音が失われ
深海の底からまさに浮上した気分で、目が開き、そこに見えたのは……。
乱れたアイスシルバーの髪と碧眼の瞳。
「ウォード!」と声を出して呼びたかったが、今は全身が酸素を欲しているようだ。声を出すより、空気を取り込むのに、口も鼻も大忙しだった。
「シャルロン、良かった!」
「 !」
今度こそ、声を出せたと思った。
でも声はかすれ、ウォードの名前を呼べない。
そんな私のことを、跪いていたウォードが、ギュッと抱きしめた。
ウォードを全身で感じ、自分が生きていることを、今さら実感する。
首を鞭で締め上げられた時は、どうなったのかと思った。
でもウォードが、駆け付けてくれたのね。
今度こそ本当に助かった。
安堵したその時。
「シャルロン様! ウォード殿!」
この声はカシウス!
「! ウォード殿、背に短剣が刺さっているではないですか!」
カシウスの言葉にドキリとした瞬間。
ウォードの体重が、私に重くのしかかる。
背に短剣……?
「…ゥ ード」
掠れた声を出しながら、私はそのまま床に倒れ込む。ウォードの体がそのまま私に重なった時、カシウスの姿が見えた。素早くウォードの両脇から腕を回し、大声でカシウスは叫ぶ。
「ここに負傷者がいる! 救急隊をこちらへ。そして攫われていたアルモンド公爵家のシャルロン様が発見された!」
ぐったりしたウォードの顔を見ると、瞼は閉じられ、そこにアイスシルバーの髪がかかっている。意識を失っていると分かり、手を伸ばし、震える手でその頬に触れた。
だが、反応はない。
心臓が大きく跳ね上がり、鼻の奥がツンとして涙が溢れた。
「ウォード、ウォード、ウォード!」
出なかった声を振り絞り、私は何度もウォードの名を叫んでいた。
◇
ウォードの名を、泣きながら叫ぶ私のそばに、沢山の人々が駆け付けた。
救急隊の白い制服の人達は、担架を持っている。
警備隊の一人は毛布を広げ、私に近づく。他の隊員は、カシウスに何か声をかけていた。
その光景が、自分の周囲で起きていることに、思えなかった。
突然、音が失われ、景色がスローモーションで見えている。
ウォードはうつ伏せで担架に乗せられ、運ばれていく。
「待って、ウォード!」
自分では大声を出したつもりだが、自分で自分の声が聞こえない。
同時に。
立ち上がろうとした私は力が入らず、床に倒れ込みそうになった。
そんな私の体を支え、そしてそのまま抱き上げてくれたのは、カシウスだ。
「大丈夫です。シャルロン様のことは、僕が病院へ連れて行きますから」
カシウスの声は聞こえない。でも唇の動きで彼が何を言っているのか……想像できた感じだ。脳内で補完している部分もあると思う。
変わらず、周囲の景色がスローに見えていた。
煙幕はかなり薄れ、廊下を進み、建物の外へ出ようとしている。
ウォードは……きっと私を助けるために、怪我を負ったんだ。
私のせいで……。
涙がボロボロとこぼれ落ちるのが、止まらない。
毛布にくるまれた私を運ぶカシウスが、気遣うようにこちらを見ている。
でも何も言わないのは、安易な気休めの言葉では、私の涙が止まらないと、分かっているからだろう。
建物の外に出ると、空は茜色にそまりつつ、まだ上空は青空だった。
風を顔に感じ、思いっきり空気を吸い込むと。
「若奥様!」
チャーチャの声が大きく聞こえる。
急激に音が耳に戻って来た。周囲の人々が、忙しく動き始めたように思えた。
「チャーチャ。シャルロン様と一緒に、ウォード殿が運ばれた病院へ向かいましょう」
既に担架で運ばれるウォードを見ていたのだろう。チャーチャはカシウスの言葉に「了解です」と頷き、少しだけ安心材料を与えてくれる。
「先程、ウォード様が担架で運ばれ、医師が待機する幌馬車へ運ばれました。その場で医師が軽く確認した限り、急所ははずれているとのこと。傷もそこまで深くなさそうだとのことです」
「そうですか。それは良かったです。ではチャーチャ、あなたも一緒の馬車に乗ってください」
「ありがとうございます、カシウス殿下」
カシウス、チャーチャ、護衛の騎士、私の四人で馬車に乗り込み、ウォードが運ばれた病院へ向かうことになった。チャーチャは私にハンカチを渡し、カシウスと同じ。私を自身の肩に寄りかからせ、涙をこぼすままにさせてくれた。
「シャルロン様、あなたが攫われた後の出来事を話します。今はそれどころではないでしょうから、聞き流す形で構いません」
馬車が走り出すと、カシウスはそう切り出した。そして無言で涙をこぼす私に、何が起きたのか、じっくり語って聞かせてくれる。


















