生涯忘れない
「はい。ウォードが言いたいことは、ちゃんと伝わっています。ただ、過去に起きたことは変えられません。よって現在、過去、そして未来。その全部を含め、ウォードを愛せたらいいな、と思います。人間ですから、過ちはするでしょう。その過ちに気づき、心から謝罪し、最善を尽くそうとしてくれた。その事実があれば、十分です。例えウォードが記憶を取り戻し、また昔のように戻っても。私はたえ」
ウォードに抱きしめられていると気が付いたのは、しっかり自分の顔が、その胸におさまってからだった。ピタリと私の頬は、ウォードの胸についている。そこから彼の心音が、聞こえてきていた。
「急に、すまない、シャルロン。でも信じて欲しい。絶対に、もう君を苦しめたりはしないから」
記憶が戻るかどうか、それは不確定要素ばかり。何を根拠に“絶対”を口にしているのか。その理由は分からない。それでも信じたいと思えた。
「ありがとうございます。ウォードのこと、信じます」
私のこの一言は、ウォードの心に染みたようだ。抱きしめる腕に力がこもり、その心音が激しくなっていることからも、よく分かった。彼が心から感動している様子が、私の全身に伝わってくる。
しばらくはそうやってぎゅっと抱き合っていたが、海により近づくことで、窓から見える景色が変わったようだ。私はウォードの胸の中に、すっぽり顔が埋もれていた。よって景色の変化に気づいたのは、ウォードだった。
「シャルロン、リアベラ海が見えてきた。貸別荘から見えていた比ではない。なんて美しいのだろう」
そう言われて、顔をあげ、窓から見える景色を見て、「わあっ」と子供のように声をあげてしまう。だって本当にそこから見える海は、絶景!
空の碧さとは違う、透明度の高いターコイズブルーの海が見えている。遠くは紺碧の海、浅瀬は透き通るような海。
とても美しいわ。
しばし無言で海を眺めてしまう。
「……ここにシャルロンと来ることができて良かった。共に見たこの美しい海のことは、きっと生涯忘れないはずだ」
「なんだかもう二度とここには来ないみたいな言い方ではないですか? 今度は夏に来ましょう。海で泳ぎたいです」
「そうだな。海で……泳ぐ……!?」
そこで私はハッとする。
遊びで、海で泳ぐという文化は、この世界にはない。
つまり海水浴の概念がない。そもそも水着もない。その登場はまだ少し後のように思える。
つまり、私はかなり突拍子のないことを言ってしまった。
だがウォードは「夏。そうだな。バカンスシーズンでまた来よう!」と嬉しそうにしている。さらに馬車はスロープを下りはじめ、そして――。マリン・サーチ社に到着した。
白亜の建物から出てきたのは……。
「よくぞ来てくださいました! アルモンド公爵家の若旦那様、若奥様、お会いできて光栄です。私がマリン・サーチ社のダニエル・デ・ラ・クルーズです!」
マリン・サーチ社のダニエル・デ・ラ・クルーズは、大変よく日焼けしていた。その風貌は、前世の大物ハリウッド俳優が演じた海賊のようだ。ドレッドロックスの髪といい、鼻の下の髭と顎鬚、それに頭には黒のターバンを巻き、そこにビーズなどの飾りもついている。
それでいて着ているのは、黒シャツに白のスーツ!
一度見たら絶対忘れない人物だと思う。
そのダニエルに案内され、まずは建物の地下の倉庫へ向かった。
そこには壺、像、食器などのお宝がずらりとテーブルや棚に並べられていた。フジツボがついていたり、藻が絡まったりしているので、それらを除去し、修復する作業が進められている。
「この像ですが、東方で有名な仏像だそうです。詳しい調査はこれからですが、歴史的な価値が大変高い。おそらくこれは国が文化財として買い取りたいと言ってくるでしょう」
前世で見たことがあるような仏像の登場には、驚いてしまう。
「こちらの壺は、失われた大陸ラテイアナの模様が描かれており、もし本物であれば、とんでもない価値です。ただ、この大量のフジツボがどこまで除去できるか……。頑張ります」
ダニエルが次から次へと見せてくれるお宝は、どれも文化的に価値が高いものばかり。その一方で、ワインのボトルも発見されている。前世では海底から発見されたワインはオークションで高額落札されていたはず。
「このまま銀行の金庫で金貨や宝石などを見るのもいいのですが、今日はこの季節にしては珍しく、ガラージオの洞窟に入ることができるそうですよ。朝から大騒ぎ。でもこの時間だとひと段落ついたと思います。見学されますか?」
ガラージオの洞窟!
これは前世で有名な、イタリアの青の洞窟と同じ。波の浸食によってできた海蝕洞で、海底に反射した太陽光が、洞窟内を海面からライトアップする。すると洞窟内は青く輝くような空間になり、幻想的な世界を楽しめるというもの。
青の洞窟は、動画サイトやテレビでしか見たことがなかった。そしてこの世界のガラージオの洞窟も、見たことがない。これは俄然見たくなる。
「シャルロンのその顔。見たいんだな?」





















































