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イタリアの田園風景が広がる郊外で黒塗りのセダンが一台だけ走っていた。
運転手は小麦色の肌をした国籍不明な女性、マリア。後部座席にはブロンドヘアのアウグストと黒髪の日本人の洋平が乗っている。
「はぁー会社の経費で来れるって事は観光なんて無理だよなー。騙されたー」
洋平は英語でぶつぶつ文句を言いながらタブレットを操作しながら仕事内容の確認をしていた。時折日本語と英語と混じる独り言に隣でアイマスクをして眠っているアウグストは日本語で
「ヨウヘイうるさい」
とつぶやいたが、無視された。
今の時刻は朝の7時。ホテルから早朝に出発してからかれこれ2時間。まだ目的地にはつかないためアウグストは二度寝をしていたのだが、生真面目な洋平は起きてずっと文句と仕事内容をぶつぶつと呟いているのだ。
「なぁーマリアさん、ここら辺に観光地は?」
洋平はタブレットから顔を上げて運転するマリアをバックミラー越しに見て聞いた。
「無いです。強いて言えば、これから向かう場所が観光地です」
「笑えない冗談だぜ……」
洋平のから笑いに、アウグストはアイマスクを外した。
「いや、本当だぞ。元々は一部の人間にとっては観光地だったのさ」
その回答に洋平は嫌な顔をした。
「幽霊の町が?」
「それは火災があってから幽霊の町になっただけ」
「はぁ、まじか……。でもガイドマップには載ってないぞ?」
「ごく一部の人間向けって言っただろ?……あとサイクリングするやつが利用する程度だよ」
「ごく一部?」
「あぁ、オークションさ」
「オークションが観光地?」
「正確には闇オークションだよ。マフィアの根城」
「え! 大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、あいつらは信心深いだよ。むしろそこから調査依頼がきたらしい」
アウグストは胸元につけられたピンを指で弾いた。
二人が所属するのは国際宗教学会という表向きは色んな宗教の人が集まりみんな仲良くしましょう、という趣旨と宗教の歴史を紐解いたりとする組織なのだが、この組織が発足された裏の目的が世界が広がったために起きた弊害。
様々な宗教が入り乱れた結果、呪いや悪魔が混ざり合いその土地の聖職者だけでは対処しきれない怪奇を調査し対処するのが目的だった。
今回はイタリアということでカトリックの神父であるアウグストと神主である洋平が来ていた。なぜ日本人が呼ばれたかというのも資料に記載されている。
「はぁ、だからこんなに資料があるのか……で、本物の日本の妖刀があったと……」
「そう、町の信者は全員カトリック。動画配信も目のいい人達に確認してもらったところ、日本以外の宗教が絡んでる節がない、火災当時に出品されていた品々の中で、やばそうなのは日本から持ち出された妖刀ってね」
「はぁーその土地の宗教の概念をねじ曲げるほどならマジでやばいぞ」
「妖刀ってそんなにやばいのか? アニメや漫画に出てくるが」
「人殺しの道具に怨念が入ってるんだ。ヤバイだろう。しかも、言葉も違う土地で力を発揮ってどんだけだよ」
洋介は頭痛をほぐすように眉間を揉み込みながら資料の妖刀をタップして開いた。有名な妖刀は大抵、神社仏閣でお祓いをすましてある。それをすり抜けた妖刀となると危険度は未知数だ。むしろ今までどこにあったのか……と考えると裏社会でずっと使われ続け、しかもうまく運用されていたとしたら? それを手放したということは、管理できなくなったといえるのでは? と洋介は悪い想像を膨らましていた。
「とりあえず、町を調査するしかないだろう? 俺たちはあくまで事前調査員だ。払う仕事はもっと上のやつがする」
「俺たちで対処できることはしたほうがいいだろう?」
「それは俺の仕事じゃない」
あっけらかんと返すアウグストに洋平は内心イラッとしながらも小さくため息をついてタブレットの電源を落とした。
この狭い車内で揉め事を起こしても何も良いことなんてない、しかも異国の地で数日前に顔合わせをした相手だ。
