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「なんで銃なんだよ!」
「正確にはあれはマシンガンな」
「知るか!」
二人は慌てて建物の角に隠れた。
銃声音は相変わらず続いており家の壁がえぐれてきていた。
「あれさー実際は物理攻撃じゃなく幻影系だと思うんだけど、怪我するかな?」
「試してみればいいんじゃないか? ちなみに試したバカはしっかり怪我したぞ」
アウグストはやっぱりいい、と言って祝詞を紡ぎ始めた。
すると、こちらに向かってきていた男は苦しみ始めたのだ。アウグストのいった通り悪魔が乗り移っていたおかげで、アウグストの祝詞が有効だった。
「お、このまま除霊……悪魔払いか! できるか?!」
洋平がウキウキしながらいうも、悪魔が乗り移った男は苦しみながら舌打ちするとその場から逃走してしまった。
「あ、逃げた」
「まー逃げてもこの町のどこかにいるだけだよ」
「そうなのか?」
「あぁ、この町全体の結界はまだ有効だからな」
「へー……それにしてもさっきの男、なんで腹に爆弾つけてたんだ?」
「さぁ?」
アウグストも首を傾げながらもスマフォにメモをしていた。
洋平は周りを見渡しながら、ふとこちらを見ている少年に気づいた。
「君、危ないよ。って……アウグスト、今の子ってあぁいう服装する?」
洋平は少年と目をあわしたままアウグストの袖を引っ張った。
「ん? あーしないなー。お祭りとかない限り。……”君、ここは危ない、親御さんと一緒に逃げなさい”」
後半イタリア語でアウグストが声をかけると、少年は首を振っって古いイタリア語で返した。
「無理だよ。ここから出れないから」
「どういう意味?」
「あの悪魔が、町の人間の魂を一つずつ食べてる。神父様とその人は食べにくいみたいだけど」
「……君は何者だい?」
「僕は逃げてるだけ。いい行いをすればここから逃げれるって神父様が教えてくれた」
アウグスト端端考える中、イタリア語は挨拶程度の知識がない洋平にとっては二人が何を話してるのかさっぱりだが、何か情報をえた様子のアウグストを静かに見守った。
「いい行いは僕たちを外に出すことも可能かな?」
「うん。でもこの時間帯は門は開けられないだ。火事がおきたら出れるよ」
「火事?」
「そう、火事。だから神父様は門の近くに隠れた方がいいよ。教会を中心に爆発して一瞬で消えちゃうから。ついてきて」
少年の跡をおうぞ、とアウグストが小さな声で洋平に告げると、少年の跡を追いかけた。
慌てて洋平もつけていく。
細い路地を抜けながら、背後にあるホテルの方角では禍々しい気配が爆発するのを洋平だけが感じた。
「妖刀が解き放たれたな。あ、しかも気配が二つある。これ報告にない情報だ」
「なんだって?」
「もしかして甲冑も曰く付きだったのかもなー」
そう呟きながら、町の門にたどり着くも閉ざされており開くことができなかった、少年がこっちと声をかけたのは横にある監視小屋だった。
二人もその中に入ると、小さな机と椅子と中世の頃の名残をのこした、二階へと続く梯子。そして男二人が座れるくらいの長椅子一つあるだけの小さな部屋だった。
「君はいつからここにいるんだい?」
「ずーっと昔から。神父様が悪魔を封印するちょっと前に捕まってからずっと」
「なるほど。それでいい行いをすればといった神父というのは?」
「悪魔を封印した神父様だよ」
「……君は今まで迷い込んだ人々を助けていたんだね」
「全員じゃないけどね。僕の話を信じた人だけだよ」
「それでも君は悪魔に屈せずによく頑張っている」
「えへへ。ねぇ神父様、あの悪魔と変な悪魔を退治してくれる?」
「申し訳ないが、私では力不足なんだ。だから、あの悪魔についてなるべく調べて、私よりも強い祓魔師にきてもらう」
「そうなんだ」
「すまない、君をすぐに助けることができず」
