取り戻すかもしれない
病院に着いた私は、てっきり待合室で処置を受けるウォードを待つことになるのかと思っていた。でも違う。私自身も医師の診察を受けることになったのだ。
ウォードの容態、ソアールの様子、事件のことが気になり、自分の状況を完全に失念していた。
毛布にくるまり、また外は暗くなり、馬車の中は淡いランプの明かりくらいしかなかった。そして話に夢中になっていた。
だが馬車を降り、病院の中に入ると、チャーチャが悲鳴を上げたのだ。
「若奥様、く、首に、首に……!」
そうなのだ。私はあの大男のミズードに鞭で首を絞められ、一度は気を失っている。それを助けてくれたのが、ウォードだった。そして首には鞭の痕がしっかり残っていたのだ。
医師に診察を受け、処置をしてもらった結果、首に包帯を巻くことになった。
それを見たチャーチャは涙をこぼし、カシウスも「ミズードを鞭打ち刑にして、市中引き回しにするべきだ」と憤怒した。カシウスがあんなに怖い顔をするなんてと、チャーチャと二人、震撼してしまう。おかげでチャーチャの涙は引っ込んだくらいだ。
ともかく私の外傷は、それぐらいだった。
薬物も摂取せずに済んでいたし、鞭が首に絡み倒れた時も、奇跡的に床に頭を打たずに済んだ。「苦しい!」となり、鞭を掴み、顔を前に倒した状態で、引き倒されたことが功を奏した。
私の診察が終わったタイミングで、ウォードの処置も終わったという。私より先にウォードは病院には着いていたこともあり、いいタイミングとなった。
「あ、何か着替えはないかしら?」
するとチャーチャが病院に相談し、検査着でよければと、薄いピンク色のカシュクールワンピースを提供してくれた。検査着ではあるが、鼠色のワンピースよりましだ。すぐに着替え、ウォードのいる病室へ向かうことにした。
言われた病室へカシウス、チャーチャと共に向かうと、そこにはワイリーとダニエル、警備隊の隊員がいた。隊員は黒の隊服姿なのですぐに分かった。彼らはウォードの護衛であり、意識が回復したら、話を聞くために待機していた。
そして彼らに囲まれるようにして、目を閉じたままベッドで横たわっているウォードは、どんな状態なのかというと……。
傷は背中。寝間着を着て、掛け布団をかけられた状態で横たわっていると、とても怪我人には見えない。一刻も早く連れて帰ってあげたい……と思ったところ。
「話を聞くのは明日でいいでしょう。攫われていたアルモンド公爵家のシャルロン様が、あの建物内でどのように扱われていたのか。その辺りの話は、僕の護衛の騎士が聞いているので、彼から聞かせよう」
カシアスの采配で、今日は聴取を免除してもらえた。
「シャルロン様。間もなく夕食の時間です。このままウォード殿のそばに朝まで付き添うなら、食事をちゃんと摂り、体力をつけた方がいいですよ。病院の近くの食堂にでも行きませんか?」
これを聞いたワイリーも同意を示す。
「シャルロン様。ウォード様の付き添いは、順番にやりましょう。シャルロン様の夕食が終わったら、自分と交代してください」
こう言われたら「分かりました」としか言えない。
そこへ医師と看護師が来たので、私はウォードの様子を確認した。すると医師はこう説明をしてくれた。
「傷は浅く、出血も少ない。傷つけられた箇所は、急所ではございませんでした。きちんと処置は済んでいますので、今後は薬を飲み、傷口の定期的な消毒で大丈夫です。数日入院いただき、問題なければ退院で構いませんよ」
そう三十代ぐらいの、眼鏡に長髪の医師は教えてくれた後、こう付け加えた。
「気になるのは、眠りが深いことでしょうか。本来目を覚ましていいのですが」
この言葉にワイリーとチャーチャ、そして私がドキッと反応している。
馬車から川に落ち、倒れた後も、ウォードは寝込んでいた。それで記憶喪失になっていたのだ。
もしや今回は、まさに眠っているウォードの中で、喪失していた記憶が取り戻されていたら……。
「明日の朝にはきっと、目覚めるでしょう。傷を負っていますから、寝て治そうとしているのかもしれません」
寝て治す……医師がいない時代では、割とこれが信じられていた。確かに眠ることで体力は温存される気がする。動物だってそうだろう。
寝ることで回復するのはいい。問題は記憶喪失で失った記憶を取り戻してしまうこと。
……。
問題、と感じるのは私だけではないの?
ウォードとしては、思い出してこそ、本来の彼に戻れる。
抜け落ちた記憶を抱えて生きる人生は、歯がゆいのではないかしら?
「容態の急変はないとは思いますが、この病院には当直医もいます。何かあれば看護師に声をかけてください」
「ありがとうございます」と、その場にいた全員が御礼の言葉と共に、医師と看護師を見送った。カシウスに声をかけられ、私は彼の護衛の騎士と共に、病室を出る。ワイリーとチャーチャが留守番になった。
私をエスコートして廊下を歩き出したカシウスに、護衛の騎士の一人が小声で話しかける。
私はその様子をぼんやり眺めながら、歩いていた。
頭の中では、ウォードが記憶を取り戻すかもしれない――そのことでいっぱいだった。
 





















































