14. ノラに黄金
海の女神と結婚したエドアルド様は……至って普通で何も変わっていなかった。
辺りは歓声で一層騒がしくなり、盛り上がりは最高潮という感じなのに。
「今年も海のご加護を賜れますように」
「……ように」
そして隣で祈っては、終わったという感じでもう降りようとしている二人。
ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
「これで、終わり?」
「そうですよ? 降臨祭といえど、本当に女神様が降臨なさるわけではありませんから、ね」
何故だろう。割とショックな気がする。婚姻と聞いて驚いていたちょっと前の私が馬鹿に思えてくる。
「この後は各々がお祈りをして、午後からはボートレースがありますよ」
「ボートレース?」
「マーレリア名物で、外国の方も喜ばれる人気の催し物なんですよ」
またもやトマスさんに運搬してもらいながら話を聞くと、クラス分けがされていて、女性だけのレースもあるのだとか。
ふーん……興味ないわ。元婚約者様とかは好きそうだけれど。
降り終わって、トマスさんにお礼を言う。ロッソ夫人に撫でられて固まってるわ。……そんな膝ついた上に腰も曲げてすごい筋力ね。
「エドアルド様っ」
駆け寄りそうになったのを我慢して護衛の任を続けるトマスさん。いや、まだ人影が豆粒くらいに見えるだけですけど、なんですその視力。
そのまま宮廷の裏口に行くと、そこには本当にエドアルド様が。
「坊ちゃん、お疲れ様です」
「無事に何事もなく終わってよかったよ」
「素晴らしい誓いでした!」
「はは、ありがとうトマス。護衛もありがとな」
なんとも和やかな空気。なんとなく蚊帳の外な私。まあこの国にきて二ヶ月ちょっとくらいしかしていないし、当たり前だけれど。
それにしてもエドアルド様、ラフな格好ね。
「では、私は午後の業務がありますので失礼しますね」
「ああ。さ、昼食でも食いに行くか」
……ん??
そうして手を取られて大通りへ向かわされる。いや、待って。大事な式典で王太子って普通食事会とかに出席するんじゃないの?
「相変わらずの人混みだな」
「今年はエドアルド様が継がれましたし、例年より多いそうです」
「ほぉ……」
あとずっと思っていたけれど、警備が手薄。まさか護衛一人って。
「……どうかしたか? 今日は妙に大人しいな」
そういえば、確かに。この国に来てから、細かいことは全く考えていなかったのに、何故こんな急に気になり始めたのかしら。なんだか、侯爵令嬢だった頃みたい。
「いえ、ただ、あまりにも私の知っている王太子殿下とは違うものですから」
「……確かに、他国とは違うかもしれないな」
屋台のタコのフリッターを渡されたので食べる。カリッとじゅわっと、そしてぎゅもぎゅもしてて美味しい。旨みたっぷり。
「なあ、君主が暗殺されたら国はどうなる?」
「荒れますね」
「そうだ。荒れては、商売どころの話ではない。うちの国は良くも悪くも権力より金だ。だから、商人も貴族も、しいては王族も、皆手ぶらで歩ける」
私が食べるところを見てふっと笑ったエドアルド様は半分くらい冗談のように言う。
こんな風にな、と私の食べ終わった後の紙をゴミ箱に捨てて手を空けてくれるエドアルド様。
「というわけで、心配はしなくていい。それに、今年もアンジェライトは来ていない」
そう言われて気づく。ああ、なるほど。私、それを気にしていたんだわ、多分。
でもなんだ、来てないのね。それもそうよね。仲悪いもの。
「ん? 今、あの通りの先に大きな人が……」
「ああ、あれか。行ってみるか?」
大通りから少し外れたところにある小さな広場に、その銅像はポツンとあった。
「こんなに大きいのにあんまり目立ってない……」
「英雄なんだがなぁ。過去に目を向けても金にならないものだから……」
「少しエドアルド様に似てますね」
「先祖だからな」
いや、そういう意味で言ったわけでは……。存在感がないってとこに……。
ん? 先祖……先祖!? 現国家君主の先祖である英雄が、この扱い!?
「……文化の違いってあるんですね」
「まあ、そうだな」
「大通りに戻って魚のフライが食べたいです」
なんか、納得したり安心したりしたらお腹が空いてきた。街を彩る黄金よりも屋台ごはんの方が気になる。
「さっき、フリッター食っただろうが……」