13. え、結婚するんですか!?
三階の窓から港を見れば、国中が人で溢れ、海にはひしめくように船が並んでいる。
────降臨祭。
マーレリアの一大イベントであり、この地に降り立った女神である海神を祀り、契約を讃え、今年一年の海の安寧を願う。しかし、実際のところは近隣諸国への牽制である側面も持つ。……というのが、元侯爵令嬢としての知識だった。
数日前から来賓の相手に舞踏会に……と王侯貴族は大忙しだ。こちらが主催で他国相手となれば、膨大な仕事が突然降ってくる羽目になる。あの限界っぷりにも納得がいった。
「……エドアルド様ってちゃんと王太子殿下だったのですね」
「何を今更」
初めて会った日も上質且つ王太子に相応しい服を着ていたけれども、こう、レベルが違う。宝石も生地も一級品。髪も上げていて、二割増しくらいかっこよさげになっている。
仮にも元侯爵令嬢が隣国の王太子を知らないなんておかしいとは薄々思っていたけれど、なるほど。普段はオーラがなさすぎて気づいてなかっただけだったんだわ。今のエドアルド様にはちゃんと見覚えがある。
「なにか失礼なことを考えてないか?」
「いいえ全く。一人で納得してただけです」
「はぁ、まあいい」
あれ、まだ一言二言あると思っていたのに。珍しい。今になって昼食を抜いてた影響が?
呆れたふりしてそろそろ出ようとするけれど、背に隠した手が、震えてる。
「大丈夫ですか?」
袖を軽く……引っ張ったつもりだった。のに、エドアルド様は後ろに倒れかけてなんとか踏ん張った。なんとも滑稽。かっこいい王太子オーラが半減。私のせいだけれども。
「っおい! まったく……俺も、柄にもなく、緊張してるみたいだ」
「いや全然緊張しそうな性格してますよ」
「このっ……、はぁ」
これは重症だわ。
「何にそんなに緊張してるんです?」
「これから海神と婚姻を結ばなければならないのに緊張しないわけないだろう」
「え?」
ん??? 婚姻????
いや、エドアルド様に婚約者がいないのは知ってますけども。そうでなければ元侯爵令嬢なんてこんなホイホイ自分の屋敷に入れられないですけれど。
「俺の、成人してから最初の大仕事だ」
そうして勝手に気合いを入れて、困惑して頭にハテナしか浮かんでいない私を引っ張って向かうエドアルド様。あ、私も行くんですね。
え、降臨祭ってそういうイベントだったんですか? あんまり仲良くない隣国出身なものですから知らなかったのですが?
貴族や他国にバレないようにと庶民の格好に着替えさせられ、まずはいつも通りの小船で宮廷へ。私はロッソ夫人と大きな橋の上で待機。護衛のトマスさんも一緒。
しばらくして、現れたのは、
赤と金。櫂まで金箔が貼られている豪華絢爛な船。その先頭にはエドアルド様が立っている。
なんて財力。知識としては知っていたけれど想像以上だわ。
「ん?」
橋の下を通る前、エドアルド様がこっちを見た気がする。いや、こんなに人がたくさんいるのだし、気のせいかしら。
「さあさ、移動しますよ」
王太子の食客特権で、時計塔の最上階へ。階段が多くて大変だと思ったけれど、トマスさんがロッソ夫人と一緒に抱えて一気に登ってくれたのですぐだった。筋肉って素晴らしいわ。
高い分、港町と沖がよく見渡せる。春と初夏の合間の、生暖かい潮風が吹き抜けた。
「間に合いましたね。ほら、あそこにいますよ」
ただでさえカラフルな港町に豪華な装飾で目がチカチカしてしまう。近くで見るとこんなにあの黄金の船はもうすでに海の上にいた。
「契約の時間ですね」
そうしてエドアルド様は金でできた指輪を海に落とした。
「海の女神よ、汝と誓約を結ぼう。病めるときも、健やかなるときも、運命は共にあると誓おう。全ては、我らがマーレリアの永遠なる繁栄のために」