18禁版をプレイしたことがない
ウォードは背筋をピンと伸ばす。そうするとさらに身長が高く感じる。
ウォードが肘を曲げ、左手を軽く上げた。私はその手に自分の手をそっと乗せる。彼がゆるく私の手を握った。
さらにウォードの右手が私の背中に添えられる。私はもう一方の手を、彼の腕に静かに重ねた。
これでダンスを始められる体勢になった。すぐに音楽が始まり、私達は動き出す。
お互いに幼い頃からダンスは習っているし、二年ぶりとはなったが、一緒に踊る機会はそれなりにあった。よって慣れた動きでステップも踏めるので、ここでようやく落ち着いて会話となった。
「ウォード。改めまして、お帰りなさいませ」
「……ああ」
「遊学はいかがでしたか? いつも手紙やお土産を送ってくださり、ありがとうございます。リアベラ海沿いの都市に滞在された時に贈ってくださった青い真珠は、ピアスにしました。今、つけているのが、その真珠です」
ウォードはチラリと私の耳を見て、少し驚いた顔をした後、「ああ、そうだったか」と返事をする。特に喜んだ感じはない。
この時代の男性は、前世に比べ、宝石への関心が高い。富と権力の象徴として、宝石を宝飾品にして身に着けたり、服に飾ったりしている。それでもその関心は、女性程ではない。ウォードの反応が薄いのも……仕方ないと思えた。
ならばウォードが関心を持ちそうな話題を振ってみよう。
「リアベラ海は青い真珠で有名ですが、バロス兄弟の海賊船が沈没したことで有名ですよね? そして五年前に、あの海で海底火山が爆発しました。今、その海賊船はその噴火の影響で、比較的浅い海底に移動しているはずです。銅山を一つ手放したことで、すぐに動かせるまとまった資金がありますよね。これをバロス兄弟の海賊船探しに使ってみてはどうでしょうか?」
こんな提案をしたのには、理由がある。乙女ゲーム『ヒロインは恋するお年頃』のイベントで、バロス兄弟の海賊船探しが行われた。発掘された海賊船からは、本当に嘘のような金銀財宝がたっぷりでてくるのだ。
ゲームではその金銀財宝は、ガチャを回すためのアイテムとなり、消えてしまったが……。この世界にガチャなんてないわけで。そして今は、ヒロインのハッピーエンド後の世界。何かしても、何も起きないだろう。
「バロス兄弟の海賊船……。そんな、夢物語を。バロス兄弟の海賊船が、リアベラ海に沈んだという公式な記録はない。伝説や噂に過ぎない可能性もある。それに銅山の売買の件、なぜ君が知っている?」
「それは……花嫁修業の一環で、資産管理について少し学んだので……」
するとウォードは私のことをくるりと回転させ、ため息をつく。
「資産管理なんて、当主のすることだ。君が首を突っ込むことではない。将来公爵夫人になるんだ。ティーパーティーを開き、舞踏会を開催し、社交にいそしんでくれればいい。資産管理なんてわたしがすることだ」
それは……でも確かに資産管理は、思いがけず他の勉強が早く片付いたので、おまけ的に家庭教師から学んだことだった。実際の帳簿を見ながらだったので、鉱山の売買についても知ったのだけど……。
でも、バロス兄弟の海賊船はゲーム内イベントにも登場していたので、絶対に存在するはずなのだ。みすみす見逃すのは勿体ない!
「分かりました。ウォードの範疇のことなのに、余計なことをしてしまい、申し訳ありません。……ですがバロス兄弟の海賊船は」
「止めてほしい。仮に本当にバロス兄弟の海賊船が発見できる状態だったとしても。我が家は由緒正しき公爵家だ。海賊が盗んだお宝なんて必要ない」
この世界で沈没船は、見つけた人が所有者と認められる。よって、見つけた者勝ちなのに。
例え海賊が盗んだものだとしても、バロス兄弟なんて、うんと昔に亡くなっている。そんなお堅いことを言わなくても。そう思ってしまうが、そこでダンスは終了となる。
その後は、押し寄せる招待客と話し、ダンスをして、飲み物を口にして少し休憩し、再び社交――どんどん時間が流れて行く。
そしてその時は唐突に訪れる。
「若奥様」
新しく私についてくれることになった侍女のチャーチャに声をかけられた。
チャーチャは、グリーンがかった黒髪に、黒い瞳で、日焼けしたような肌をしている。この大陸ではない国の出身というが、とても長い国名で、なんという国だったかは覚えていない。そんなチャーチャのブライズメイドのブルーのドレスは、よく似合っている。
ということでチャーチャに声をかけられたわけだけど。いろいろな意味で驚いていた。
まずは飲み物を口にして、一息ついた絶妙なタイミングで声を掛けられ、ドッキリ。次に「若奥様」と呼ばれたことに、ビックリしていた。
「若奥様」だなんて……!
とりあえず頬が緩むのを懸命にこらえ、「何かしら?」と尋ねる。
「パーティーはまだまだ続くことになりますが、そろそろお疲れではないでしょうか。この後のこともございますし、入浴をされ、休息はいかがでしょうか」
入浴! ナイス提案。
ドレスはなんだかんだで武装しているみたいで、着ていると気が張る。これは普段着慣れない着物を着ている時の感覚と、似ているかもしれない。どんなにドレスを着慣れても、体を締め付ける下着は……慣れない!
喜んでチャーチャについて、案内された部屋に向かう。そこは、今日から私の私室になる部屋だ。一旦そちらで武装解除<ドレスを脱ぐ>し、バスローブを着てバスルームへ向かう。するとそこにはメイドが何人も待っており、既にバスタブにお湯が満たされ、しかも薔薇の花びらが浮かべられている。
これにはもう、お姫様気分が一気に盛り上がってしまう。
貴族に転生していたとはいえ、毎日ゴージャスな生活を送っているわけではなかった。薔薇風呂なんて、結婚式だから入れるのだと思う。
結婚式は特別よね、あっ。
ここでようやく気が付くのは、前世で私が恋人いない歴=年齢で転生してしまったせいだと思う。結婚式を挙げたということは、その夜に一大イベントが待っている。
ど、どうしよう。
18禁版をプレイしたことがないし、そこら辺の情報に非常に疎いのですが……。
待って。そうよ。持参した荷物の中に、それ系に関する本があったはずよ。一度部屋で見ようとしたら、メイドがやってきて、慌てて隠し、そのままにしていたけど……。
落ち着いて、私。
まさかこのまま入浴を終えたら、いきなり寝室へGO!ではないと思うの。私室に戻って紅茶の一杯でも飲んでからでしょう、夫婦の寝室へ行くのは。
この乙女ゲームの常識として、夫婦はそれぞれの部屋で寝るのが基本だった。ただし夫婦の営みがある時は、夫婦の寝室として用意されている部屋を使うのだ。そこはベッドのサイズも大きく、丈夫なものが使われているらしい……ということは、この世界で読んだロマンス小説に書かれていた。
「そろそろ上がりましょうか」
チャーチャに言われ、薔薇風呂から出ると、全身に薔薇の香油を塗ってもらい、シルクの薄手のネグリジェに着替えた。その上に薄手のショールをはおり、バスルームを出る。
なんだか自分が薔薇になったかのように、いい香りに包まれていた。
「お部屋にお飲み物は用意してあります。ザクロジュースなどもございますし、お好きな飲み物をお召し上がりください」
チャーチャに言われ、入った部屋は……。