12. ノラがじゃまして
「殿下は今日も昼食をお取りにならないって」
「毎年のことだけれど、心配になるわよねぇ。少しはお休みになっていただきたいわぁ」
なんて、メイドさん達の会話が聞こえてくる。
市場に行ったのが嘘のように、ここ数日のエドアルド様はすごく忙しそうだ。一日に何度もこちらに来ては餌付けしたり話しかけたり眺めてきていたくせに、めっきりこない。
別に放っておかれるのには慣れているし、おかげで悠々自適に昼寝ができる。両親も、元婚約者様も、そんなものかと割り切ってきた。
……けれど、エドアルド様に放っておかれるのは、なんだか気に入らない。私を構え。
というわけで、明日はエドアルド様について回ることにした。拾ってきた方の都合なんてしらない。勝手に拾ったのはそちらですので。
ひとまず、エドアルド様の側近へ会いに行こうかしら。
*
「その木剣を渡してくれ」
「嫌です」
困った顔をするエドアルド様。
もう随分と暖かくなって霧は出ていないけれど、やっぱり昼間に比べれば寒い。
まったくなんでこんなに早起きなのか。忙しいなら朝くらいはゆっくり寝ていればいいのに。
「珍しくいると思ったら……鍛錬ができないだろう」
「それがなにか?」
腕立て伏せや腹筋をしている間に、奪ったこれは今や私の抱き枕。
流石に怒ったらしい忠犬トマスさんが肩を怒らして目の前へ。
「おいっ! エドアルド様が…………なんでもないです」
「なるほど、これが序列か」
しかしちょっと睨み返しただけで尻尾巻いてご主人様の後ろへ。そして悟った顔のエドアルド様。
結局折れたエドアルド様はゆっくり朝食を食べることになった。
「どいてくれ、資料が読めない」
「嫌です」
でも時間になったら執務室へ。
そして眉間に皺を寄せて一心不乱に書類と睨めっこ。私は机に寝そべって怖い顔のエドアルド様を眺める。書類とエドアルド様でサンドされている状態。
「頼む、どいてくれ」
なんで、まだ気づいてないのかしら。
「無視か!」
ズシャァっという感じで困っているエドアルド様。そんな時にメイドさんが廊下を通りかかった。
「すまない、エレノアを……」
「私、メイド長に呼ばれておりまして、失礼しますっ」
救世主とばかりにどかしてほしいと頼もうとするも失敗。書類を読むのは諦めて今度はサインをしようとしているらしい。
「こら、羽ペンで遊ぶな」
「嫌です」
させるものですか。構って、構って。構える余裕があるはずなのだから。
「わかった、これをやるから……なんでそんなに俺が使ってる方がいいんだ」
予備の羽ペンを渡されたけれど、いらない。使っている方でイタズラをしていると、また諦めたらしい。
次は封筒をゴソゴソ。封筒の綴じ紐が目の前をプランプランと揺れる。
「……これが気になるのか。ほらっ」
もっと揺らすものだから、ちょちょいと反応してしまう。
エドアルド様は、ハッと、自分から構ってしまったことに気づき、
「はぁーーーーー。降参だ。仕事にならない」
深いため息の後、両手を上げた。
私の勝ち。
「っでは今お茶菓子をお持ちいたしますね」
「今日は中庭に差す日差しが素敵ですよ」
「調整しておきますゆえご心配なくお休みください」
そして颯爽と出てくるメイドさん達と側近さん。
「……なんなんだ、これは」
「さあ?」
春のポカポカとした陽気の中で、中庭の大きな木は風に揺れている。
トレーにはカップが二つ。膝の上にはメイドさんが持ってきた謎のお菓子が。
「メレンゲか、懐かしいな」
「メレンゲ?」
「卵白と砂糖でできた菓子だ。この菓子を作った職人の生まれ故郷に由来しているらしい」
丸くて、生クリームみたいな焼き菓子。持ってみると凄く軽い。
一つ摘んで食べて、深いため息を吐いたエドアルド様。
「なんか、肩の力が抜けた」
「それはよかったですね」
私もパクリ。
サクッとしていて、でも口に入れるとホロホロと溶けて。じんわり口の中に残った甘さとカフェマキアートが合う。
……メレンゲ、美味しい!
「ああ。今更気づいたが、仕事が減っていたのはお前の仕業だな?」
流石に隣国の王太子の仕事に私が手をつけるわけにはいきませんから、私ではありませんが。側近さんに再度王太子の仕事かどうか見直して然るべきところに送り返すように言っただけで。
……勤勉な王族や大貴族には、無駄に仕事が多いから。
「ありがとう」
「なんのことです? 私を構う時間も無くなるほど忙しくしていたんですから、さぞかし大切なのでしょうね」
「ああ、マーレリアにとって大事な行事だ。これは……」
ああ、なるほど。それなら存じ上げて……。
『え?』