眉間にシワを寄せる洋介をチラリとみたのは運転手のマリアは話題を変えるかのように話を振った。
「本当にこのご時世、町ひとつ怪異に飲まれるなんてことがあるんですね」
マリアにアウグストは肩を竦めながら答えた。
「嘘だったらよかったんだけどねー」
「snsで今話題になってますからね。でも嘘つき呼ばわりされていたので」
どこまでも続く田舎道を見ながらマリアが返すと今度は洋介が目を瞑り答えた。
「情報によると、ある程度霊感がなければ入れないようです。一般人が入ると普通に瓦礫の町、でも霊感があると火災前の町に入れるんだとか」
「それはまた、不思議ですね」
マリアは首を傾げた。マリアは学会専属の運転手だがシックスセンスは皆無なのだが。
「何がだ?」
「私にシックスセンスはありません。でも、今まであちこち怪異がある場所に聖職者達の送り迎えをしているため、それなりに不思議な現象を目撃しています。でも今回の事件はシックスセンスがないと無理なんですよね?」
「なるほど、それは差分が取れそうだな」
アウグストは前のめりになりながら、どこまでも続く平野の先を見た。彼の目には、微か先に見える町の壁が見えていた。崩れ落ちているはずの壁はしっかりと存在し、周りの空気を揺らめかせている。
止まっていたホテルから4時間かけてついた町は、中世からある町という事で石壁と門が存在していた。それらは、火事の焼けこげが残っている。
門の横には花束が積まれている。
そして、アウグストと洋平よりも前に黒塗りの車が2台先に止まっていた。
高級なスーツに身を包んだ男達の中から一人、タバコを蒸す男だけ異様な空気を纏っており思わず視線を奪われてしまった。
「ん? あんたらも肝試しか?」
煙を吐きながら男は振り返った。周りの男達は眼光鋭く二人をみてきて、思わず洋平は小さな悲鳴をあげてしまうなか、アウグストはケラリと笑いながら答えた。
「まぁ、そんなものかな。心霊スポット巡りって感じだよ」
「ははは、やめとけ…ん?」
その男はアウグストの胸元のピンに気づいた。
「あーあんたらが噂の…」
「ご存知のようで」
「まぁな、俺の部下でシックスセンスがあるやつが騒ぎまくったからねー。遺品を回収してーんだが、入るなって騒ぐんだよ」
そう言いながら、車の屋根を軽く叩いた。
その車の中では、震えながら十字架を握り締めながら怯える男が一人中にいた。
「なるほど、良い部下をお持ちで」
「やっぱり危険か?」
「そうですねー」
アウグストは瓦礫がのこる町を見る。門からみる町は旧市街のように古めかしい町並みが続いて見えたが、崩れた壁越しに見る町は不穏な空気と黒い影が彷徨っている。
「洋平には見えているかい?」
「はぁ、そうだな……。門から入ると、やばそうだが、瓦礫から入るのも危険だな。日本の甲冑を着た奴があそこらへんで彷徨いてるな」
そう言いながら指差した先をアウグストも見るが、彼の目には不気味な影が俳諧しているようにしか見えなかった。
「マリア、君にはどう見えてる?」
「何も、火災跡にしか見えません」
「なるほど」
アウグストはスマフォを取り出し、メモ帳に時刻と現在見えたものをメモしていく。
「あんた達は中に入るのか?」
「えぇ、仕事なので」
「じゃーちょっと遺品を取ってきてくれねーかな?」
「私たちは事前調査なので、持ってくることは出来かねますね。なにより、その遺品とやらが呪われている可能性もありますよ?」
男の頼み事をアウグストが笑顔でかわした。男は小さく舌打ちするとタバコの火を消した。
「そういうのは分野違いだ。まぁいいや、ズラかるぞ!」
「「はい、ボス!」」
男が車に乗り込むと周りにいた男達も車に乗り込み去っていった。
「凄い雰囲気の人でしたね」
洋平はアウグストの隣に立ち呟いた。実は若干アウグストを盾にするような立ち位置で今までいたのだった。
「そうだねー。話が通じる相手でよかったよー。さてと、じゃー行きますかー」
「だな」
「マリアちゃんはここで待機ね。夜まで戻らなかったら」
「術を発動ですよね」
「そう、じゃーよろしく」