一途
「都合がいいのはどちらでしょう? 僕はシャルロン様を好きなのです。ウォード殿の元を離れ、僕のところへ来てくれるなら……むしろ僕にとっては好都合」
そう言ってからカシウスはパンを手に取り、笑った。
「シャルロン様は聡明だが、真面目過ぎます。もっと肩の力を抜き、全部自分で何とかしようとせず、たまには誰かを頼るといいのでは? 僕のことも。使える駒と思い、もしもの時は頼ってください」
カシウスはなんていい人なのだろう。私が不安になっている理由も追及せず、ただ好きだからという理由だけで、私を助けようとしてくれるなんて……。それにそんな風に頼っていいと言ってくれるところは、実に頼もしい。
そうね。
もし記憶が戻ったウォードに、どうしても耐えられなかったら、ラエル皇国を目指すのは、一つの手だろう。カシウスの妻になるうんぬんを除いても。
「カシウス殿下、ありがとうございます。私のことをそんな風に思ってくださるのは、殿下くらいです」
「ではウォード殿ではなく、僕を選んでくれますか?」
カシウスのダークブラウンの髪がサラリと揺れ、ブラックオリーブ色の瞳がキラッと輝く。これまでの言動を含め、そして眼福になるこの姿に、乙女心は揺れる。でも私もまた、一途なタイプだった。
「カシウス殿下はとても魅力的です。ですが」「ストップ!」
そう言うとカシウスはグラスの水を飲み、ウィンクする。
「曖昧なままがいいです。答えは出さずで。……つい話し込んでしまい、魚を食べる手が止まってしまいましたね。まだまだ食べられますよね?」
「! そうですね。食べましょう!」
この後はしっかり魚を食べ、ついでにレモンパイまで食べ、そして病院へ戻ることになった。
◇
「では、私はソアールのところへ行きます」
「! ソアール皇女も、こちらの病院に入院していたのですね!」
「ええ。そうです。シャルロン様を案内したい気持ちは山々ですが、そうするとソアールは絶対におとなしくできない。明朝にもソアールは退院ですから、今日、会えなくても問題ないです。また落ち着いてから会いましょう」
レストランを出て、病院まで私をエスコートしたカシウスは、このままホテルへ戻るのかと思った。だが違う。ソアールもウォードと同じ病院に入院しており、そちらに付き添い、私同様、病院に泊まるというのだ。
「ソアール皇女に会えないのは残念ですが……ゆっくり休んでいただきたいので、今日は遠慮しておきます。またよろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ」
こうしてカシウスと別れ、私はウォードの病室へ向かった。入れ替えでワイリーとチャーチャが食事に向かい、私はベッドのそばに丸椅子を置き、そこに座り、ウォードの様子を見た。
顔色は悪くない。悪くはないが、血色がいい、というわけでもなかった。出血は少なかったとはいえ、本来失う必要がない血を失っているのだ。そしてこの世界に輸血の技術はない。失った血を取り戻すことはできなかった。
「……!」
サラサラのアイスシルバーの髪が乱れていた。
椅子から立ち上がり、手を伸ばし、乱れていた髪を直す。ついでに額に手を当てる。熱はないので傷口からの感染症は、回避できたのだろう。
そのことに安堵しながら気づいてしまった。
ウォードは私と結婚してから、トラブルにばかり遭っていないか。
まず倉庫で盗難が起き、その帰りで馬車の事故にも遭っている。サウス地方へ来てからは、私がガラージオの洞窟にカシウスや船頭と閉じ込められ、肝を冷やしたと思う。その上で今回、私が攫われた。そしてあの大男ミズードから私を救おうとして、ウォードは大怪我を負ってしまった。
なんだか私、厄病神みたい。
……実際、そうなのかしら?
本来、断罪される身だった。だが断罪を免れ、婚約破棄されるはずだったウォードと結婚してしまったのだ。セオリーに反する結果となった皺寄せが、ウォードに来ているのでは……。
気づけば涙がこぼれ落ちている。
この病院へ来る時、結構泣いたはずなのに。
途中で泣くのを忘れ、カシウスの話を聞いていたから、泣き足りなかったのかしら?
ハンカチを取り出そうとして、自分が検査着姿であることに気が付いた。
この世界にティッシュなんてないから、ハンカチは必需品。でも私は着ていたドレスも宝飾品も全部取られてしまい……。
ウォードがせっかくくれた青い真珠で作ったピアスも取られてしまった。
そのことを思い出すと悲しくなり……。
急激に辛い気持ちに襲われていた。
いくら悪役令嬢に転生したからといって、ヒロインは無事、ゴールインしたのだ。もうお役目は御免なのだし、幸せになってもいいのではないか。どうしてこのゲームの世界の神様は、こうも悪役令嬢に冷たいの?
ウォードが記憶喪失になったのは、嬉しかった。でももし今回の件で、記憶を取り戻してしまえば……。それでも構わないと決めていた。決めてはいるが、悲しいものは悲しい!
気づけば声を出し、泣いてしまっていた。
「……シャルロン?」
「へっ」





















