「いいんだ。火事になる前にいた教会の神父様も優しかったけど、変な悪魔に最初に殺されてしまったんだ」
「そうなのか」
「うん」
「最初は変な悪魔とここの悪魔が戦ってたんだけど、次第に協力し始めたよ」
「それでややこしくなってるのか」
悩み始めたアウグストに洋平は耐えきれず何を話していたか聞いた。その内容に洋平も眉間にシワを寄せた。
「なるほど、じゃーここも危ないかもしれないな。簡単な結界を施そう」
そう言うと、洋平はタバコケースに入れていたチョーックを取り出し、床に文字を書き始めた。そして少年の足元と自分たちの足元にも円を描くと、小さく祝詞を呟き立ち上がった。
「アウグスト、君は少年の言葉をどこまで信じてる?」
「んー信じたい気持ちと、何かが引っかかる」
「俺は君から話を聞いて違和感だらけだ、君に日本の怨霊は見えていない、でも彼は見えている。どうしてだと思う?」
「それはもう彼が幽霊だから?」
「成仏できていない幽霊って、日本では地縛霊とか悪霊の類なんだよ?」
「……西洋でも同じだ」
「ということで、君。聖水もってたよね?」
「あぁ」
ガサゴソとアウグストが自身の服の内ポケットから瓶を取り出した。
「どうしたの神父様?」
少年が不思議そうにしながら近づこうとしたが、洋平が描いた線に触れた途端弾かれた。
「なに?!」
驚く少年をよそに、アウグストが聖水を撒いて祈りを捧げ始めると少年は苦しみ出した。
「な、なにを!!」
その様子を冷静に洋平は見ながら呟いた。
「んーやっぱり悪魔の手先だったか。まーそうじゃないと君ほど古い霊が居座れてるのがおかしいだけどねー」
少年はもがき苦しみながら洋平が描いた結界から出ようと足掻くも、敵わず。最後は雄叫びをあげながら、白いモヤとなって消えてしまった。
「はぁ、危うく騙されるところだった」
アウグストは悲しそうに呟いた。まだ幼い少年が、このような悪事に手を染めたことに心を痛めていたのだ。
「まぁ、しょうがないよ。そうとう賢い悪魔みたいだからね」
「そうだが……。まぁいいそれよりも、これって学会が発表した結界かい?」
アウグストはコンコンと靴の先で床をノックしながら洋平に聞いた。
「あぁ、とりあえずキリスト教、イスラム教、ユダヤ教に関係する悪魔には効果があるって提唱されていたから、試してみたけど、効いてよかったー!!」
「え!ぶっつけ本番でやったのか?!」
「あぁ!」
にこやかな笑顔で答える洋平にアウグストは顔を手で覆った。
「それにしても手下がわざわざ動いたってことは何かあるのかな?」
「さぁ、罠かと思ったが、悪魔の気配は町の中央にある」
「奇遇だね、妖刀の気配も町の中央だよ……」
二人は顔を見合わせた。
「「邪魔されたくないって感じかな」」
「とりあえず街の中の時間帯が知りたいな。結界から出ても?」
「大丈夫だと思うよ」
二人が小屋から出ると、逃げ惑う人々が現れた。ここから出してくれと叫ぶ幽霊達は必死に何かから逃げている様子。
アウグストが門に触れると、静電気のような痺れがきた。
「いてっ!」
「出れないか?」
「あぁ」
「んーとりあえず、専門の祓魔師と除霊師の人が来るまでに力は削ぎたいなー」
「そうだなー。この悪魔は人の魂を集めてる様子だし、少し逃せば力を減らせるかもな」
「よし、じゃーこの門を壊そうか」
「だな」
二人は同時に祝詞を唱え、門に触れた。反発するかのように突風が吹くも少しだけ隙間が開いた瞬間、逃げ惑っている霊の一人が気付くと、二人をすり抜けて門をくぐり抜けていった。
それにつづけと言わんばかりに他の霊達も門に駆け寄り逃げ出していく。
幽霊が二人を通り抜けるたびにひんやりとした感覚が湧き起こるも、爆発音とともに熱風が背中に当たった。
ちらりと後ろをみれば赤々と燃え上がる炎が見える。
やっと門の結界が壊れ、大きく開け放たれると、集まってきていた幽霊達が雪崩のように飛び込んで逃げていった。