなくてお人好しさんと呼ぼうかしら。あとやっぱり入ってきたところで給仕係の首飛ばないわね、これ。飛ばせるわけないわこの人が。
と会話の途切れたそこでまたノックの音が。
そうして前菜が運ばれてきた。小エビのサラダだった。シャキシャキとプリプリ、まろやかでありながら酸味が引き締めてくれるドレッシング。
なんかもう今日の細かいことはどうでもいいわ。新鮮な小エビ最高ね。
「話を続けるが、離宮に居続けるとしてそれなりの身分が必要でな。信用のおける家の養子になってほしいんだが」
「……養子」
「身分が高いわけではないがずっと王家に忠誠を誓っており、常に中立を守ってきた家だ」
もちろん交流を深めるか深めないかは好きにしてくれ……ってなるほど。私今姓がないですものね。まああっても、怪しまれない方が難しいのには代わりないですが。
この国の貴族について色々聞いているうちに、サラダは跡形もなくいなくなった。戻ってきてほしいわ。
そしてまた会話が途切れた時、次に運ばれてきたのは温かい方の前菜、フリッタータ。オムレツのような感じでカリッとした食感。ハーブの香りが鼻を抜ける。その後少し無言が続いている間にエドアルド様の視線がうるさかったりした。そんな幸せそうに私の食べているところを見ないで、自分のごはんを食べてほしい。
「……それで、その、大事なことなんだが」