初夜
チャーチャに言われ、入った部屋は……。
やけに天蓋付きベッドに存在感があり、家具がない!
暖炉の前にソファが置かれ、その横に小さめのサイドテーブルがあるぐらいで、ローテーブルはない。ドレッサーもないし、本棚もない。
ち、違う! ここ私の部屋じゃないです!
慌てて振り返るのと同時でパタンと扉が閉じられた。
し、しまった! まさかのいきなり夫婦の寝室に案内されてしまった。
あれに関する知識が乏しいから、これは大ピンチ!
ここは恥を忍んで自室へ戻ろう。だってウォードはまだ来ていないのだから。
そのまま扉の取っ手を掴むと、グイッと引っ張られ、前につんのめりそうになる。
つまりは廊下側から扉が開いた。
「あっ」
アイスシルバーの髪を、オールバックに流したウォードがそこに立っている! 着ている濃紺のガウンと、その下の薄手の白い寝間着も胸元が大きく開いており、普段見ることがないウォードの鎖骨やら胸筋が見えてしまい、心臓が口から飛び出しそうだった。
「……なんだ?」
問われても、かなり困ってしまう。
自室にあるアレに関する本を見に戻ろうとしたところです……なんて答えられるわけでもなく。
「あ、えーと、その、飲み物しかないので、フルーツでも頼もうかと」
「パーティーで軽食を食べていないのか?」
「え、いやぁ、えー、まあ、そこそこです……」
そんなことはない。割と食べた方だと思う。ダンスを踊った後はかなりの頻度で軽食コーナーに行き、一口サンドや一口タルトなど、いろいろ頬張った。
ウォードは廊下の右手を見て「フルーツを少し頼む」と声をかけてくれた。
や、優しい……。
そのまま部屋に入ったウォードは、まずソファに座り、いきなりアルコール度数の高そうな洋酒をグラスに三分の二ぐらい入れると、一気に飲み干した。
そして大きく息を吐くと「疲れた」と呟く。
そこで私はウォードが今朝、船で帰国したばかりだったことを思い出す。
船の中で熟睡できていたか分からない。もちろん一等客室を利用していただろうから、ベッドもそう悪いものではなかったはず。それでも船旅であり、完全に寛ぐことはなかなか難しかっただろう。
帰国できたと思ったら、すぐに結婚式。しかも来賓を前に、ウォードは疲れた顔など一切見せていないのだ。ここにきて、疲れが一気に出たとしても――。おかしくない。
「座らないのか?」
ウォードは二杯目となるお酒をグラスに注いでいる。
二十歳になり、お酒を飲めるようになったばかりなのに。ウォードはお酒に強いのね。
私が飲めるのは甘口の白ワインとシャンパンくらいだった。赤ワインは渋いし、ビールは苦い。洋酒については、匂いだけでギブアップだった。
そんなことを思いながら、ソファに座る。
隣にお風呂上がりのウォードがいるかと思うと、落ち着かない。
そこでザクロジュースをグラスに入れ、口へ運ぶと。
「未だ、君と結婚したことが信じられない」
ウォードがしみじみそう言った。
「ガーデンバースディパーティーが行われたあの日。わたしは君に婚約破棄を伝えるつもりだった。そしてクレアルにプロポーズするつもりだったのに。何が起きたのか、訳が分からなかった。しかもあの後、両親から呼び出され、こっぴどく叱られた。婚約は家同士の取り決め。浮気なんてしたら、親の顔に泥を塗ることだと思えと言われ……。君の両親から後日呼び出され、やんわり嫌味も言われたんだぞ」
「そ、そうだったのですね……」
それは知らなかった。でもそうやって叱られたり、私の両親が嫌味を言ったりしたということは。ウォードの行動は残念ながらアウトだったということだ。
そこで扉がノックされ、メイドがフルーツの盛り合わせを運んでくれた。
ソファの横のサイドテーブルに、フルーツを載せたお皿が置かれると、ウォードは……。
「わたしはとても疲れたので、今日は休ませてもらう」
これには驚き過ぎて、言葉が出ない。
一方のウォードはそのままベッドへ歩いて行き、大の字で横になった。
まさか、疲れたから寝てしまうということ?
見ると既にウォードは目を閉じている。
そうだ、寝るんだ……。
これはいわゆる初夜というものがなし、ということなのでは?
そのことに安堵しつつ、驚いてもいた。結婚式を挙げ、初夜がなしで終わることって、よくあることなの?と。その辺りの知識がないから、分からなかった。
ただ、王族ではないので、初夜がちゃんと遂行された、その証を示す必要もない。当事者が「実は初夜は爆睡していました」とでも明かさない限り、周囲にバレることはないと思う。
しばらく茫然としていると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
ベッドに近づき、こちらに背を向けているウォードの様子を確認すると、もう熟睡だった。まるで気絶するように寝ているから、疲れているのだろうと理解する。
ならば……私も寝よう。
こうして私の初夜は、何事もなく終わった。
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